呪血恋譚 〜人を呪う鬼と、鬼に恋した人の物語

@Harusukiyu

プロローグ

母と喧嘩したその日、私は夕暮れ時の神社で運命の出会いをした。いや、運命とは少し違うかもしれない。それはどちらかと言えば必然のことだったと今なら思う。過去を昔を嫌う私達の家の世界へと訪れたきっかけだった。

 遠い記憶の先に大切で1番古い記憶がある。父でも母でもない、誰かの無骨な手が私の頭を不器用に撫でる。ただそれだけの記憶。たったそれだけの思い出なのに私は忘れたくなくて、忘れまいと心の宝箱に大切にしまいこんだ。

 その記憶の時から一体何年?十数年年?分からないが記憶が定かではないので知る由もない。母なら知っていると思って聞いたこともあるがその話をすると決まって母は悲しそうな顔をして話題を逸らしてくる。父にも聞いたことがあるが父も同じではぐらかす。2つ歳の離れた妹は生まれていなかったのか知らないと言うし、両親の様子を見て気にしないようにしていた。今年生まれた弟に関しては論外だ。その話を気にするのは私だけだから。母と父の悲しい顔を見たくなくていつの間にかその話をしなくなった。

 でも私は知る由もなかった。母と父の顔に隠れた先にある真実を。簡単に考えていた私には思い浮かぶはずのないある男性と女性の話があることを。

 普通の人と違うと、私がそれを痛感したそんなある日、ある出会いをした。

 その出会いは大切で私にとって、私達家族にとっても重要になる出会いだった。私にとっては過去を知るためのきっかけだった。父と母にとっては過去を乗り越え、向き合うためのきっかけになった。

 ただ言えるのはその出会いがなければ何も知らないで人生は終わっていたかもしれない。求めた真実から目を背けていたと思う。

 それだけその出会いは私達家族に与えた影響は強かったのだ。

 真実を知った今私はただ涙を流し、過去にあった出来事に思い馳せる。

 辛い時、あの時の出会いを思い出せばまた1歩前に踏み出そうと勇気を貰える。だから少しだけ思い出にひたろう。

 あの日あの時あの人に出逢い、真実を知るきっかけになった出会いを。



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 その日、私は母と喧嘩した。理由は私の特殊な力のこと。家族以外知らない特別なものをつい人前で使ったことを母に咎められたことで始まった喧嘩だった。

 父と母との約束で私はそれを人前で使わないと約束していた。

 けど私は友人を助けるために力を使ってしまった。それを母に咎められたのだ。分かっているんだそんなこと。でも私は使わずにはいられなかったんだ。

 いつもの私なら率直に謝っていたかもしれない。でも私は友人に…友達だった人が私を恐れたかのような瞳で見ていたことに傷つてしまった。結局は母の言う通り私自身を受け入れてくれる人は少ないのだと理解するのには十分な出来事でもあった。

 私は、傷ついた心に加え、反抗期のこともあって母に言い訳をする訳でもなく強く酷い言葉で貶してしまった。

 小さな火種が些細なことで大火事になってしまった。別に母は怒っていた訳でもない。ただ私を心配して注意しただけ。なのに私はあんな酷い言葉で貶してしまった。

 誰もが通る道、世間的に言えば反抗期な私が母の言葉に過剰に反応してイラついてきつく言い返した。と言えるけどそんな単純ではなかった。

 私に対して最初は温厚だった母もついに切れて怒ってしまった。

 その時に率直に謝ればいいのに私はそれに対して食い下がって罵倒した。スっと自分の理性の関所を素通りして出た言葉に自分の言葉ながら驚いた。

 それのせいで口喧嘩が始まった。いつもは優しい母もその時だけは食い下がらなかった。普段なら私の言葉を聞いてその後になだめながら優しく話してくれる母も今回は我慢ならなかったらしい。

 私も引き下がる訳には行かないという強迫観念にも似た自尊心が謝罪という道に壁を作り、を塞いでしまっていた。

 気づけばお互い引くに引けなくなっていた。

 喧嘩を始めて数分、結局どちらも意見を下げることなく、帰ってきた父の介入で一時的に喧嘩は終戦したものの私は我慢できずに黙ったまま玄関へと向かって外に飛び出した。後ろから母の声が聞こえたが気にする事はなかった。

