第8話 女子高生、通学をする。

 午前7時30分。わたしはバス停で、茗荷谷女学院のバスを待っている。


 剣道道場の一人娘の朝は早い。わたしは朝6時に起きると、道場でおじいちゃんと朝稽古をする。

 おじいちゃんの稽古は優しい。稽古中のほうが普段よりも優しいくらい。


 孫だから……てのもあるけれども、息子(わたしのパパ)を超スパルタで鍛えた結果、道場に近寄るだけで過呼吸になってしまう体質にしてしまったことからくる、反省とのことらしい。


 要するに、息子に厳しく当たりすぎて剣道道場をついでもらえなかったおじいちゃんとしては、孫であるあたしに、どーーーーーーーーーーーーーーーーーーしても跡を継いでもらいたいってことだ。


 ま、わたしも別に将来の夢なんかないし、剣道は嫌いじゃないから「それでもいいかな?」 って思っている。


「おはよう! ワンコ」


 わたしは背中から声をかけられて振り返る。六花りっかだ。


「新しい朝がきたねー。希望の朝だ!!」

「うん」


 六花りっかは清々しいまでの笑顔で挨拶をする。


 意外かもしれないけど、六花りっかの朝はわたしよりも早い。なんでも、神社の一人娘として境内の掃除を『朝拝ちょうはい』があるから毎日5時に起きて巫女服にお着替えしてお勤めをしているそうだ。


 わたしも、六花りっかに頼まれて、アルバイトで巫女さんをやったことがあるけれど、巫女服に着替えるだけでもひと仕事だった。


 それを朝夕2回、毎日、やっているのだから大変だ。

 テストの成績も優秀だし(サイコロ転がしてるだけだけど)六花りっかは、都内から指折りのお嬢様が通う茗荷谷女学院でも、優等生でとおっている。


 でも……


「あら、犬飼いぬかいさん、ごきげんよう」


 わたしは、背中から声をかけられる。


「ごきげんよう、逆村さかむらさん」

「ごきげんよう、逆村さかむらさん」


 わたしと、六花りっかは、クラスメイトの逆村さかむらさんにあいさつをする。


 あれ? 逆村さかむらさんって、いつも自家用車通学なのにめずらしいな。


 逆村さかむらさんは、わたしに向かってにこやかに会釈をすると、軽蔑のまなざしで六花りっかを一瞥して、すぐさまそっぽを向く。


 そんな逆村さかむらさんに、六花りっかは空気を読まずに話しかける。


「今日も縦ロールがバッチリ決まってるね!」

「高等部編入組が、気安く話しかけないでくださる? ほら、犬飼いぬかいさんも、辰野たつのさんにうろちょろされて迷惑してるじゃない!」


 はじまった。幼稚舎入園組の編入者いびりだ。

 茗荷谷女学院には、明確なヒエラルキーが存在する。それを決めるのは、成績とか容姿とかじゃない。茗荷谷女学院の生徒になったタイミングだ。


 幼稚舎からの生徒は純血と呼ばれてヒエラルキーの頂点に君臨し、そこから初等部編入組、中等部編入組、高等部編入組とつづく。

 特に中等部編入組からは、明確な線引がされていて『雑種』と呼ばれている。


 逆村さかむらさんは幼稚舎入園組、わたしは初等部編入組、そして六花りっかは、最下層カーストの高等部編入組だ。


 逆村さかむらさんは、それこそ犬でも追い払うように手を払いながら六花りっかを睨みつける。


「ほらほら、雑種はさっさと立ち去りなさい!」


 面と向かって雑種と言われた六花りっかは泣き顔だ。


「ええ!? ワンコ、アタシと一緒にいると迷惑?」

「ううん、そんなことないよ!」


 絶対そんなことない。たまに距離が近すぎて、ちょっとウザく感じるときもあるけれど、迷惑だなんてとんでもない!!

 わたしは逆村さかむらさんに言い返す。


「わたしが、誰となかよくしたって関係ないでしょ!!」

「ま、幼稚舎組のわたくしに向かって、なんたる暴言! これだから初等部組は……」


 逆村さかむらさんは、5分遅れでバス停についたバスに乗ると、カンカンになりながら優先席に座る。


 わたしと六花りっかは、できるだけ逆村さかむらさんと距離をおいて、つり革につかまった。


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