第24話 ヒューマニティ

 ダンジョンはどこにでも現れる。いままで現れていなかったからとたかをくくれば痛い目を見る。ダンジョンからはモンスターが現れる。探索者はダンジョンを探索してモンスターと殺し合う。モンスターはダンジョンの中で生きている。モンスターは人を殺す。人に殺されたモンスターは人を恨み強いモンスターを生み出す。いつもいつも人間の生活を脅かす癖に、すこしでも侵食してくれば我慢のひとつもせず襲ってくる。理不尽の権化。人間が強くなればモンスターも強くなって行く。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……………」


 風見組の連中は、「人類にしてはあまりにも強いが人外にしてはあまりにも人間に似ている生物」という立ち位置だ。王者の刃はあくまでも「才能のある人間」という一線の内側にいる訳だが、風見組は他功績を度外視にして「戦闘力」というカテゴリーから見た場合においても、それが再結成以前の「旧風見組」という場合においても、田中裕次郎は通常日米が手を組み6年かけてようやく1体の体力を半分削れるほどの竜種モンスターをたったひとりの挙げ句1分以内で3体撃破。松田錠は世界間移動を可能にする転移術を持ち、鬼種モンスター56体の討伐を1日で達成。高倉圭一郎は不死種モンスターと9日無休での戦闘の末勝利。菅原旭は全身の骨を100本以上折り、両眼球を潰し、聴覚と触覚と嗅覚を失った状態で竜種17体の討伐。あくまで全盛期の風見組であるが、彼らはまさしく「人間ではない」と言える。


 しかし。


「んー、異界の人間って弱いんだなあ。都合よしっ」


 本物の人外には勝てない。


 ダンジョン内で人間が生成された。風見組も、浅丘林檎も、俺も。コメント欄にいた視聴者も、みんな呆気に取られた。人型のモンスター? それとも外部から侵入してきた探索者? いろいろな考察があった。どれも違っていた。どれも近かった。外部といえどそれはダンジョン内外の狭い範囲ではなく、地球内外という括り。


 ダンジョンはそもそもどこから来たのか? …………なんとなく、みんなそれとなく理解していた事だが、ダンジョンはおそらく「異世界」だ。簡単に言ってしまえば、おそらく「縮小された異世界」。簡易的な領域内に発生した異世界。


 その女は自らの事を「魔人」と語った。


「私のいた世界は、此処とは違って空気が良かったんだよね。でも人間が居てね、人間って強いんだ。私たちが使う『魔法』を技術的に解析して、自分たちも使えるようになった。それが君達もさっき使ってた『スキル』だね。大昔にこっちに仲間が逃げてね、たぶん人間を殺すのが嫌になっちゃったんだろうね。たぶんその影響かな? この迷宮は」


 立ち上がっているのは菅原旭だけだった。


「君はタフだねぇ」

「ダンジョンはお前らの所為か」

「言っちゃえばそうだよ。それがどうかした?」

「そうか。やっぱりダンジョンは外的要員によるものか。……そうか。そうか。なるほど、そうですか。そうですよね」


 菅原旭は、呼吸を整え、すこしだけ「以前」のような雰囲気を醸しながら、立ち直した。顔はあの時のようなぼんわりとしたような感じになり、背はすこし猫背気味になる。


「へぇ、戦意……! 君はもう私に負けたんだよっ! まだ戦いたいのかい? 君は人のために動ける偉い奴だ! あのおバカちんにも見習って欲しいねえ」


 おバカちんとは、此方に逃げてきたというらしい魔人の事か。


「何のために此処に来た?」

「うーん、元の世界あっちが人間の物になっちゃったからア。まぁそうだね、この世界にいる人間を皆殺しにして魔人の物にするっ!」

「させない」

「君はこの世界のなんなの」

「最強だ」


 誰も否定できなかった。もし仮に、いま風見組の連中や俺達や地球人類が全勢力を整えて一斉に菅原旭に襲い掛かっても、勝てないだろう。


「君が最強かあ、なら、もうこの世界の行く末は見えてるね」

「…………」

「まぁいいや! 君達その様子だと、この迷宮を攻略してんだろ? ごめんだけどやめてね。この迷宮はいわば環境を調整する装置なんだ。徐々に私たちが住める世界に染めるためにね。だから、この迷宮には迷宮主は居ないし、コアもない。だから攻略はできない。だからやめてね。攻略は」

「は?」


 ●は?

