見えざる神々との邂逅

こばなし

第1話 一郎くん

 これは私の友人(以下、A)に聞いた話。

 Aの通っていた小学校でのこと。

 彼のクラスでは昼休み、たまに全員でレクリエーションをすることがあったらしい。


 その日は「かくれんぼ」をしていた。


「もういいかい」


「もういいよ」


 鬼になったAは掛け声を合図に、クラスメイト達を探して走り回った。


 そして、順調にクラスメイトを見つけては捕まえていった。


 ふと、どこに隠れているだろうかと考えていた彼の脳裏に『小屋』がよぎる。

 校庭の隅の方、それも陰になる場所にある目立たないその小屋。


 そこに隠れようとする人もいるかもしれない。


 そんな発想に至った彼は小屋の扉の前に立った。


「誰かいる?」


 本来その必要はないが、扉に向かって律義に声をかける。

 扉に耳を当て待つも返答はなく、他の場所を探そうとしたその時だった。


「一郎くんだよー」


 小屋の中から少年の声で、そんな返事が返ってきた。


 一郎という名前のクラスメイトは、いない。

 きっと誰かがふざけて、声色を変えてしゃべったのだろう。


 彼はそう考えて、小屋の扉のドアノブを回し、開いた。





 そこには、誰もいなかった。





 小屋は以前、物置として使われていたが、今や何一つ置かれていない空っぽの空間。

 子ども一人が隠れられる場所は見当たらない。


 謎の現象に怖気立つものを感じた彼は、あわてて扉をしめて小屋を去った。


 その後、ろくに楽しめるはずもなくかくれんぼは終了。

 小屋での一件を誰かに話すこともなく一日を終えた。






 翌日、「一郎くん」の件を一人で抱えきれなかったAは、クラスメイトの男子(以下、B)に小屋での一件について語った。


 すると怖いもの知らずなBから、「行ってみたい」と同行を迫られた。

 Aはさほど気乗りしなかったものの、Bの勢いに押し切られ再び小屋へと向かうことに。


 昼休みに小屋へと向かった二人。

 Bが小屋の扉を乱暴にノックすると、反応がないまま一定時間が経過した。


「なんだ、何も起こらないじゃないか」


 とBが笑う。

 対してAは昨日の声が空耳だったのではないかと己を疑いはじめた。


 その時だった。


「一郎くんだよー」


 AとBは一斉に扉を振り向いた。


 昨日と同じく、小屋の中から少年の声で返事がしたのだ。


 Aは「ほら!」とBに目をやると、Bは驚きを隠すことなく「ほんとうだ」と声を上げた。


「いたずらには、いたずらで仕返しをしよう」


 やんちゃだったBはそう言って、扉に向かって次のように言った。


「お前が一郎くんだって?」


 Bが問うと、小屋の中から「一郎くんだよー」と再び返ってくる。


 それを聞いたBは意地悪な笑顔を浮かべると、芝居がかった声と表情で言った。


「ちがうよ、一郎くんは、僕だよ」


 Bがそう言った途端、小屋の中から「ええっ」と声がした。


「うそでしょ。だって、僕が一郎くんだもん」


 否定するその声は震えていた。まるで何かにひどくおびえるようにして。


「ちがうちがう。君は一郎くんなんかじゃない。ほんとうの一郎くんは、僕さ」


 それでもBは面白がるようにして語った(もちろん、Bの名前は一郎くんではない)。

 すると小屋の「一郎くん」に異変が生じる。


「うわあああああああん!! 僕が一郎くんなのに、なんでなんでなんでなんでなんでなんでええええええええええ!!!」


 少年の声だったのが、徐々に大人の男性のような低い声となり、喚きだしたのだ。

 Aは言わずもがな、これにはBですら驚きを通り越し、恐怖した。


 しばらく泣き喚く声をそのままに二人が立ちすくんでいると、次第に泣き声は遠のいていく。

 小屋は狭い空間であるにもかかわらず、その声は、声の主ごとどこか遠くへ消えていくかのように小さくなっていった。


 中の様子が気になったAとBは、小屋の中を確認する。

 扉を開くと、昨日と同じくもぬけの殻であった。







 その一件があってからというもの、AやBが何度小屋の扉を叩いても返事が返ってくることは無かった。

 さらにしばらくして、小学校側の意向によって小屋は取り壊されることが決定した。


 Aは小屋が取り壊されたその日、そのことを帰り道にある駄菓子屋の店主に語って聞かせた。


 店主の老婆はAから小屋のことを聞くと、昔を懐かしむようにして目を細めた。


「昔、私が通っていた頃なんだけどね。かくれんぼの時に決まってあの小屋に隠れる友だちがいてね――」


 そのクラスメイトの名は二郎という名前だったらしい。


 なんでも一郎という兄がいて、弟である二郎はことあるごとに一郎と比べられていたという。


 声だけは兄に似ていた二郎は、小屋に隠れて「一郎くんだよ」と兄のふりをすることがよくあったのだとか。


「いっつもお兄ちゃんばかりひいきされていてねえ。かわいそうな子だった」


 その後ほどなくして、病弱だった二郎は中学進学を前に病死。

 その際、彼がよく隠れていた小屋にはたくさんの献花が置かれたという。




 あの時もしも『二郎くんのままでいいんだよ』と言ってあげられていたら。


 駄菓子屋の老婆から話を聞いたAはそのように考えたが、小屋は取り壊された上に、「二郎くん」に遭遇する機会はもう二度と訪れなかった。


 救われることのなかった「二郎くん」の情念は、劣等感に苛まれながら、今もどこかをさまよっているのかもしれない。

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