第18話 絶交

 俺たちは地下鉄で何駅か移動して、目的の喫茶店の近くまで来た。三人で歩きながら、俺と雪美はお見合いの時のことを振り返っていた。


「懐かしいなあ、たしか五月頃だよな」

「はい。あの時はいきなり連れ出されて驚きました」

「あはは、でも美味そうにパフェを食ってたじゃないか」

「……美味しかったんだから、いいじゃありませんか」


 志保はというと、俺たちの少し先を歩いていた。単にせっかちなのか、それともお見合いの話は聞きたくないということなのか。志保がどんな表情をしていたのか、はっきりとは分からなかった。


「よし、着いた」

「変わらないですね」

「そりゃ二カ月前だからな」

「あんたたち漫才してるの?」


 そんな馬鹿らしい会話をしながら、俺は喫茶店のドアを開ける。いつもの通り、マスターが軽い調子で出迎えてくれた。


「いらっしゃい……おっ、今日は両手に花だね!」

「ははは、そんなとこです。テーブル席空いてます?」

「ああ、いいよ」


 俺は二人をテーブル席に案内した。雪美と志保が隣同士で座り、俺はその向かいの席についている。メニュー表を差し出すと、二人は真剣な目でそれを見ていた。


「雪美は何を食べるの?」

「私はこのいちごパフェで……!」

「じゃあ私もそれにしようかな」

「俺も食べよ」

「すいませーん!」


 志保が店員を呼び、いちごパフェを三つ注文していた。俺はコップの水を飲みつつ、ふうと息をつく。しかし今日はいろいろあったなあ。映画を観て、うな重食べて、ゲーセン行って……。随分と充実した一日だ。


「あー、喉乾いちゃった」


 俺と同じようにして、志保もコップの水をぐいと飲んでいた。ん、口元に何かついてるな。うな重のタレだな、拭いてやるとするか。


「ついてるぞ、志保」

「えっ、本当?」

「ほら、じっとしてて」

「ちょっと……」


 俺が紙ナプキンで拭いてやると、志保は恥ずかしそうに頬を赤くしていた。やっぱり近くで見ると整った顔だなあ。こんなことをしてあげるのは何年ぶりだろう。顔を拭くどころか喋ることもままならなかったからなあ。


「ほら、綺麗になった」

「……ありがと」


 照れ隠しのつもりなのか、志保は再びコップの水を口にしていた。一方、雪美は俺たちの様子をつまらなさそうに眺めている。唇をとがらせ、子どものようにむつけていた。


「どうした、雪美?」

「いえ、仲がよろしくて結構だなと思いまして」

「そ、そうか」

「……真司さんのばーか」


 やっぱり変な影響受けてる! そんな悪い言葉遣い覚えちゃいけません!


「あまり人に馬鹿とか言わないの」

「あの、真司さんに志保さん」

「「なに?」」

「……お二人は絶交しているのではなかったのですか?」

「「へっ?」」


 雪美の言葉に戸惑い、俺たちは顔を見合わせてしまった。言われてみれば、たしかに俺と志保は絶交していたはずだ。……けど、最近は昔のように話すことも増えてきた。


「たしかに絶交してたよ。けどまあ、また昔みたいに戻ってきたというか」

「……そうだね、私と真司はちょっとずつ仲直りしているかな」

「そうなんですね」


 雪美はふんふんと頷いていた。なんだかよく分からないけど、お見合いの件があってから、不思議と志保と関わる機会が増えた。まあ、俺だって仲直り出来るならそうしたかったしな。悪いことではないだろう。


「では、お二人はどうして絶交してしまったのですか?」


 雪美の問い掛けに、俺と志保はきょとんとしてしまう。どうして絶交したか――なんて、その答えは明白だ。俺と志保は雪美に対し、口を揃えて――


「「それはコイツが悪いんだよ」」


 と、互いに指をさしたのだった。……あれ? たしかに、俺にも未熟な部分はあっただろう。けど、悪いのは自分から絶交と言い始めた志保じゃないか?


