四十二
玄が語り終えると同時に、立野が立ち上がり、憤怒の表情で談話室を出ていこうとした。岬は立野を慌てて止めた。留置場の富田の元へ行き、富田を殺すに違いないと思ったからだ。
「落ち着け、立野。落ち着くんや」
「やかましい! 落ち着けるかい!」
立野は岬の腕を振り払うと、岬の顔面を殴りつけてきた。
重いパンチだった。軽量級の岬は軽く吹っ飛んだ。懐かしいと思った。学生時代、一度だけ立野とはやり合ったことがある。その時以来のパンチだ。
立野は興奮のせいか、肩で息をしている。
「すまん、立野。どうしようか迷ったんやけど、おまえがいつまでも犯人を捜し続けるのを見てるのがつらくて……」
玄が車椅子から降り、土下座するように頭を下げている。
立野は、今度は玄に向かおうとした。岬は立ち上がり、立野の腰にタックルしたが、簡単に押し返される。
「立野、殴るなら俺を殴れ。明美ちゃんの件は俺にも責任がある。おまえと一緒に富田をボコボコにしたんやからな」
二十年前、この町にこっそり舞い戻った富田を追い返した時、既視感に見舞われた。勘違いかと思っていたが、そうではなかった。それから遡ること十年前、確かに富田を殴りつけていたのだ。
岬の体を押しのけようとしていた立野から力が抜ける。
「いや、ワシのせいや。ワシが富田を殴ったから……明美は……」
立野が膝をつく。
フクが立野の前で土下座の姿勢になり、頭を下げた。
「ごめんなさい、立野さん。うちのせいや。うちは十五歳でこの町に出てきたから、だから、その事件の頃、うちはすでに富田と暮らしていたはずや。うちがしっかりしていれば……ごめんなさい」
「違うやろ……違うがな、フクちゃん。あんたはいっこも悪ないやろ……」
立野の目から涙がどっと溢れてくる。
フクも泣いていた。玄も……。だが、岬は泣けなかった。なぜなら、やるべきことがあったからだ。
婦女暴行ばかりを繰り返している二人組に心当たりがあったのだ。当初から、犯人は三人組だという頭があったため、アンテナに引っ掛かってこなかったのだが……。
岬が正式に狭間組の組員になると同時に絶縁になった山口と原という二人の男。彼らは、度重なる婦女暴行や、組では御法度の薬物をシノギにしたことで絶縁になったのだった。絶縁は破門と違い、極道社会からの永久追放を意味する。だからこそ、岬はこの二人の追跡調査を欠かさなかった。いつ何時、絶縁という厳しい処分を下した狭間組に牙を剥いてくるかもしれないからだ。
そして、彼ら二人は福井にいることを岬は掴んでいた。盗んだ車を船で海外に売り捌いたり、非合法のデリヘル経営や、違法ドラッグの売買など、いい歳をして半グレのようなシノギで食っていた。
岬はひとり談話室を出た。山口と原が、立野の妹に乱暴を働いた犯人とは限らない。だが、岬には確信めいたものがあった。奴らこそが犯人だと。
事務所へ戻った岬は、キャリーに六百万円を補充した。ヤマト会に支払った六百万円はしずかから借りたものだ。
キャリーを転がしながら事務所を出る。福井に行くついでにしずかに会おうと思っていた。そして預かっていたこの金を渡してやろう。サトルのことをまだ引きずっているだろうか。もし引きずっているなら、これを使ってしまえばいい。使って消してしまえばいい。サトルの記憶と共に。
福井まで車で飛ばせば四時間といったところか。岬はレクサスに乗り込んだ。
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