第6話 ナポリタンは最終兵器なのか
万バズしたから何だという話ではあるけれど。
出られなければ有名人になったところで意味がないので。
でもなんとなく嬉しい気はある。これ以上の登録者はいらないけれど。
俺は有名になって頭がおかしそうなマスコミに目を付けられるのが一番怖い。
俺の父が死んだとき、母の気も知らずに「旦那さんが死んでどう思いましたか」なんて聞きに来たりしたし。俺はマスコミを差別するよ。
特定職業への差別意識ってのはあんまり良くないけれど。
「さて、どうしよう……」
「階層のボス部屋を見つけてボコって無理矢理魔法陣で四階に行くっていうのもありかもしれない」
「そうですね。そうしましょう」
下の階層に繋がる階段は人間が後から付け足した物だ。
本来なら階層ボスを討伐して魔法陣を発動させなければならない。
ただ、どうしてもダメそうな場合は壁を全部取っ払う事も辞さない。
それが有効手段ならそれをした方がいい。ただまだ勝手がわかっていないんだ。
みんな眠化したダンジョンの勝手がわかっていない。
眠化した事によって何が変わって、なにが変わっていないのか。
とりあえず方角は通用しなくなったことはわかっている。
ただそれだけしかわかっていない。
だから、つまるところ、探り探りなんだ。
「とりあえず進まなきゃ話にならないな。行くか」
「ですね。トマトさん休憩は済みましたか」
「オッケー。一時間くらいなら歩ける」
「途中でモンスターとの戦闘もあると思うので疲れたら疲れたと言ってくださいね」
「わかってるよ」
それから三十分ほど歩いたところのA型魔力を含んだ水辺で八つ首の鰐型のモンスター「ヤツクビワニ」が現れた。
●ヒェッ……
●でかない?
●大きすぎると思いますが
●ヤツクビワニのビジュアルきもすぎる
●これもうモンスターだろ
●モンスターではあるだろ
●こわい
蛇のような長い胴体にそれぞれ左右四つずつ鰐の頭がついている。
それなりにサイズもあるので、鰐革の素材として重宝される。
剣を握り、【身体強化】と【身体硬化】を発動させる。
じわじわと身体が硬く、そして強かになりはじめたところで。
目が合う。
八つの頭が同時に口を開き、異音を発した。
皮膚がびりびりと痙攣して、瞼が勝手に下りようとする。
ヤツクビワニの固有スキル【威嚇】の効果が発動した。
視界が二秒ほどぼやけたところで、気がつけばヤツクビワニはこちらに向かって来ている。
「寒河江さん」
「わかってる」
寒河江さんは【シードレス】というスキルを発動した。
触れたところに種もなく植物を生やすスキルだ。
植物系のスキルの中でもとても便利で使い勝手が良いらしい。
同級生が発表会の時に言っていたのを憶えている。
その【シードレス】で生やした木々が襲いかかってきたヤツクビワニを妨害し、枝が身体に傷を付けるように尖る。
「無傷か~」
●シードレスかっこいい
●シードレスの硬すぎ尖り枝受けて傷一つないの恐すぎるだろ
●となると燃やすしかなくない?
