第22話 笑っておくれ

 思ったより菅原旭の精神状態は深刻そうだった。

 明らかにやつれていて、目に光が入っていなかった。

 そりゃそうだ。こいつの人生はひとりで背負って生きていくにはつらすぎるんだ。父が死に母が死に弟が死に、世界を巡ってみれば、行く先々で出会った人達も死んでしまう。

 悲しみは尋常なる物ではないだろう。

 誰も、背負ってはくれなかったのか。その尋常じゃない悲しみを、誰も。

 当たり前だよな、人間は他人の孤独を背負える様には出来てないから。

 だから、人間は友達になるんだよな。

 背負いたい誰かの孤独を心置きなく、そして気安く、その人の隣で背負えるように、楽しいことを分かち合うために、そのために友達になるんだ。

 そういえば、昔「友達ができない」って嘆いてた事があったっけ。

 そりゃできねーよ。病んでんだもん。

 この精神状態はいまに始まったものではなさそうだった。

 きっと菅原旭の現状を簡略化して表すと──


 1 執念深い

 2 自分を正しいと思いたくない

 3 かといって周りが正しいとも思いたくない

 4 悩むことに逃げている

 5 悩みを解決する気はおそらくない


 こんな感じ。つまるところ、多分周りがどうこう動いてもどうにもならないのだろう。

 故に、風見組の他の面々は表向き普通に接しているのだ。

 別に諦めているという訳ではないだろうが。

 その証拠として彼らは……特に松田錠あたりがとても菅原旭の感情の機微に敏感になっているように見えた。

 俺の考えすぎ、というところもあるかもしれないが。

 すくなくとも、彼らは菅原旭を思って行動している。

 あのじゃれ合いがごっことも思えないが。


「どうしたもんかね」


 ●配信として世界に流れまくっていることを危惧しろ

 ●ここまでノーカットで貸切風呂の闇の部分を垂れ流しにしてたんだよなあ

 ●コメント欄みんなお通夜状態だったぞ

 ●具体的に、スガちゃんがどういうフウに助かりたいのか、とかそもそも助かりたいのか、というものが皆目わからないものだからみんかよそよそしくしてるの本当に日本人って感じしてる。助かる側の事なんか考えなくて良いだよなあ……助けたいなら助ければ良いんだよなあ。頭使って、どうぞ

 ●長文兄貴きも(笑)

 ●昔から貸切風呂の配信見てたけど、ずっとかわらずひとりで抱え込もうとするタイプだよな、こいつ

 ●そうなの?

 ●菅原旭の言い分、要は「不幸者は切り捨てろ」かな?

 ●どこをどう読み取ればそうなるんだ卑屈

 ●あきらは繊細クソボケヤンキーだから多分そういう意見も持ってるとは思う。多少空気読むようになっちゃったからたぶん言わないと思うけど


 コメント欄は、菅原旭がどういう意図で動いているのか、というところが気になっているらしい視聴者同士の言い争いやら自己解釈の発表会の場と化していた。

 もうたぶん救われるつもりはないのだろうが、救われたいとは思っているのだろう。とてつもなく面倒臭い性格をしている。

 そういう面でいえば今も昔も変わっていないのだろう。

 自分を帰るために海外へいったのだろう。

 誰かを助ければ自分も助かると思って、眠化ダンジョンを鎮めてまわる旅をはじめたのだろう。

 その結果自分の目の前で多くの人間が死んだのだろう。

 そういう事が彼の前で頻発したのだろう。

 彼は性格上「自分のせい」にしてしまうところがある。

 自分が馬鹿だから、自分はおばけだから、とか。

 そういう理由をつけて、理不尽に殺された命に「菅原旭のせいで死んだ人間」という外観的な価値を後付けする。

 彼にはもう、そういう癖がついてしまっているのだ。

 そしてそれは、たぶん、父親と母親が無くなったときに芽生え、菅原卓也くんが殺されてしまった時に確立されてしまった、魂の形。

 もうたぶん曲がり様がないくらいに、まっすぐ折れ曲がっているのだろう。


「ナポリタン冷めちまうよ~」


 浅丘林檎が此方にむけて声を張る。


「今行くよ」


 それに返して、しばらくはそうやって笑うことにした。

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