ごめんあそばせ婚約者様、ジャンルを変えて婚約破棄させていただきます!
平瀬ほづみ
第1話 前世の記憶が戻りました
私、エルシーア・ラインには前世の記憶がある。
七歳の頃、突然高熱を出して倒れたことがあった。三日三晩うなされ続け、四日目に目覚めた時、私には「日本」という国で「会社員」をしていた二十九歳女性の記憶が蘇っていたのだ。
毎日会社に行き、自分の仕事に同僚のフォローに休みなく働き、オフィスで倒れて帰らぬ人となった。
彼女の楽しみは通勤時間にスマホで読む電子書籍。特に異世界が舞台のラブストーリーを好んでいた。コミックではなく小説が多かったのは、満員電車でも人目が気にならないから(つまり背後が気になるような作品を好んでいた)。
恋愛にも結婚にも憧れがあるけれど、仕事に忙殺されて出会いもない。
大切な人に愛し愛されたいという願望を満たしてくれるのが、恋愛小説だったのだ。
そしてどうやら私は、亡くなる直前まで読んでいた作品の中に転生したようです(当然背後が気になる系)。
そのことに気が付いたのは高熱にうなされてからしばらくたって、両親とともに、王妃様主催の茶会に呼ばれた時。
それはこの国の王太子であるアルバート殿下がお友達を作るために催された茶会だったので、公爵令嬢である私を筆頭に、同世代の令息令嬢がたくさん招かれていた。
私はそこで、王太子であるアルバート殿下、侯爵子息のクラヴィス、伯爵令嬢のアマリエと出会い、ここが物語の中であることに気が付いた。なぜなら、この物語は途中までしか読んでおらず、私はそのことがずっと気になっていたからだ。そして上述の三人は、挿絵付きで物語に登場していたので、目にした途端にすぐわかった。
金髪碧眼で優しい顔立ちのアルバート殿下。ふわふわのピンクブロンドにエメラルドグリーンの瞳を持つ、丸顔で年齢より幼く見えてしまうアマリエ。濃紺色の髪と目の、理知的な顔立ちのクラヴィス。
そして癖のある長い赤髪に真っ青な瞳、きりっとした眉につりあがった目。いかにも悪役、といった顔立ちの私。
描かれていたイラストにそっくりだわ。
なお、私たち四人は全員同い年。
ちなみにこんな私ですが、前世で最期に思っていたのは「仕事終わっていないどうしよう」だったので、エルシーアより前世の私のほうがだいぶ真面目。
で、この物語。主人公は私ではなく、アマリエ。
このあとアマリエは没落し、平民になってしまうのだ。そしてのちにアマリエはアルバート殿下と再会し、恋に落ちる。けれどアルバート殿下はエルシーアと婚約中。エルシーアはアマリエとアルバート殿下の仲に気付いてアマリエをいじめ抜く。クラヴィスはアルバート殿下の友人として、アルバート殿下とアマリエの恋路を応援し、いじめの主犯格である私を追い詰める役どころだった。
物語は途中までしか読んでいないけれど、こういう話での悪役はあまりいい扱いをされない。
エルシーアに明るい未来はなさそうだ。
そして前世の私はなぜかエルシーアに感情移入していた。エルシーアに限らず、前世の私は悪役ポジションのキャラに感情移入することが多かった。
何もしなくても無条件に愛されるヒロインと、何をしても好きな人に振り向いてもらえないどころか邪険にされる悪役令嬢が、弟妹をかわいがり、母親に「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われてきた自分と重なるから。
悪役令嬢は高慢で嫌な性格として描かれることが多いけれど、そうなってしまったのは誰のせいなんだろう。彼女は生まれつき悪人なんだろうか。ただヒロインをいじめるためだけに作られた存在なのだろうか。だとしたら悪役令嬢があまりにも救われない……物語を読み終わるたびに、前世の私はそんなことを考えていたのよね。
それはさておき、そういうことならエルシーアは悪役として成敗される運命にある。
冗談ではない。
私は幸せになるために生まれてきたのよ、アルバート殿下とアマリエの恋の障害になったあげく、ひどい目に遇うために生まれてきたわけではないわ。
ならどうするか、というと。
ヒーローとヒロインに近付かない。これしかない。
物語スタート時点で私はアルバート殿下の婚約者だったから、婚約しなければいいのよ!
と思っていた私が甘かった。
宰相である父のごり押しで、私はアルバート殿下の婚約者に決定してしまった。
エルシーア・ライン、十五歳。
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