「絶交って言ったの、お前じゃないか」

「いやでも、最初に怒ってきたのは真司の方じゃないの」

「あの時は練習中でちょっとイライラしてたんだよ。お前だって結構言い返してきたじゃないか」

「それはそうだけど……あんな言い方ないじゃん!」

「だからって絶交までする必要なかっただろ!」

「ちょっと、お二人とも……!」


 俺と志保が言い争いそうになったところを、雪美がなんとか抑えてくれた。そうこうしているうちに、店員さんが三つのパフェを運んでくる。


「いちごパフェ、お待たせしました〜」

「ほらっ、お二人とも食べましょう?」

「……ああ」

「うん」


 俺たちはスプーンを手に取り、食べ始める。少し前までは楽しい時間だったはずなのに、三人とも黙り込んでしまった。志保は不機嫌そうにパフェをかきこんでいるし、雪美もアワアワと戸惑っている。


「……」

「……」

「……」


 三人の男女がテーブル席を囲んで黙りこくるという、異様な空間が作り上げられていた。しかも三人ともデカいいちごパフェを食べている。なんだこのギャグは。


「はあ……」


 志保はあっという間に食べ終えてしまい、大きなため息をついていた。雪美もどうしていいのか分からないのか、何も言わずにパフェを食べ進めている。……やっぱり、志保と仲直りなんて無理だったのか。


「私、もう帰る。お金は置いて行くから」

「ちょっ、待てよ志保!」


 雪美に奢る分も含めた金額をテーブルに残し、志保は席を立った。荷物を持ってつかつかと出口に歩き出したので、俺は慌てて追いかける。しかし志保は止まらず、そのままドアを開けて外に出てしまった。


「おい、待てって!」

「ついてこないでよ!」

「……さっきの話が終わってないだろ」

「それは……」


 俺の言葉を聞き、志保は立ち止まった。しかしその表情は怒りを孕んでおり、俺は思わず息を飲んでしまう。……もう三年前か。


「あの時、俺は虫の居所が悪かったんだ。だからお前に酷いこと言っちまったんだ」

「……分かってる。でも、あんなに言うことなかったじゃん」

「……」


 正直言えば、あの時は単に練習中に声をかけられたから怒ったわけではなかった。もともと志保といることで周りにからかわれていたし、俺はそれに対してずっと言い返し続けていた。けど――中学生の俺は、志保から何の言葉もなかったのが許せなかったのだと思う。きっと、あの時の俺は「ありがとう」の一言だけでも欲しかったのだ。今にして思えば器の小さい話ではあるけどな。


「……ごめんな、志保」

「なんで謝るのよ」

「いや、あの時の俺は――」

「そんなことは分かってる。あの頃、私も真司も子どもだった。何も知らないガキンチョと同じよね」

「じゃあ、なんでお前は今」

「……真司はさ、どこまでバカなの?」

「えっ?」

「あの時『好き』って言ったのに、どうして何もしてくれなかったの!!」


 志保の目にははっきりと涙が浮かんでいた。あの日、志保は俺のことが「好き」だと言い放った。俺は――その返事から逃げ続けていたのだ。「絶交」を言い訳にして、志保と真正面から向き合うのを避けていた。もちろん、向こうがつっけんどんな態度をとっていたこともある。けど――俺に出来たことはいくらでもあったはずだ。


「……そうかよ」

「もういいよ、今日は帰るから。……やっぱり、真司とは絶交して正解だったみたいね」

「待てよ、志保――」

「バカッ!!」


 俺はただ、走り去る志保の背中を見つめることしかできなかった。ふと後ろを振り向いてみると、雪美が申し訳なさそうな表情で立ち尽くしていた――


***


 私は細い路地を歩きながら、自問自答していた。どうして三年前と同じ過ちを繰り返しているんだろう。どうしてまた、真司のせいにして逃げようとしているんだろう。勝手に好きって言って、勝手に絶交とか言い出したのは私の方なのに。


「ごめん、真司……」


 私はただ、溢れ出る涙を拭うことしかできなかった。せっかく前みたいに仲良くできるようになったのに。せっかく――三人でお出かけしていたのに。バカなのは私の方だよね、三年前から何も成長してないんだから。


「私、どうしたらいいんだろう……?」


 好きという気持ちを伝えることが、こんなに難しいことだとは思わなかった。ねえ、真司。あんたはいったい、誰の影を追っているの……?

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