●貸切風呂たしか【炎集】持ってなかったっけ
●炎集使えないだろ
●炎ないもんね
「ヤツクビワニの鱗はかなり硬いと言いますしね」
「どうするよ。俺の第二段階【シードレス】が通用しないとなるとかなり強いモンスターだぞ、あいつ」
「うーん」
トマトさんが言う。
「熱で殺してみては! 貸切風呂くん確か炎ってつく名前のスキル持ってたよね!」
「俺が持ってるのは【炎集】ですよ。第一段階の」
【炎集】というのは、周囲にある炎を指定したポイントに集めるだけのスキル。
炎のないここでは使い物にならない。
「炎あるだろ!」
「どこに」
「コンロ持ってるだろ君」
「あっ」
お恥ずかしい限り。
「しかし第一段階の【炎集】じゃどうにも心許ないな。俺のマッチ使うか。ボンベ外してさ。ヤツクビワニのところに投げようぜ」
「爆発させるって寸法ですね。なるほど。俺は第一段階だけど【土壁】のスキルを持っています」
【土壁】というのは、土を発生させて固めて岩の壁を作り出すスキル。
「マッチを投げる役はどうするの」
「【身体硬化】使える俺がやりますよ」
「第一段階なんだから限度があるでしょ。君怪我してるの忘れてない?」
「怪我してましたっけ」
腹と後頭部を叩かれる。
「あ、痛いです」
「人間じゃないんか……?」
腹は裂けているし頭は血でベタベタしていた。
そういえば肉を断たせたし、頭に壁の破片を受けたんだ。
そうだそうだ、思い出した。通りで身体が痛いわけだ。
「死ぬんじゃないか?」
「死にますね」
「だから、貸切風呂くんが持っている【稲妻】のスキルで投げたボンベをばりばりって刺激すればばーんって爆発するんじゃないの」
「オアー。頭いいですねトマトさん。IQは八百かな」
「賢い。高校通ったことありそう」
「あんたらちょっと僕のこと悪く言えないくらい頭悪くない?」
「ですかねぇ。ならこうしましょう。貴方は俺達の頭脳だ。俺達は貴方の腕になります」
「荷が重いから却下」
「えー」
●荷が重いだろ
●危うくトマトチャンの片腕腐るところだったネ(♡ >ω< ♡)
●トマトかわいそう
●風呂兄貴も割と頭回る方なのになんかトマトとカネコ兄貴来たあたりからなんか頭使わなくなってきたな
●風呂兄貴が落ち着ける場所と化した二人
●風呂兄貴友達いないからとても嬉しそうで良い
すぐにトマトさんの提案のように、【土壁】をあらかじめ発動させてボンベをヤツクビワニのところに投げて、【稲妻】を当てて爆発させた。爆風が土の壁をどどど、と揺らした。
「こんだけ燃やしゃ死ぬだろ」
「あっ! ヤツクビワニが溶けてる!」
トマトさんが指をさした。
やはりこの手は有効だった。嬉しい発見。
ボンベ買い溜めればいつでもヤツクビワニを殺せる。
足止めは【土壁】を使えば良いか。
「死んだな。ヤツクビワニの革だ。持ってく?」
「このサイズは十五万ですねぇ……邪魔なので捨てて行きましょう。この手で倒せることはわかったので後でたんまり取りに行きます」
「そっかー。俺は十五万ほしいから持って行こっと」
●これここから二年ずっとヤツクビワニ狩りしかしないってこと?
●生活潤いまくるだろ
●ヤツクビワニスレイヤーの誕生……ってコト!?
●ヤツクビワニ最低でも五万で買い取られるらしいから、マジでヤツクビワニで生計たてるとしたら金持ちなれるよ
●金にしか興味のない風呂兄貴にとって最高のモンスター
●貸切風呂×ヤツクビワニ
●地獄?
「結構軽い。持ってみろよ貸切」
「あ、本当です。軽いです」
「もーほら! 階層ボス探しに行くよ!」
それから俺達はしばらく歩いた。
歩きつづけて、どうにも壁の模様に目がつく。
「魔法数字だ」
「魔法数字って、魔法陣の?」
「はい。そうです。これ魔法数字『五十八』ですね」
地図にとりあえず五十八と書き込んでおく。
「確か他でも魔法数字見たぜ」
「気になります」
「こっちだよ」
寒河江さんの案内で他通路の「五十八」を見た。
先ほど見つけた「五十八」からまっすぐ直線で結んだところにある。
「他にないか調べてみましょう」
「よしきた!」
トマトさんと寒河江さんが調べてくれた。
西五十八・東五十八・南西四十七・西北二十八・北東十一。
「直線で結ぶとか?」
「違いますよ」
「魔法陣か」
「やっぱりそうですねえ」
エッチな上に察しも良い。本当にすごい人だなあ。
「何の魔法陣だろう。わかんない?」
「【展開】か【封印】です」