 ●攻略できない?

 ●は?

 ●え?

 ●迷宮主とコアがなきゃ攻略はできないな

 ●???

 ●???

 ●???

 ●??

 ●糞か?

 ●っていうかこれマジ?

 ●菅原がこんなボロボロに負ける様な奴は人類総力挙げても勝てなくない?


「攻略、できない……?」

「そっ! だって攻略できたら意味ないじゃ~ん」

「は? は? ……なんで……?」

「どうしたの? なんでそんなに動揺してんの?」

「……じゃあ、この世界はどうなるんだ」

「どうなるって、そりゃあ君……魔人のものになるね」


 菅原旭の方から「ばきり」という音が聞こえた。みんなその音を聞いていたらしく、菅原旭は注目の的だった。脳裏に声が響いて来る。魔力にのって思考が此方に流れて来ているのだ。


《どうすればいい。攻略できないダンジョン? そんなのありか? こいつのハッタリか? そんな感じはしない。危機感知がびんびんだ。どうすれはいい? どうすればいい? いったいどうすればいい? 俺にどうこうできる問題か? ぼくにどうこうできる問題か? たぶん無理だ。俺じゃ無理だ。どうにもできない。魔人には勝てない。この風見組が全力を出したのに勝てなかったんだ。普通の人間に勝てる訳がない。もうダメだ。人類は終わりだ。終わっていいか? いい悪いじゃない、終わるんだ。魔人のものになる。この世界は魔人のものになって、あとは消費されて終わる。人類は殺されてしまう。もう誰も生きられない地球が残るだけだ。いやだ。死んでほしくない。護りたい。でも俺には力がない。力がなけりゃ誰もまもれない。みんなしんじゃう! 死んでほしくない! 死んでほしくない! 諦めるな。諦めるなっ……! 諦めるなっ……あきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるなあきらめるな! 気合いと根性っ……! ああっ! 気合いと根性、ダメだ、諦めそうになる。脳裏に浮かぶ全ての敗因が俺の強さを逸脱してる。どうしよう、諦めちゃダメだ、諦めちゃいけないんだ。俺だけでも立ちつづけなければいけないんだ。状況を事細かく理解しろ、きっとどこかに穴があるはずだ。ダメだ、諦めるな。気合いと根性っ……!! 度胸と不屈っ……!! ああ、ああ、無理だっ。俺は醜いおばけだっ。誰も救えない。諦めるしか、もう手段がない……》


 腹が立った。思わず叫んだ。


「旭ぁっ……! 旭っ! やめろっ……考えるのはっ!」


 お前は自分を否定するしかできないんだろうな。きっと、世界を悪いとは思えないんだろうな。この世界では人間が必死に生きているから、みんなのことが好きなお前は、きっと自分を「醜いおばけ」だと思わないとやっていけないんだろうな。誰も救えない自分が悪いと思わないとやっていけないんだろうな。だったらもう、それでいい。それでいい。ただ諦めるな。


「いいかっ!? よく聞けっ!」

「寒河江さん……!?」

「『強くないなら』っ……! 『強くなれ』っ……!」

「えーっ! 君いまちょっと変な事言ったよ!」


 腕を伸ばしたすぐ近くに、旭のミエルプレートが落ちていた。


 ──【第四段階】才能を持たない者には到達できない


 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第四段階 身体硬化・第四段階 稲妻・第四段階 土壁・第四段階 炎集・第四段階 魔力見極め・第四段階 斬撃・第四段階 衝撃殴打・第四段階 旋風蹴り・第四段階 危機感知・第四段階 夜目・第四段階 呪力感知・第四段階 呪術解除・第四段階 呪術禁止領域・第四段階 呪術反射・第四段階


「強くなれないから『この程度』で止まってるんだよ! やっぱり魂と肉体が合ってないとそういう変な思考になっちゃうのかな? ちょっと身体の形弄るから、そこを動かないでね」

