第17話

 食事を終えてレストランを出た僕たちはようやく図書館へ向かった。


 外は乾燥していて、頬を切り裂くような冷たい風と雨が吹いて止まない。早く図書館の中で寒さを凌ぎたいと思いながら、僕は首元までしっかりとコートのジッパーを上げる。隣にいるティファも上着を羽織っているが、どことなく着せられている感が滲み出ている。吹かれる風に抵抗することなく向かい風を体で切って歩く姿はもはや凛々しくも見えた。雨だったのもあり、僕は傘を一本頭上にさして、半分以上ティファの頭を覆うようにして歩いていた。


 二十分ほど歩いた。図書館の外観は想像していたよりずっと立派で僕は少しだけ見入ってしまった。


「ここが例の図書館というところですか?」


「うん、思っていたより遥かに広そうだしこりゃ探すのに時間が必要になるなぁ」


 僕は堂々と建てられてある巨大な建物を一望して答える。


「そもそも、どうやって暗号について調べるというのですか? 何か確信的な手掛かりはあったのでしょうか」


 ティファよ、何故そんなことを今更……。


「それは……」


 正直言葉に困った。


「それは?」圧をかけられている気分だ。


 寒さに耐えれなかったので、僕は言い訳をしながら中へ移動した。


「……別にないけど……それを言うなら行く前に行ってほしかったなぁ、僕も寝起きだったし思い付きで言ったからそんなに深くは考えていなかったんだ。何となく探し物をするなら図書館かなと思っただけなんだ。資料を漁って怪文章の何かが少しでも理解できたらいいなって思っただけで、普通に何の収穫も得られないで終わるかもしれないって、そんな軽い気持ちで来たつもりなんだけど……」


 ティファに言われて気が付いたが、僕は一体暗号の何を探せると思って図書館へやって来たのだろう。膨大な量の資料が集まっている図書館の中で、問題についてどこから手を付ければいいのか全く分からず、僕は暫くの間立ち往生していた。


「申し訳ないのですが、せっかく図書館を訪れたのですから課題をいただけると嬉しいです。今はまだ陸さんの指示に従って調べものをするしか出来ません」


 暫く考えた僕はハッと思い出す。ティファに人類滅亡について調べることを提案してみた。そう、僕が過去に論文にして、涼香と熱く語り合った内容である。


 人類滅亡についての資料は幾つか見つかったが、滅亡する理由は全てバラバラであった。僕自身、人類が滅亡する理由はウィルスからだと予測しきっていたからか、核戦争、隕石墜落、地球温暖化……、どれも疑い深いもので資料に書かれた人類滅亡の理論を理解することは難しかった。


「どれも理解しがたく現実味がないように思えます」


 一通り資料をメモリーにインプットさせたティファが難しい表情で言う。


「それじゃあ……滅ぶ説としてこんなのはどう思う?」


 僕は自身の考えた永久凍土ウィルスによる人類滅亡論についてティファに事細かく説明をしてみせた。


 すると、ティファの表情が一変した。閃いたというような表情と共にうんと深い頷きを見せた。


「興味深いです。陸さんって案外、“頭の良い人なんですね”」


 僕はその台詞を聞いて驚いて仕方がなかった。“頭の良い人なんですね”誰かにそのまんま同じことを言われたのを強く覚えている。僕はその台詞を聞いてとても喜んだんだ。嬉しかったんだ。その時のキラキラとした輝かしい目の彼女を思い出す。


 ――涼香……だよな……――


 僕はぼうっと過去の出来事に浸りそうになった。


「……さん……陸さん?」ティファは僕を何回か呼んでいたようだ。


 浸りかけていた過去から脱却し、ティファというアンドロイドが隣にいる今に僕は意識を戻した。


「ごめん、ちょっとだけ昔のことを思い出しそうになった」


「記憶巡りを邪魔してしまったみたいですね」そう言って、ティファは直ぐに謝る。


「いいや、良いんだ。調査中に現実逃避は良くないし。それより明日あたり、また猿渡さんのところへ行ってみようと思うんだけどどうかな」


「ええ、行きましょう」


 乗り気なティファ。


「それじゃあ。今日はもう帰ってもいいかな」


 ティファに訊くのもおかしいと思い、僕は「いや、帰ろう。今日はおしまいだ」と訂正した。僕って本当自分に甘いよな。


 帰りの途中にコンビニで酒を買おうと思ったが、またティファに同情されてしまうと思い、僕はホテルの中にあるバーで酒を飲むことにした。


 最上階にバーはあり、広さと装飾の豪華さに比べると随分と閑散としていた。僕は右から三番目のカウンターに座ってマスターと少々小話をした。


「それじゃあ、レモンチェロを」


僕はそんな洒落た名の酒を飲んだことはなかったが、マスターのおすすめということで僕は興味を持ちオーダーしてみた。


 マスターはレモンチェロを黙って僕の前に置く。無言で会釈して、僕は恰好づけながら軽く一口飲んでみた。予想以上に甘く僕の舌はビビッと少し驚いた。けれど僕はこういう場に慣れた雰囲気を醸したかったので、こういった甘酸っぱいレモンの香りを好み、その酒が美味いものだと頑張って思い込むようにした。


 マスターとそれっぽい話をして、気が付けばもう十二時を回っていた。


 バーでひたすら酒を飲んだ僕だが、売店でストロング缶を一本キメてから部屋へ戻った。九パーセントはズドンとくるものがあって直ぐに酔えるから最高だ。レモンチェロと言う酒も良かったが、僕には……ストロングがお似合いのようだ。


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