●多分【封印】だと思うんですけど
●封印だろ
●封印だよ
●封印
●封印
●めちゃくちゃ普通に【封印】なんだよなあ
●封印でしかなさすぎる
●封印だよ
●展開の可能性もなくはないだろ
●魔法魔術に通じてる奴が断定しちゃダメだろ
●魔法陣は魔法数字一つ増えるだけで変わるからね
この魔法陣に東南六十四が加わると【展開】になる。
しかし、まぁたしかにいまは【封印】でしかない。
これが魔法陣の難しいところ。
詳しく調べて、「絶対にそれだ!」と断定出来るまではそれを発動させてはいけないし、消してもいけない。
魔法Aと魔法Bがあったとき、魔法Aを「魔法B」だと想定して発動したとき魔法は齟齬がおきて、時空と亜空に大きな摩擦が起こる。すると、人間の中の魔法魔術を理解するための血管のような「
「発動してみる?」
「魔法が使えなくなるリスクはなぁ」
「スキルがあるじゃん」
ちなみにスキルと魔法の違いというのは、「ダンジョン外で使えるかどうか」というところ。スキルはダンジョン外では使えないが、魔法はダンジョン外でも使える。魔法はひとつを憶えるのに最低でも二ヶ月かかるが、スキルは最低八時間程で済む。
スキルは魔法と違い、正真正銘の異能力であるからだ。
【魔力見極め】は魔法とスキルの相の子です。
「とりあえず何かあったらまずいから貸切風呂くんだけでもナポリタン食え! ナポリタン食え! ナポリタン!」
「ナポリタンはですねぇ、とんでもなく困ったときに食べる物です」
「ナポリタンは最終兵器なのか」
●ナポリタンは最終兵器なのか……?
●ナポリタンってそんな頼りになるか?
●貸切風呂はナポリタン好きなんだよ
●ナポリタン好きなのは良いとしてなんでダンジョンにナポリタン持ってきてんだよこいつ。ダンジョンナメてんのか?
●ダンジョンに「持ってきた」んじゃねぇんだよ!ダンジョンで「作った」んだよ!
●なおのことだわ。なんでダンジョンでナポリタン作ってんだよ
●正論過ぎ。学校の先生か?
●初配信がダンジョンナポリタンだった男のチャンネルだぞ、肩の力抜けよ
●ウィーチューバーに探索者のダメな例として切り抜かれてめちゃくちゃ批判されてる。どうせ風呂兄貴は死ぬからとウィーチューバーめちゃくちゃ調子乗ってる
●こいつ自分の判断で周りの誰かが死ぬとか考えねぇのかな。トマトの遺された**とかこいつのこと恨むだろ
●家.族
●マジでNGワードに登録してんだ
「あとちょっとだけ調べてなにもなさそうだったら魔法陣発動してみましょう」
「そうだな」
「それがいいね」
それから三時間。
特になにもなさそうだ、という情報をゲット。
「ならやったれ!」
「やったります」
【封印】の魔法を発動することに。魔法の呪文は大体六万文字ずつの複数の言語を同時に発生して、それを二十秒程で言いきれるような短さに圧縮されている。
間違えれば抱心回路がズタズタになって魔法が使えなくなる。
リスクを避けるためには?
俺は自己流のやり方を学習した。
というのが、翻訳して、発しやすい言葉に繋ぎかえる、というもの。しかし、【封印】はうまい具合に省略できなかったので、詠唱しない。要するに。
──無詠唱。
というもの。
【封印】を発動しようと念じる。
すると、魔法陣に魔力が通じていく。魔法の発動は成功した。
●詠唱は?
●無詠唱しなかった?
●ナチュラルに詠唱放棄しててハゲる
●は?詠唱って放棄できんの?
●無詠唱!?
●詠唱を放棄するな!!
●なんでサラッと詠唱放棄してんの
●詠唱って放棄できるんだ…
●普通はできねぇよ
●魔法魔術学校最頂点の魔決学園の首席だから
●詠唱は省略すればするほど脳にダメージが行くよ!
●詠唱の完全省略、つまり無詠唱というものは10年前には既に行われていたぞ!
●しかし、唯一成功させた魔法使い「氷川陽介」は脳みその八割が腐り、現在はお墓の中だぞ
何故自分に才能がないだけ、という結論に至れないんだろう。
「どうかわったかなあ」
「……何か聞こえない?」
ずごご、と音が聞こえる。
見てみれば扉が出来ている。
「きっと扉を隠す何かがあって、【封印】の魔法でそれを除去出来たから現れたんだなあ」
「無詠唱についてはあとで驚こうかな」
「そうしてくれると助かります」
「階層ボスだと良いな」
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