話間 勇者ブレイブ、気づく

【視点主変更 注意】

この話間は勇者ブレイブの視点で書かれています。

ややこしいですが、よろしくお願いします!



 *



 僕はブレイブ。第5層の浸水エリアで予想外の水害に見舞われ、すんでのところでヒイロに命を救われた、遭難者の1人だ。


 ヒイロの口から告げられた真実は、僕にとってあまりに残酷だった。かつて、砂漠で僕の身代わりとなって命を失ったネイサン。そのことに追い詰められて、ギリギリの精神状態だった僕。そんな状況で、師匠は僕に優しい嘘をついた……ネイサンが死んだのは、僕のせいではない、と。


 しかし、師匠もまた完全に冷静だったわけではなかったのだ。もしあの時助かったのが、未熟な僕ではなく、優秀なネイサンだったら……。とっさにそう思ってしまった師匠は、僕にその本心を悟られてしまった。


 その直後の出来事は、僕ははっきり覚えていなかったが、おそらくヒイロの予想が正しいのだろう。僕は、相手の本心や表情が分からなくなってしまうことで、自分の心を守ったのだ。だが、その心の病はしばらく後も続き、僕や周囲の人間を余計に傷つける結果となった。


「すまない、ブレイブ。言い過ぎた」

「あ、ああ……」


 僕は謝罪するヒイロの顔を見ることができなかった。これまでの僕なら、彼の本心や表情を無視して、事実だけを機械的に処理することができただろう。しかし、もし真実を知った今の僕が、心の病を克服してしまったのだとすれば……。


 今の僕には、彼の憎しみを受け止める覚悟も、怒りを鎮める方法もない。


「……ブレイブ、どこか具合でも悪いのですか?」

「……ああ、フィリスか」


 言い争いが落ち着いた後、僕に声をかけてきたのはフィリスだった。ヒイロは居心地が悪そうにしながらも、次の探索ルートを検討するために地図とにらみ合っている。師匠は僕を気にしつつも、自分の過去の行動を顧みているのか僕に話しかけづらそうだ。


「ヒイロがあんなに声を荒げているところを初めて見ました。追放の時でさえ、わたくしたちを少しも責めなかったというのに」

「僕もだよ。ヒイロとは長い付き合いだったけれど、彼は怒るよりも叱るタイプだからね」


 付け加えるなら、ヒイロは叱るよりも褒めるタイプの人間だ。そんな彼が感情に任せて他人を攻撃するなんてことは、これまで一度もなかった。もしかしたら、僕が気づいていないだけで、彼は何度も怒りを堪えていたのかもしれない。


「きっとあれがヒイロの本心だったんだよ。これまでは、理性で抑えていたんだろうね」

「わたくしも同じ考えです。ヒイロがわたくしを許すといってくれた時、その決断には彼自身も自覚していない真逆の感情もあったのでは、と思うくらいです」

「ヒイロが君を許す? 彼は僕ら全員に憎しみを抱いていたわけじゃなかったのか?」

「いえ、そうではない……と、本人は言っていました」


 フィリスの口から、意外な事実が明かされた。おそらく僕の知らない間に、ヒイロとフィリス達の間で会話をする機会があったのだろう。それは、僕がヒイロの治療を受けてから意識を取り戻す間のことかもしれないし、もしかしたら彼らには他にも接点があったのかもしれない。


「ヒイロは、自身が追放されたこと自体は受け入れているようなのです。彼が許せないのは、あなたの無関心でした」

「僕の無関心?」

「はい。あなたが何の罪悪感もなくヒイロを追放したこと……あなたの無感情さが彼につらい思いをさせたのです」


 それが本当なら、なんと慈悲深いことか。ヒイロはどうしようもない状況で、自己犠牲によって僕達を助ける覚悟があったのだ。そして、その覚悟に誠意をもって応えることができなかったことの、なんと罪深いことか。


「そうだったのか……。あの時の僕は、そんなことにすら気づかなかったのか」

「むしろ、今のあなたがちぐはぐなのです。仮にあなたが本当に感情のない人間だったとしたら、そもそもヒイロが恨んでいるかも、なんて発想にも至らないはずです」


 フィリスの指摘はもっともだ。現に、ヒイロに本心を明かされる以前の僕は、彼のことをただの駒としてしか見ていなかった。それどころか、いなくなった後はパーティーに不和をもたらす障害物だとすら思っていた。しかし、今になって彼が僕に向ける感情を恐ろしいと思うようになったのだ。