「やめろっ」

「うるさいなあ」


 魔人は旭を簡単に投げ飛ばすと、旭は民家の瓦礫の中に突っ込んだ。


「はは、魂は『女性』なのに肉体は『男性』なんだ。性自認は肉体につられて『男性』らしいね。君、もしかして迷宮の影響で胎児のころに情報が乱れたタイプかな?」


 ──【第三段階】努力の到達点


 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第三段階 身体硬化・第三段階 稲妻・第三段階 土壁・第三段階 炎集・第三段階 魔力見極め・第三段階 斬撃・第三段階 衝撃殴打・第三段階 旋風蹴り・第三段階 危機感知・第三段階 夜目・第三段階 呪力感知・第三段階 呪術解除・第三段階 呪術禁止領域・第三段階 呪術反射・第三段階


「やめろっ」

「腕をじたばたさせてもまったく痛くも痒くもないじゃない」


 旭はどうなった!? 死んだりしてないよなっ!?


 大丈夫、あいつは死なないっ!


「やめろっ……!」

「いい加減にしろ馬鹿っ!」

「あ、雑魚だ。邪魔~」

「ぐあっ!」


 高倉圭一郎と田中裕次郎が投げ飛ばされる。


 ──【第二段階】平均的な能力


 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第二段階 身体硬化・第二段階 稲妻・第二段階 土壁・第二段階 炎集・第二段階 魔力見極め・第二段階 斬撃・第二段階 衝撃殴打・第二段階 旋風蹴り・第二段階 危機感知・第二段階 夜目・第二段階 呪力感知・第二段階 呪術解除・第二段階 呪術禁止領域・第二段階 呪術反射・第二段階


「いま転移させようっ!」

「させませーん。転移キャンセル!」


 松田錠の転移術が弾かれて、魔人は松田錠の頭を地面にたたき付けた。身体がビリビリ、と痺れはじめた。


「ぐ、ううッ!?」

「お! 変質はじまったね!」


 ──【第一段階】平均より少し下


 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第一段階 身体硬化・第一段階 稲妻・第一段階 土壁・第一段階 炎集・第一段階 魔力見極め・第一段階 斬撃・第一段階 衝撃殴打・第一段階 旋風蹴り・第一段階 危機感知・第一段階 夜目・第一段階 呪力感知・第一段階 呪術解除・第一段階 呪術禁止領域・第一段階 呪術反射・第一段階


「なにがっ!?」

「この世界の人間は肉体を弄りやすくて助かるね。もしかしたら才能の塊かもしれないから、君の身体をいじったんだ。迷宮の影響を受けるってことはそれなりに魔力の質が高いってことだからね。魔人は質の高い魔力を『色っぽい』とか、まあ『エッチだ』って思うようになってて、私あなたのことエッチだって思ったからまぁそうなんだろうね。セックスする?」

「やめろっ!」


 ──【第五段階】才能の到達点


 菅原旭 2000年7月23日

 身体強化・第五段階 身体硬化・第五段階 稲妻・第五段階 土壁・第五段階 炎集・第五段階 魔力見極め・第五段階 斬撃・第五段階 衝撃殴打・第五段階 旋風蹴り・第五段階 危機感知・第五段階 夜目・第五段階 呪力感知・第五段階 呪術解除・第五段階 呪術禁止領域・第五段階 呪術反射・第五段階


「んっ? エッチがもうひとつ……」


 魔人が瓦礫の方を向いた。緑色の光が瓦礫の間から漏れている。


 なんだ?


「あれ? 魔王様……?」


 次の瞬間、何かが現れて、魔人の顔面を殴り抜いた。


「えっ、えっ、えっ!? なんでいるの!?」


 ──【第六段階】進化点


 第六段階に到達すると、すべてのスキルが到達したスキルに融合して新たなスキルに進化する。

 進化したスキルには「守護霊」の名がつく。

 人には必ず守護霊がいる。守護霊っていうのはオカルトとかホラー的なものではなく、世間一般にも広く知られるような「神様」や「悪魔」や「天使」の名を持っている。


 菅原旭 2000年7月23日

 天之御中主神・第六段階


「違うっ……魔王様じゃないっ! お前っ! お前は誰だっ!」


 真っ黒の強化皮膚。緑色の複眼。のっぺりとした黒い頭部。胸には緑色の光が漏れ出すランプ。首にははるか空に伸びる緑色のマフラー。


「俺は」


 旭の声。


「醜いおばけだ」

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