第21話 雪美の願い
「岡本ー、試験どうだったー?」
「あー、まあいつも通りかな」
「じゃあ学年一位か! さっすが~」
「うるせえよ」
期末試験が終わって少し経ち、各科目の試験結果が返却される時期となった。俺はクラスメイトの絡みを適当にいなしながら、さっきの授業で返された答案用紙を見返していた。ふむ、ここはあとで復習しておくか。こっちは……こんな感じか、なるほどね。
「岡本、お前教室にいていいのか?」
「え?」
「いつも昼休みは外に出て行ってるじゃないか」
「やばっ、そうだった! じゃあな!」
俺は他の奴に言われ、慌てて机を立った。そうだ、もう昼休みじゃないか。さっさと中庭に行かないとな。俺はあらかじめ買っておいたパンとサラダを持ち、廊下を早歩きで進んでいったのだった。
「待ったか?」
「いえ、それほど」
「そうか」
中庭に着くと、雪美が先にベンチに座って待っていた。俺は小走りで雪美のもとに向かい、腰を下ろす。最近は日差しがきつくなり、中庭で昼飯を食べていると汗が滲むようになってきた。
「食べようか」
「はい、いただきます」
「いただきます」
俺たちはいつも通りに食事を始める。横を見てみると、雪美の表情がいつもより硬い。いや、もともとクールな人間ではあるけど、今日はいつもより硬めだな。
「雪美、何かあったのか?」
「いえ、その……何でもありません」
「ならいいけど」
「……」
何でもないとは言っているけど、やっぱり様子が変だな。こういうときの雪美は大抵言いたいことがあるのだ。流石に俺でも最近は分かるようになってきた。
「言いたいことがあるなら、隠さずに言ってくれよ」
「……真司さんにすら伝わるなら、仕方ありませんね」
「どういうことだオイ」
「その、試験前にお願いしていたことなのですが……」
その言葉を聞いてピンときた。そうだ、「学年一位になったら……」とかなんとか言っていたな。
「もしかして、一位だったのか……?」
「これ、見てくださいっ……!」
雪美はそっと一枚の紙を取り出した。見てみると、そこに書いてあったのは期末試験の成績。中等部はもう集計まで終わったみたいだな、どれどれ……。
白神雪美 順位 1
「やったな雪美!!」
「はい、やりました……!」
そこには、雪美が学年一位を取ったことがはっきりと示されていた。詳しく見てみると、数学と理科の成績がすこぶる良い。教えた甲斐があったというものだ。
「良かったなあ、俺も嬉しいよ」
「ありがとうございました……!」
「それで、お願いってのは?」
「はい、少々お待ちを……」
雪美は手提げ袋の中をゴソゴソと漁っていた。結局なんなんだろう、お願いって。やっぱりゲーセンに連れて行ってくれ、とかかなあ。別にそれくらいだったら――って、ん?
「これ、真司さんに差し上げます」
「これは……?」
雪美が差し出してきたのは封筒だった。どうやらチケットが入っているらしい。いったいなんのつもりだ……?
「中身、何が入ってるんだ?」
「是非、取り出してみてくださいませ」
「あ、ああ」
俺は封筒を開け、中のチケットを取り出す。映画か何か? それとも芝居か? 野球か? 不思議に思いながら、券面の記載事項を読んでみると――そこには「花火大会 有料観覧席」のフレーズ。
「は、花火?」
「はい。白神グループが主催している花火大会でございます」
「へえ……」
なるほどね、花火大会か。開催日時は夏休み中みたいだな。でも、これを渡してどうするつもりだろう。一緒に来て欲しいってことだろうか。
「一緒に観てほしいってことか?」
「いえ、そうではございません」
「へっ?」
えっ、違うの? なんだか俺が変な勘違いしちゃった痛い男みたいじゃないか。
「じゃあ、一人で観て来いってこと?」
「そうでもございません。これを使って――志保さんと仲直りしていただきたいのです」
「はっ?」
「お二人で花火を観て、三年間のわだかまりを解いてほしい。それが――真司さんにお願いしたいことなのです」
雪美は俺の目をしっかりと見つめていた。俺と志保に和解してほしい。……雪美にとって、学年一位を目指してまで叶えたかった願いとはそういうことだったのか。恐らく、単にあの喫茶店での喧嘩だけが理由というわけではないだろう。
「……どうしてそんなことを」
「お二人の友人だからです。私は――真司さんと志保さんが絶交したままというのは嫌なのです。また、三人でお出かけしたいと心から思っております」
なるほど、友人として……というわけか。俺だっていい加減元通りの関係にならなければならないと思っている。恐らく、志保もそう思っていることだろう。けど、俺と志保はそれを実現させることが出来なかった。雪美は――俺たちの前に現れた救世主というわけか。
「……分かった。けど、志保がうんと言わなければ無理だろう」
「その点はご心配なく。既に志保さんには良いお返事をいただいております」
「えっ?」
「あの方も、真司さんと考えておられることは一緒のようです。……楽しんできてくださいね」
雪美は俺の目をずっと見続けていた。この期待だけは裏切ってはいけない気がする。ありがとう、雪美。
「雪美、必ず仲直りしてくるからな」
「はい。吉報をお待ちしています」
***
放課後、私は校舎裏に呼び出されていた。呼び出したのは雪美だ。あの時以来、あの子とは一言も話していない。それなのに、いったいなんの用だろう。もしかして、真司と付き合いました――なんて報告かな。……そうだよね、自分から真司を突き放したのは私だもんね。
「志保さん、お待たせしました」
「雪美……」
その時、向こうの方に小さな人影が現れた。逆光で顔が見えないが、シルエットだけではっきりと誰だか分かった。……雪美だ。
「何の用よ、こんなところに呼び出して」
「申し訳ございません。実は志保さんにお願いがあるのです」
「……お願い?」
「はい。今から説明いたします」
雪美は小さな歩幅でこちらに近づいてきて、何かを鞄から取り出した。これは……封筒? 不思議に思っていると、雪美は私にそれを手渡してくる。
「志保さん、お受け取りください」
「な、何よこれ」
「中身はチケットです。是非お開けください」
私は渡された封筒を開き、中に入っていた物を取り出した。雪美の言う通り、何かのチケットみたいだ。これは……花火大会の有料席?
