後宮の斑姫~次代巫女継承譚~
千田伊織
第1話 禾乃ち登る ─孤児─
禾乃登(こくもつすなわちみのる)
──稲が
ざくざくと、
この辺りはアオにとって、とてもちょうどいい場所だった。
胸の上で乱雑に切られた黒い髪を耳に掛けると、アオは木の根元にしゃがみ込む。そして今日も一つ、一つと山菜を
頭上では今日も鳥が甲高く鳴いている。
アオは数時間歩き回りながら集めた食材の量を確認するように、かごを背負い直した。
ムラ同士の大規模な抗争に親を亡くしてもう十年がやって来る。つまりその十年間、この暮らしを続けているということだ。
アオは木の
じめじめとした
アオは日の傾きを見ると、洞窟から少し下に見える集落に目をやった。
「おじさん、こんにちは」
雨で少し
思わずアオは自分のことだと、かごの
しばらくして開いた扉から中年の男性が顔を出した。
「ああ、アオちゃん。今日も持ってきてくれたのかい」
「山菜を。近隣の方にでも配ってください」
助かるよ、と男性は言うと、アオから受け取ったかごの中身を
アオは握り締めるものを失って、擦り切れてぼろぼろになっている前合わせの服の
家の中からは呆れ半分の女性の声が聞こえて来ていた。内容は分からないが、アオはできるだけ意識を
「まあ、今年の奉納祭の
やけにはっきりと聞こえたそれは、聞き間違いだと思えなかった。声の主はアオを酷く嫌う男性の妻のものだ。この家を訪れるたびに悪口が聞こえていたので、彼女がアオをどう思っているかは自明。
「扉を開けているんだ、聞こえたらどうする。可哀想だろう!」
男性は気まずそうな声色を混ぜて、ついに女性へ言い返したようだった。
すぐに男性は様々なものを詰めたかごを持って、玄関へ戻ってきた。
「……ええと、今年の奉納祭はうちのムラでやるんですか?」
アオは聞かずにいられなかった。
男性に複雑な表情をさせてしまうのは分かり切っていたが、聞かないわけにはいかない。
男性はアオの質問に、酷く眉を下げて顔を
「……すまない。私の手ではどうにも」
「いや! ちがう、ちがうんです」
男性にこんな顔をさせたかったわけじゃなかった。
むしろ良かったのだ。こんなにいい人の
忌み児と
アオは顔を歪める男性の腕に触れようとした。
「泣かないでください──」
「さわらないで、この毒娘!」
アオは家の中から聞こえてきた声に驚いて、その手を引っ込めた。声の方を見ると、いつか見た男性の妻が
「……ごめん、なさい」
どうしようもなくなって、そこに置かれたかごを受け取り小さく感謝を残すと、アオはその場を去った。
村の道を歩く。顔を
──ちょうどよかったわね
──
──
なりたくてなったわけじゃない。
孤児も、忌み児も。
両親はムラ同士の抗争で
アオは下唇を強く噛んだ。
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