 簡単に履きやすい、サンダルに足を突っ込んで家を出ると、家からできるだけ離れたくてずっと走った。止まらずに走った。

 どこまで走ったかは分からなかった。ただ体力が切れるまで走った。特に何かしていたという過去がある訳でもないのに私は陸上選手なのかと言う速速度で走り続けていた。もしかしたら私の特別な力が関係していたのかもしれない。幼い頃から人離れしていたがここまでできるとは知らなかった。

 結構な距離を走ったと思う。段々と少なくなる建物を目で感じながらも止まるという選択肢を取ることはなかった。

 気づけば周りは周りは森で知らないところだった。正直何も考えないで走ってたから自分の居場所なんて分からない。初めての場所で迷子になるなんて子供みたいだ。いや、喧嘩して自分から来たのだからもっとタチが悪いかもしれない。

 来た道を戻ればどうにかなったかもしれなかったが簡単に帰るのも癪だと思ってそのまま進んだ。

 そんな風に歩いていると突然風が吹いた。木の葉が舞って私の視界を奪う。1分それが続いたと思う。少し長かったがすぐに風は止んだ。

 私の視界が自由になった時、目の前に石階段が現れた。見た先に鳥居があるので神社だとひと目でわかる。私は見逃してたのかなと疑問に思うことは無かった。その時の私はただ気まぐれに目の前に現れた石階段を登った

 でももしかしたら呼ばれていたのかもしれない。タイミングよく目の前に現れた神社、誘うように吹く優しい風、残り少ない時間の中で神社に光を注ぐ太陽、全てがその神社に意識が行くようにするためだけに置かれたように感じた。

 神社を登った先には平凡な、どこにでもあるような神社があった。広くもなく狭くもない、普通ぐらいの敷地の神社。

 せっかく神社に来て何もしないのは神様に失礼かなと思って参拝をしようと準備する。まず心身を清めるための手水舎で清めたあとポケットに入っていた小銭を持って賽銭箱に向かう。

 賽銭箱の前に行って、簡単に会釈をして小銭を入れた。二礼二拍手をしてお願いごとをする。願いは恥ずかしいがお母さんとなかなおり…………と願った。

 お願いが終わると一礼をして離れる。正しいやり方かは分からないが、出来るだけ失礼がないようにと何故か思ってしまった。だからしっかりと自分の分かる限りで緊張しながら参拝を行った。

 参拝が終わると急に疲れを感じて近くの段差に座り込んだ。


「はぁ、ちょっと言いすぎたかな?でもお母さんだってわかってくれないし…」


 ため息を吐いて思い出したかのように先程のことを口に出して思いを吐き出す。時間が経ったことで頭が冷えて落ち着きを取り戻し、冷静に考えることが出来るようになった。けれどやはり自分が悪いと認めたくないのか私の心は往生際が悪く母も悪いと考えてしまう。正直自分が悪いと認められないのがまた、みっともなくて私の心を曇らせる。

 そんなことを考えていると神社の砂利を踏む音が聞こえて頭をあげる。音がした方には男の人がいて私の方に近づいてきていた。


「お嬢さん。隣いいかい?」


 柔らかく物腰低い優しい男性の声が聞こえた。見た目は背は高く少し太め、脂肪というかあれは筋肉なのが分かる。決して太っている訳では無い。

 黒を基調として整えられた服は感じが神主さんが来ているような服に見えなくもない。けれど黒なんて聞いたことないし違うと思った。

 突然話しかけられた事で固まりながら言われたことを考える。それでもだんまりと行くのは感じが悪く、頭で整理できないうちに了承の意を伝えた。


「どうぞ…… 」


 私が愛想無しに返事を返すと男性は微笑みながら隣に座った。わざわざ段差に座っている私の隣に座る理由はなんだろうか。普段なら怖いと思うし、人の表情によってはキモっとか思ってたはずなのに、その男性の慈愛ある笑みを見たら何故かそんな感情は湧かなかった。


