第11話 血税王女は女騎士(♂︎)と踊る

 お昼頃。


 わたしとガウニィは、離宮のホール跡地にいた。


 かつては舞踏会なども開かれ、華やかだったことだろう。


 ここが廃城となった今は、ガランとしていて味気ない場所だ。


 あとからリルもやってきた。




「申し訳ありません、オリビア王女殿下。寝過ごしてしまいました」


「まだお昼ですよ? 朝ようやくベッドに入ったのに、寝過ごしたとは言えません。もう少し、寝ててもいいのに……」


「私は護衛騎士プリンセスガードなのですから、そのようなわけにはいきません」


 リルは本当に、職務熱心だ。


 その熱意は、一体どこから湧いてくるのか?




「殿下とガウニィ様は、このような場所で何をなさっていたのですか?」


「ダンスのおけいですよ。王侯貴族のたしなみです」


 リルは何と答えて良いか、わからないような表情をしていた。




「リル、貴女あなたの言いたいことはわかりますよ。幽閉されている王女がダンスやマナー、教養を磨いても、無駄だと思うのでしょう?」


「いえ。そのようなことは……」


「そうですね……。確かに無駄な努力に終わるかもしれません。しかし、いつか必要になる時がくるかもしれません。わたしは【緑の魔女】ですが、この身には紛れもなく、ヴァルハラント王家の血が流れています」


「殿下……」


「利用価値は、ゼロではないはず。【緑の魔女】の伝承を知らない遠い国の王侯貴族相手なら、まだ政略結婚の駒として役に立てるかもしれない」


「オリビア王女殿下……。なぜそこまでオーディン陛下……いえ、ヴァルハラント王家に尽くすのですか? 貴女を政略結婚の駒としてしか見なかった上に、おや共々しいたげ、離宮という名の廃城に追いやった連中が憎くはないのですか?」


「わたしが王女として生まれ、育てられたからです。今でこそ幽閉の身ですが、それ以前は王女らしく育てられました。国の役に立つ存在となるべく、多くのお金を注ぎ込まれて」


 リルは悲痛な目で、わたしを見つめる。


 優しい人。




「わたしは国民の血税によって育てられた。だからその分は、役に立ちたいと思っているだけです。陛下や王家ではなく、ヴァルハラント王国民の役に立ちたい」


「それでは、殿下個人の幸せはどうなります。いくら王族と言えども、そこまで自分を殺さなくとも……」


「わたしがやりたくて、やっていることです。もしこの国の役に立てなかったら、わたしが幼い頃より積み重ねてきた努力は何だったのか」


「オリビア王女殿下は、骨の髄まで――魂のひとかけまで余すことなく王族なのですね。貴女の騎士となれたことを、私は誇らしく思います」


 ふわりと微笑むリルを見て、わたしも自然と唇が緩む。




「いいことを思いつきました。リル、貴女がダンスの練習相手になってくれないかしら?」


 わたしの提案に、ガウニィはポンと手を叩いて賛同した。


「それは良いアイディアです。ワタクシは女性として、平均的な身長しかありません。王侯貴族男性には、長身のかたが多い。リル様ぐらい高身長の相手と、練習したほうがよろしいでしょう」


「ちょっとガウニィ。わたしは貴女の服を着ると、ブカブカなんだけど? 暗にあるじの身長が低いことを、イジってない?」


「姫様の被害妄想です」


「ひっど~い。いいもん、リルと踊るから。ガウニィ先生は踊ってる途中でも、ダメ出しが厳しいし」




 わたしがプクーっとほおを膨らませると、リルはうつむいてプルプルとけいれんを始めてしまった。


 大丈夫だろうか?

 顔が真っ赤だ。

 持病の発作か?




「どうです? リル様。姫様は、とんでもない破壊力でしょう?」


「恐ろしい。ご本人が、無自覚なところがまた」


 ガウニィもリルも、一体何のことを言っているのだろうか?




「はいはい。時間が惜しいので、ダンスの練習を再開しますよ。リル、あなたダンスの経験は? さすがに男性パートを練習したことは、ないですよね?」


 平民でも、趣味でダンスをたしなむ者はいる。


 リルは育ちが良さそうなので、ひょっとしたらと思ったのだが。




「実は、男性パートの経験が少しあります。というより、男性パートしか踊れません。私はこの身長なので、女性の練習相手を務めることが多かったのです。近所に住む、商家のご令嬢とか」


 そう言ってリルは、スッとわたしの手を取った。


 ガウニィの手拍子に合わせて、優雅なステップ。


 見えない力に引き寄せられるかのように、足が勝手に動く。


 あら?

 リルって物凄く上手なのでは?




「オリビア王女殿下、とてもお上手ですね。私は夢心地です」


 先に言われてしまった。


 リルのような美人から褒められると、やっぱりちょっとドキリとしてしまう。




「必死で練習しましたもの」


「先程もおっしゃっていたように、王国民のためにですね」


「それだけじゃないの。ヴァルハラントの王族教育には、酷い風習があって……」


 この国の王女・王子には、厳しい教育が課せられる。

 国の行く末を担う王族なのだから、当然といえば当然だ。


 与えられる課題は膨大で、成果の要求は極めて高い。


 こなせなかった王子・王女には、教師から罰が与えられる。


 鞭打ちだ。


 ただ、直接王族に手を上げることは厳禁されている。


 そこでどのように王子・王女を罰するかというと、本人の代わりに目の前で鞭を受ける係の者がいるのだ。


 特に仲の良い友人が、係に選出される。


 わたしの場合は友人がいなかったので、侍女のガウニィがその役を――


 この罰は、とてもこたえた。

 自分が鞭打たれるより、何倍も苦しかった。

 悔しかった。


 ガウニィはいつも、「こんなの痛くもかゆくもない」といった表情で鞭を受けていた。


 痛くないはずがないのに――


 その気遣いがまた申し訳なくて、彼女が鞭打たれるたびに、わたしはポロポロと涙をこぼした。


 二度とミスをするものかと、心に誓った。


 ちなみに兄である王太子や妹のエリザベートは、友人が鞭打たれても気にしないらしい。


 むしろ、ゲラゲラ笑いながら見ているという。




「歪んだ風習ですね」


 踊りながら話を聞いていたリルは、わずかにまゆひそめた。


「わたしもそう思います。結果、わたしは必死になったのだから、効果的ではあったのかもしれませんけど」


「他人の苦しみを、自分のことのように感じてしまう。貴女あなたはとても、優しいだ」






 至近距離からわたしを見つめてくる、アイスブルーの瞳。


 涼しい色なのに、燃えるような熱を感じるのは気のせいだろうか?




 リルと踊るダンスのレッスンは、とても楽しいひと時だった。







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