大学生
杉 司浪
言わないと伝わらない
大学生の頃、僕は無敵だと思っていた。そんなにイケメンじゃなくてもそれなりに女の子は寄ってくるし、ある程度仲良くなれば高確率で告白される、大学生は幼稚園児のようだ。好きが多すぎるのか、もしくは好きのレベルが低すぎるのか。また、僕もその大学生幼稚園児の一人だ。
大学二年生の冬、僕は運命の出会いをした。今思えば、運命でも何でもなかった。ただ、社会人になった今でも僕の人生で彼女を超える好きには出会えていない。
肩まで伸ばした柔らかい黒髪、ほのかに焼けたすべすべの肌、綺麗な二重、口角の上がった唇、だるだるのパジャマでさえ彼女が着るとお洒落に見えた。僕達はバイト先で知り合った。彼女はかなり適当な性格のようで、バイト先では敵が多かった。
いつの間にか仲良くなって、彼女の家でハイボールを飲むのが僕たちの日課になっていた。いつも通りバイト先のおばさんの文句を言いながらお酒を飲んでいたある日、唐突に彼女は僕を不安にさせた。
「ねぇ、私達の関係って何なのかな。」
僕は彼女に心臓を握られたような気持ちになった。どういう意味だ。恋人になることを望んでいるのか。それとも今まで通りの友情を望んでいるのか。ここで答えを間違ってしまえば、僕は美しすぎる彼女との関わりがなくなってしまう。そこで出した僕の返答は何とも情けないものだった。
「何が?」
僕の心臓は汗だくだったが平然とした顔を装い、馬鹿のふりをした。
「私達、お互いに家に行って一緒に寝たりしてるじゃん。でも一線は越えてないからセフレじゃないでしょ。なら、何なのってこと。」
僕は正直、彼女との関係なんてどうでもよかった。セフレだろうが友達だろうが、彼女の人生に僕が関わっている、僕の人生に彼女が関わっているこの事実さえあれば僕はそれで良かった。
「ソフレなんじゃない?添い寝フレンド。」
彼女は不満そうな顔をしながら、ズボンのポケットから煙草の箱を取り出し、その箱から折れ曲がった1本を抜き出して火をつけた。
「私達、付き合おうか。」
僕が一番望まない提案だった。嫌だ。嫌だ。付き合ってしまえばいつか終わりがきてしまう。彼女との関わりが断たれてしまう。しかし、ここで断って関わりが続くとは思えない。
「今の何が不満なの?僕達、このままでも楽しくやっていけるよ。」
彼女は僕の返事が気に食わなかったようで、僕に向かって煙草の煙を吹きかけてきた。
「私は君と名前のある関係になりたいんだよ。」
僕は彼女の言っている意味を正確に読み取るほどの国語力は持ち合わせていない。これは告白なのか?僕のことが好きなのか?抱いてくれと言っているのか?僕はどうすれば良いのか。付き合えば恋人、抱けばセフレ、名前のある関係にはなれる。しかし、彼女の求めている答えがわからない。なぜ付き合おうと提案してきたのか。彼女はそれなりに遊んでいる。僕じゃなくても他に相手はいる。彼女は美しいから関わっている男達も皆揃ってイケメンである。
「ねぇ、私達付き合おうよ。私のこと好きでしょ?」
僕が黙って考えている横で彼女はいつの間にか煙草を吸い終え、悪戯に笑って僕の首に唇をつけた。僕は何を考えていたのだろう。彼女ほどの美人と付き合えるならそれで良いじゃないか。僕は彼女の唇を受け入れ、彼女を抱きしめた。
それからの僕達の関係は今までと何も変わらず、彼女は酔ったときだけ僕の家に泊まり、寂しい夜には僕を呼んだ。僕は彼女に干渉せず、彼女が誰と会おうが僕の誘いを断ろうが彼女と恋人という名前の関係を続けた。以前の関係から変わったことといえば、体に触れるようになったことくらいだ。一緒に寝る時、僕が壁側を向けば彼女は必ず僕の背中にすり寄ってきて求めた。僕はそれがとても嬉しくて受け入れた。僕と彼女の共通点は出身地が近いだけで他は何も知らなかった。僕は彼女の心に足を踏み入れることを恐れていた。踏み込みすぎて彼女に拒絶されるのが怖くて、彼女が僕から離れていくのが怖かった。
彼女と恋人という名前の関係になってから一ヶ月を過ぎた頃、彼女から泣きながら電話がかかってきた。
「最寄り駅にきて。話したいことがあるの。」
僕は察した。これは別れ話だ。僕は覚悟を決めて、徒歩数分の最寄り駅へ向かった。
「急にごめん。近くの公園に行こう。」
改札前のベンチで泣きながら僕を待っていた彼女が立ち上がって近寄ってきた。僕達は無言で公園に行き、互いにブランコに座った。
「泣くなよ。話したいことあるんでしょ。」
僕がそう言うと彼女は小さな声でごめんなさいと何度も言った。
「昨日ね、好きだった人に会って、君じゃないなって思っちゃった。君の口から好きって言われたことない。可愛いしか言わない。私のことそんなに好きじゃなかったんでしょ。」
僕は後悔した。勝手に、好きって伝えると重いって思われると思っていた。名前のある関係に拘っていたから、気持ちなんてどうでも良いのかと思って、僕が好きって伝えたら関係が終わってしまうと思っていた。
「ごめん。」
僕はそれしか言えなかった。自分の思い込みで彼女を泣かせてしまった。
それから一時間程、彼女は泣き続け僕に謝り続けた。彼女が落ち着く頃には、日が沈み夜がきていた。
「君の家に私の荷物は傘しかないよね。傘取りに帰ってから私の家に君の荷物取りにきて。」
「わかった。」
僕らは解散した。僕は自分の家に帰る間、人生で一番泣いた。彼女を大切にできなかった自分を悔いた。もっと話していれば、もっと君を知っていれば、もっともっと好きって伝えていれば、そんなことばかりが込み上げた。
自分の家に着く頃には涙は渇れていた。彼女の傘を持って彼女の家に向かった。彼女は、酔っぱらってよく傘を失くすからビニール傘なんだと話していた。そんなことしか彼女のことを知らない。
彼女の家につくといつものエレベーターでいつものボタンを押す。ここに来るのは今日が最後。僕は泣きたい気持ちをぐっと堪えて、最後くらい僕で良かったと思ってくれたらなと最後の台詞を考えていた。インターフォンを押すと中から目を赤くした彼女がでてきた。
「私ね、いつでも君が来れるようにずっと鍵開けてたんだよ。でも、君は呼んだときしかきてくれなかった。」
そう言って僕の荷物を袋に詰めて渡してくれた。そんなこと言ったって、君はいつもどこで何をしているのかわからない人だった。僕は去り際に彼女にできる限りの笑顔で最後の台詞を伝えた。
「君のこと本当に大好きだったよ。」
ドアが閉まる瞬間、君は大粒の涙を流していた。僕はそのまま、エレベーターを降りて自分の家を目指した。
大学生 杉 司浪 @sugisirou
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