「ブレイブ。おそらく今のあなたは、常人と狂人の境界にいます」


 フィリスは相変わらず厳しい口調で僕に言った。かつては僕を力なく非難するだけだった少女が、今では真正面から立ち向かってくるようになった。その変化が現れるようになったのは、彼女がスノウウルフの討伐指揮を執ったあたりからだ。


「あなたがそこまでたどり着いたきっかけは何ですか」

「僕が過去の僕自身の問題に気づくことができたからだ。でも、そのせいで、僕は現在の問題に直面することになった」

「現在の問題とは何ですか」

「多すぎてわからないくらいだよ。師匠に、仲間に、僕は今さら何ができるっていうんだ」

「では、質問をひとつ戻りましょうか。あなたが過去の問題に気づくことができたのはなぜですか」

「それは……」


 フィリスが質問を通じて、僕の考えを整理していく。いや、彼女の質問を通じて、僕が懺悔をしているのだ。心の重荷を一つずつ彼女に預けることで、問題の核を見極めるための冷静さが徐々に取り戻される。

 

「ヒイロだ。彼が本音を話してくれたからだ。だから僕は現在の問題に、過去の問題に気づくことができた」


 僕は単純な答えにやっとたどり着くことができた。思えば、ヒイロがパーティーを去ってすぐに状況は悪化し、彼と再会してすぐに隠れていた問題が浮き彫りになった。感情がわからないとかいう以前に、彼こそがキーパーソンであることには、すぐ気づくべきだったのだ。


「……そうですね。もっとも、ヒイロはお人よしですから、自身の本音があなたを傷つけたことについて、むしろ後悔しているようですが」

 

 彼女の言う通り、あの場でヒイロの怒りが限界に達したのは偶然だろう。むしろ、僕が考え無しに彼を煽っていた気すらする。だが、もし彼があと少しだけ理性的で、本音を完璧に隠せるような人間だったなら……僕は自分の過ちに気づく機会を永遠に失っていただろう。そう思うと恐ろしい。


「覚えていますか、ブレイブ。わたくしはかつて、あなたは本心をさらすのが怖いのだ、と責めました」

「そうだね。僕が昔話をした直後だ」

「今のあなたなら、ヒイロの後悔も察することができるのではないですか。本心や表情を読み取るより、自分の気持ちを重ねる方が難易度は低いですから」

「……ヒイロも本心をさらすのが怖かった、と?」

「実はだれでもそうなんですよ。わたくしも、きっとイサミさんも」


 フィリスにつられて、僕は師匠の方を見た。思うに、師匠があの時のことを僕に黙っていたのは、僕の心を守るためだけではなく、師匠自身が本心をさらすのが怖かったからなのかもしれない。ヒイロが言っていた、迷い、とは、きっとそのことなのだろう。

 

「……答えが見えてきたよ、フィリス」


 僕の中で、これまでバラバラだったパズルのピースが一つになろうとしている。本音を晒すこと、迷いを認めること……。どちらも大切だが、自分自身を傷つける行為だ。しかし、僕の目の前でそれらをやってのけた男がいる。


「答え、とは?」

「もう少し考えさせてくれ。でも、僕はヒイロに対してもはや無感情ではいられない。そこは安心してくれていいよ」


 僕が信用ならないのか、不安そうな顔で問い詰めてくるフィリス。こうして僕と話している彼女だが、それは僕からヒイロを守るためだ。僕の行動に警戒心を抱くのは当然だろう。


転移門ゲートを見つけるか、成すすべなく力尽きるか。どちらにせよ、僕達が一緒に冒険できるのはあと少しだ」


 それまでに僕は答えに辿り着かなければならない。ヒントは全てヒイロから与えられている。僕に足りないのは……フィリスの言葉を借りるなら、臆病さを克服することだ。

 

「……いや、生きて帰ろう。なんとかここまできたんだから」


 僕は立ち上がって、ヒイロと師匠の方に歩き出した。




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