第40話 幕間撃

 時刻は深夜2時。

 都心の一等地にある、とあるビルの最上階の家のLDKに、こうこうと明かりが灯っていた。


 田戸蔵たどくらヒサメは、ダイニングルームでノートパソコンをにらんでいる。ダイニングテーブルの上では、膨大な量の手書きのメモが、田戸蔵たどくらヒサメを中心に放射状に散らばっている。


 コトン


 背中からハーブティーが置かれる。

 それに気がついた田戸蔵たどくらヒサメは、少々やつれた笑顔で振り向いた。


「ありがとう、小次郎こじろうさん。深夜なのになんだか悪いわ」

「構わん、目が覚めたからだけだから。俺の方こそ、なんの手伝いもできず悪いな」

「あなたは、一海かずみ海二かいじ三海みつみを寝かしつけてくれだじゃない。我が家で最も大切な仕事のひとつよ」

「あいつらを寝かせしつけるには、自分も一緒に寝ちまうのが一番だ。真っ暗な部屋で静かに横になってれば、いやでも眠たくなる」

小次郎こじろうさんの寝つきの良さがうらやましわ。わたしは寝つきが悪いから」


 夫婦の会話をすまわると、田戸蔵たどくらササメはハーブティーを飲む。


「おいしい」

「そりゃそうだ。ササメ、お前が調合したハーブティーなんだ。不味いわけがない」

「そう言う意味じゃないのよ。小次郎こじろうさんが淹れてくれたから美味しいの」

「? なんだそりゃ。それより、六花りっかちゃんの調査結果の進捗はどうだ?」

「それなんだけど……ひとりだけ、同じ特徴と持つと思われる人物がいたわ。この人なんだけれど」


 田戸蔵たどくらヒサメがノートPCのトラックパッドを操作して、ウインドウのタブを切り替えると、ひとりの少女の写真が映し出された。

 年齢は10代中頃だろうか? 流行りを大きく外れた髪型が、昔の写真であることを物語る。


津部田つぶた御調みつきさん。広島にある、とある神社の娘よ」

「神社の娘……まさか!!」

「そう、17年前、別府市の鶴見岳に巣食っていた、脈流に捧げられる予定だった贄の巫女よ。悪い予感がしたから、六花りっかちゃんの戸籍謄本を取り寄せてみたんだけれど、彼女、神楽坂にある未神楽みかぐら神社のひとり娘だったわ」

未神楽みかぐら神社!? あの神社に祀られているのって……」

「ええ。天照大御神あまてらすおおみかみ六花りっかちゃんは、阿蘇山で眠る脈流の目覚めを阻止するために選ばれた、贄の巫女で間違いないわ」

「てことは、彼女は……」

「ええ。彼女の生命は脈流に捧げられる運命よ。20歳まで生きることはできないでしょう」

「なんとか……ならないのか?」

「わたしだってなんとかしたいわよ! ただ、探索庁が黙っていない。九州大震災の再来は、絶対に阻止したいでしょうから」

「………………」

「………………」


 ♪ おでこに宝石カーバンクル わんわんわんわんケルベロス ふわふわおさるはひひいろひひ みんなでこようよカーバンクルランド♪


 重苦しい雰囲気を、能天気な子供向けの曲が台無しにする。幼児向け番組の『カーバンクルランドのテーマ曲』だ。


 田戸蔵たどくら小次郎こじろうは、リビングに移動して充電していたスマホをとると、苦虫を噛み潰したような顔をして電話に出た。


鶴峰つるみね。こんな夜中に何のようだ!?」

「すまないな。少々、急ぎのようなんだ」


 鶴峰つるみね辛一しんいち、探索庁の局長。17年前、未知なる脅威であったダンジョン攻略のため、国に選ばれた10人のうちの一人。

 つまり、田戸蔵たどくら夫妻や、犬飼いぬかい一心いっしんとは旧知の中だ。


「悪いが田戸蔵、通話をスピーカーモードにしてくれないか? 用事があるのは君ではなく、ササメくんの方だからね」


 田戸蔵たどくら小次郎は、憮然な表情をくずさず、通話設定をスピーカーモードに変更すると、スマホをダイニングテーブルの上に置く。


「用意できたぞ鶴峰つるみね。さっさと用事ってのを話してくれ」

『ありがとう田戸蔵たどくら。恩に切るよ。久しぶりだね、ササメくん』

鶴峰つるみねさん。早速ですが要件を簡潔にお伝えいただけますか? あいにくだけど、今は調べごとが立て込んでいるの」


 口調は丁寧だが、田戸蔵たどくらヒサメの受け答えの態度は、夫のそれとはかわりない。


『悲しいね、ずいぶんと嫌われているものだ。まあ、いい。今日電話したのは他でもない、君が調査をすすめている、辰野たつの六花りっかについてだ』

鶴峰つるみね! おまえ、どうして俺たちが六花りっかちゃんのことを調べていることを知っている??」


 田戸蔵たどくら小次郎が話に割って入る。が、想定していたのだろう、鶴峰つるみね辛一しんいちはひょうひょうと話をつづける。


『知っているも何も、我々探索庁のデータベースにアクセスしたのは君たちだろう?』

「そうね。ダンジョン、およびシェールストーンの調査を、探索庁に知られることなく行うのは不可能ね」

『そういうことだ。僕には優秀な秘書がいてね。知りたい情報は全て瞬時に取り寄せてくれる。っと、話が逸れてしまったな。あまり歓迎されていないようだし、早いところ要件を済ませて電話を切ることにするよ』

「ああ! そうしてくれ!!」

「では、話さしてもらうよ」


 鶴峰つるみね辛一しんいちは、田戸蔵たどくら小次郎こじろうの怒号を制して話をつづける。


『阿蘇山で眠っている、辰巳たつみの幻獣、脈流なんだがな。今年に目覚める確率が、50%を超えたらしい』

「なん……だと!?」

『本当だ。つまり辰野たつの六花りっかは余命いくばくもない。が、こちらにも少々事情があってだがね。贄の儀式の実施は、少々遅らせてもらっている。君たちが辰野たつの六花りっかと接触していることも、僕と秘書の犯林おかばやしのところで止めてある。この意味、ササメくんなら理解できると思うんだがね』

「ササメが?」


 田戸蔵たどくら小次郎こじろうは、妻を見る。


『そう言うことだ。悪いがササメくん。よろしくやっておいてくれたまえ』


 ツーツーツー


 鶴峰つるみね辛一しんいちは、話したいことだけ話し切ると、一方的に電話を切った。


「切りやがった! なんだんだアイツ??」


 話の読めない田戸蔵たどくら小次郎こじろうは、ふたたび妻をみる。


「たぶんだけど……鶴峰つるみねさんは、六花りっかちゃんを助けたいんだと思う」

「本当か??」

「ええ。でも理由は、わたしたちとはちょっとだけ異なるはずよ。鶴峰つるみねさんが狙ってるのは、脈流の弱体化。あわよくば退治じゃないかしら?」

「退治!? 本気か!? 脈流は体長10キロは有に超える化け物だぞ!! 人類がどうこうできる存在じゃない!!」

「そう、でもそれはあくまでではって話。六花りっかちゃん、そして一子かずこちゃんの能力があればひょっとしたら……」


 田戸蔵たどくらササメは微笑む。が、その表情は普段、子供たちに見せる愛情たっぷりの微笑みではなく、氷のように冷たい冷たい笑みだった。

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