「そんな顔して何かあったのか?」


「なに?」


 突然話しかけられてしまい思わず自分でも驚くぐらいの感情のない声を出してしまった。

 失礼だったかなと思いながら顔を背けた。


「あはは、嫌われたかな?」


「……何なんですか?いきなり」


 普通に話しかけてくるこの人のことが分からなくてぶっきらぼうに言う。それでも男性は愛想のない私に苦笑いしながら話しかけてくる。


「…いきなり悪いね。その、なんて言うか心配だったからな。…まあ、なんだ。若者がこんな黄昏時に神社なんかに来て暗い表情してたら気にもなるさ。」


「そうなんですか?でも貴方も若いんじゃ」


「私はもう若くはないさ。見た目よりも歳を食ったおっさんだよ」


「そうなんですか?じゃあお歳は?」


「秘密だよ」


「ふふ、なんですかそれは」


 男性との会話で私の心の氷は溶かされていく。何気ない会話が思い悩む私には有難く感じてしまう。

 どうしてなんだろうか。この人からは下心を感じない。普通に私のことを気にかけてくれているのだと私の感が言っている。

 私の顔とは全然別の方を向いて話しながら気恥しそうに頬をかいていた。

 そんな彼に何故か申し訳なくなって頭を下げた。


「ごめんなさい。私…母と喧嘩してイライラしててキツく言いすぎたと…思います……」


「はは、気にしないでくれ。君もこんなおっさんにいきなり話しかけられたら混乱するだろうし警戒もするだろうからな。仕方がないさ。…まあ、話したくなかったらいいが、悩んでることあるなら聞くよ?」


 男性の言葉に少しだけ悩むが私は肯定的に返事をした。


「…そうですね。なら少しだけ聞いていただけますか?」


「はは。そんなにかしこまらなくていい。気軽に憂さ晴らしする気持ちで話すといいよ」


 全く知らない人だから話せることもあるかと普通ならありえない考えになって、不器用ながらに気にかけてくれている彼の小さな優しさに誘惑されたのもあり、彼に私は話してもいいかなと思って先程までの出来事を話し出した。私が一方的に母を責めてそれを怒った母にプライドが邪魔して謝るのではなくてそのまま喧嘩して家を出たこと、率直な気持ちになれなくて悩んでいるのとを話した。その間彼は真剣に私の話を聞いてくれて、思ったこと全てすらすらと言葉にできた。

 私は何をしているのだろうか。本当に初めて…のはずの彼に、名前も知らない人に自分の恥ずかしいような話を話すなんて。本当に何やってるんだろうか、私は。

 そう思いながら話終えると彼は微笑んだ。


「ふふ、なんとも子供らしい悩みだね」


 柔らかく、慈愛ある優しい笑みを浮かべて言う彼に少しムッと来た。けれどその笑みが馬鹿にしているのではないと分かりグッと踏みとどまる。

 あぁ、お母さんにもこんな風に出来たらいいのにな。


「…子供、そうですね。人の話も聞かないで自分だけ言いたい放題。本当はもっと言いたいことがあるのに2人が言うこと全てにイライラして、本当に子供みたいですね。こんなの反抗期を言い訳にしたクソガキですよ」


「そこまで自分を卑下しなくても。まあでも、そこまで考えてるなら偉いものさ。馬鹿にしているわけじゃないよ。ただなんだろうね。君の言うような親を蔑ろにしている子供ならそこまで悩んだりしない。そこまで考えられている君はすごく優しい子だよ」


 彼に優しく言われて、逆に私は自分の行動がいたたまれなくなって、気持ちの決壊が起こって、思わず叫ぶように言う。


「そんなことない!私は…お母さんがずっと我慢してるのをいいことにずっと酷いことばっかり言ってたんです。それに慣れていざお母さんが怒ると癇癪を起こすように意味もない怒りをぶつけて。本当に嫌な子供ですよね。私本当は知ってるんです。私が本当は…」


 最後の言葉を踏みとどまり代わりに私は違う一言を口にした。


「こんな子供お母さんもいら…」


「それ以上は言ってはいけない。それは君のお母さんに、君自身にも失礼な事だよ」


 そこで私は言うことを辞めた。やめさせられた。何か言い知れぬ圧を感じたから。

 ああ、なんでこの人には率直になれるんだろう。実の親にはここまで正直に話せないのに。血の繋がりどころか知り合いですらない人なのに。本当に不思議な人だ。

 彼は私を慈愛溢れる目で私を見つめた。そんな彼は心の中の嫌な思いを払拭するかのように私に問いかけた。


「家族にの中で血の繋がりって本当に1番大切なのかな」


「えっ?」


 さっきよりも深く、落ち着いた声、不器用な感じがした最初とは違う。ずっと心強い声だ。

 そんな雰囲気の変わった否定に驚いてしまった。


「血の繋がりは確かに強いものだ。切っても切れぬ縁はそこに存在する。でも、君が君の家族と過ごした時間は本物のはずだよ。家族の繋がりは決して血だけで決まるものじゃない。それを私は知っているよ。君だって本当はその絆を知っているはずだ。悲しいことに埋もれているのかもしれないけどね」


