第53話 民族紛争勃発

そして2日後

2022年7月15日(金)


草加部と大沢はいつも通りに作業をしていた。

あの日、グリミー5号こと沢木への呪い返しの呪文を唱えた日から呪縛は解けた。


あっちをやるならこっちもやれ。公平に。

と言う配達ドライバーがいなくなった。


“不思議だ。こんなもんか。”


グリミー大森と能見はおとなしくなった。

ボーリングは相変わらずだが、台車がぶつかる音が小さくなった。許容できる。

トサカ頭の能見は草加部に媚びを売るようになった。敬語でニヤニヤしながら近づいてくる。


草加部は何もなかったかのように振る舞っていた。いつものように。


普通に仕事ができればいいのだ。


ただ、グリミー1号と2号については逆だった。前よりも明らかにエスカレートしていた。


自分達が“正義”なんだと言わんばかりに。とにかく凄い。あからさま過ぎるくらいに。


グリミー村上としてはプライドが許さないのかもしれない。自分のせいでパレットの組み換えをしてもらえなくなった。自分は開設当初からここでやってきたという自負、後輩にはこう教えてきたんだという思い。


今までこうやってきたんだという思い。


その全てを1号の嵯峨と手を組み、“誤仕分け”という構内作業員が言い返せないテーマでぶつけてきていた。


1号嵯峨は、

「わかんねえと思って、ちゃんと仕事やれよ!」

2号村上は、

「ったく!」と、あからさまな態度で台車に叩きつけては、「何で、これがここにあんの!」


と、二人とも、草加部と大沢を睨み付けながら置いていった。去り際には笑みを浮かべている。


そして、自分の班に戻っては、その班の別な人に触れ回り、夜勤をバカにして笑っていた。


「お、ち、つ、い、て、ひ、と、つ、ひ、と、つ、み、る、の、わ、か、る?」


ついに言われたその人も草加部を睨みながら持ってくるようになって行った。


夜勤が間違えたものではなくても。


あからさまな報復だった。


“民族紛争勃発”


グリミーは巧みにそれを利用してくる。


自分だけがちゃんと仕事していると言いたげに、わざとらしくかしこまったキビキビした動作で仕分けしながら、草加部と大沢をちらっと見ては悦に入っている。


カケルも一緒になって草加部と大沢を“見ることで”、向こう側の人に、俺もそっち側だというふうに振る舞う。


“自分に矛先が向かないように”


こんな感じになった。


19:36分


所長の今村が草加部のところにきた。


「今日は特に引き継ぎはないですから。」

「分かりました。」

「昨日はどうでした。」


草加部は、「ん~そうですね~」と、うまく説明できたか分からないが、ありのままを説明した。


そして今村は少し考え遠くを見ている感じになり、まとまったのか口を開いた。

「民族紛争勃発ですね。それにグリミーが乗っかり、周りは自分に矛先が向かないように同調している。」

「構図的にはそうだと思います。正直、きついです。」

「そうですよね。改革は反発を買いますからね。」

「もう、引けませんから貫くしかないですよ。」

「それでいいと思います。とりあえずこないだ村上さんとは話しました。」

「ありがとうございます。反応はどうでしたか。」

「データの見方が間違えていたようです。」

「は?間違い?どういうことですか?」

「2ページ目を見ないといけないところを1ページ目しか見てなかったようです。ただ、本当に知らなかったようです。」

「18年間、間違えていたということですか?」

「そう。教えた人もそう思っていたんだと思います。だから、村上さんに教えられた人もそう思っていたということです。」

「所長、これが現実ですね。あきれました。」


「はい、そうですね。今日はこれであがります。明日は休みますから。」

「分かりました。お疲れさまです。」


今村は、いらない電気を消してあがった。


明日は魔の土曜日。


所長がいないとエスカレートする。


草加部は作業に戻り、いつもの作業を続けた。

大沢君もいらない苦痛を強いられ疲れが滲んでいた。


そして、いつも通りにグリミー大森の横持ちと発送が終わり、白髪のリーゼントの中沢さんの北日本便まで順調に行き護身術の練習も終わった。


24:24分

草加部はタバコを吸いに行った。

細い三日月が南東に見えた。まだ、そんな高くはない。星もいくつか見えた。虫の鳴き声だけが聞こえていた。


“民族紛争勃発。”


“暗殺。”


“逝ってもらいます。”


もう、向こう側に行ってんだから、さらに向こう側に逝ってもらいましょう。

草加部は、荷物を取りにコンビニに行くことにした。

休憩室に戻り、いつもの席に行きリュックから財布を取り出す。テーブルの上に置いていたスマホも持ち大沢に声をかけた。


「そこのコンビニに行ってくるから。」

「はい、わかりました。」

時間には余裕があった。


「時間は余裕あるからウォーキングがてら行ってくる。」

「大丈夫ですよ。ゆっくりで。」

「じゃ、ちょっと行ってきます。」


休憩室から出て駐車場に降りれるスロープに向かった。

そのまま門を出て歩道まで出た。車通りは少ない。

きちんと整備された街並み、歩道にはきちんと整備された植栽も植えられている。街路樹が並ぶなかを歩き始めた。コンビニまで歩くと10分くらいだろうか。草加部は街灯の灯りを頼りに歩く。


半分くらい歩いただろうか。車は2台通ったくらいだ。この時間だからけっこうスピードを出していた。


前から人が来た。


“こんな時間に人いるんだな。”


“あれっ、えっ、こないだの公安の佐藤さん?”


どっから来たの?


ーつづくー

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