「どういうこと?」
「明日、同じものを真司さんにお渡しします。お二人で一緒に花火をご覧になって――仲直りしていただきたいのです」
「……へっ?」
思ってもみない展開に、私は戸惑うしかなかった。チケットと雪美の顔を交互に見て、ただただ困惑する。雪美が? 私と真司に? 花火大会のチケット? なんで?
「あ、あんたこそ真司と行けばいいじゃない」
「これは白神グループが主催の花火大会ですから。私はいつも家族と観ているのです」
「……なるほどね」
「いかがでしょうか……?」
雪美は不安そうな顔で私の表情を窺ってきた。この子は多分、私と真司のことを本気で心配しているのだろう。ちょっと気に入らないところもあるけど、根はいい子なんだろうし。真司と仲直り出来るならそれに越したことはないし、悪い話ではない。でも――ひとつだけ気になることがあった。
「ねえ雪美、ひとつ聞いていい?」
「はい、なんでございましょう?」
「あんたさ……真司のこと、好きでしょ?」
「!」
私の言葉が予想外だったのか、雪美は目を見開いて驚いていた。多分、図星だったんだろうな。私と真司が仲直り出来るように、っていうのはありがたい。けど、雪美にとっては私と真司の仲が悪い方がいいような気がするのに。
「どうなの、雪美?」
「どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」
「だって、もしそうだったら変じゃない。あんた、自分の恋敵を助けることになるのよ」
「恋敵ということは、やはり志保さんも……?」
「あっ!! ……私のことは別にいいでしょ。で、どっちなの?」
「……」
雪美は下を向いてしまった。真司のバカが気づいていないだけで、傍から見たらぞっこんだもんね。アイツ、いつか罰が当たる気がするわ。
「……はい。私は、真司さんのことをお慕い申し上げております」
「……そう」
頬を赤く染め、雪美は小さな声で答えた。こんな可愛い子の好意に気づかないなんて、真司のことは一発殴らないと駄目ね。いや、いろいろおかしいなそれは。
「真司のことが好きなのは分かったわ。どうして私と真司のことを助けるのよ」
「私が――お二人のお友達だからです。それ以上の理由が必要ですか?」
雪美の言葉に、私はハッとさせられた。この子は恋のライバルがどうとか、そんな小さなことは考えてない。もっと広い意味で、私と真司が和解することを心から願っているのだ。……中学二年の私より、随分と大人だなあ。
「……分かったわ。このチケット、大切に使わせてもらうわ」
「はい。お楽しみくださいね」
「ありがとう。じゃあ、部活があるから」
私はチケットを鞄にしまい、その場を立ち去ろうとした。しかし、雪美が私のことを呼び止める。
「あの、志保さん……!」
「ん、どうしたの?」
後ろを振り返ると、雪美は優しく微笑んでいた。そして宣戦布告のように、はっきりと言い放ったのだ。
「お二人が仲直りしたら、正々堂々と勝負しましょうね!」
「ええ、望むところよ!」
そう言って、今度こそ私は体育館に向かって歩き出した。そっか、真司と花火大会かあ。いったい何年ぶりかなあ……。私は、自分の胸が高鳴っているのをはっきりと感じていた。
期末試験も終わって、いよいよ夏休みに入っていく。お願い、神様。今度こそ、真司と仲直り出来ますように……!
◇◇◇
いつもお読みいただきありがとうございます!
物語は大きな山場を迎えようとしており、作者も気合いを入れて執筆しております。
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