 慈愛ある眼差しが別の方向を向いて話される。ここにいない誰かを見ているように。


「それとね。反抗期なんて子供が自分の意思を出すための準備なんだ。いっぱい喧嘩して親と意見ぶつければいいさ。そうやって自分の気持ちを声にするのは大切なことさ。それを無下にするのではなくて君のご両親はきっとそれを受け止めてくれるはずさ。でも一方通行な会話はダメだ。君自身もしっかり親の話すことを聞かないとね。そうだろう?」


 優しくゆっくり、目線を合わして話してくれる彼に私はその話に聞き入った。

 思い出せば母はいつも優しく私の言葉にしっかりと返してくれていた。でも私はそんな言葉もほとんど覚えていない。母が優しく教えてくれたことを忘れていた。

 

 「大人と子供の意見が合わないのは仕方がない。見ているもの、感じているものが違うんだからね。親も子供の気持ちが分からなければ、子供もまた親の気持ちが分からないこともある。けどそれでも親子ってなんだかんだ言ってお互いのことを大事に思ってるんだよ。だからもっと自分の気持ちを出せばいいさ。そうやって自分の気持ちをぶつけてコミュニケーションをとるんだよ。親の話にイライラする?それが反抗期ってものだよ。自分なりの考えを築いて、それを本格的に形成していく時期だ。いいじゃないか。反抗する親がいるのは。しっかり見てくれる親で。酷い親なら見て見ぬふりの人もいる。大丈夫、君はご両親に大切にされているよ。君は決してお母さんにとって嫌な子供じゃない」


 そう言われて私は何故か泣いていた。なんでか分からないけど泣いてしまった。どこか胸のしこりが取れたかのように。

 でもこれだけは決めた。帰ったらお母さんに謝ろうと。もっとお母さんたちの話を聞こうって。そう心に決めた。


「さて、そろそろ帰りなさい。もう既にここは黄昏時。人の時間も終わりに近い」


 そう言って彼の目線に連れられて私も空を見上げる。

 目線の先にあったのはほとんど消えかけた太陽だ。もうほとんど光は消えていて完全に夜になるまでそうかからないと分かる。


「今日はありがとうございました。少し話しただけですごく楽になりました」


「そんなものだよ。意見をぶつけたらいいとは言ったけど実の親に言えないことも多いだろうし、知り合いに話を聞いてもらえば楽になるだろうね」


「はい。私もそう思います。……また、話を聞いてくれますか?」


「どうだろう。それはまた時の運。こうして会えたのもまた奇跡と言えるものだ。もう会えないかもしれない。だけど、また会えることがあればその時は話を聞こう」


「はい。またお話を聞いてください。えっと」


「おっと名乗ってなかったか。私はしお…智汐だ。よろしく。さあ、早く帰りなさい」


「はい!智汐さんまた!」


 智汐さんが何か言い直したが気にしないことにした。苗字聞かれたくなかったのかな?

 そのまま、私は神社を後にしようとしたときふと思った。

 そういえば私、名前名乗ってなかった。急かされたとはいえ、さすがに失礼かな。

 そう思って私は振り返り名前を告げようとして振り向いた時、突如強い風が吹いた。強い風は私の目を開けられない程で、視界を一時的に奪う。智汐さんの声が耳に届いた。


「美咲さんによろしく。達者でね月音」


 少しだけ悲しそうで、どこか優しそうな声だった。

 風が止んだあと、目を開ければそこには誰も居なかった。奇妙に思いながら、私はそこでひとつ疑問に思った。


「私、名前教えてないのになんで?」


 けど単純だった私はそれを機にすることは無かった。

 季節は夏。真夏と言っていいような気温の中で私は急激に落ちる体温に寒気を感じながら急いで帰路につき始めた。 でもそれとは逆に私の足は軽かった。

 足はもう重くない。だって既に私はお母さんと仲直りするって決めていたから。自身のちっぽけなプライドを捨ててしっかりと親と会話しようと思う。プライドに邪魔された言葉じゃなくてしっかりとした自分自身の言葉を使って。

 私が歩く、真夏の夜の道に人はおらず。蝉の声だけが響いていた。




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 これが私の運命の出会い。私の大切な記憶だ。

 でもこの出会い自体がきっかけとはいえ、それが花開くのはもう少し先の話ではある。


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