ーーヨンーー懐古趣味者へのプレゼント

第8話

 懐古趣味少女へのプレゼント。




 惠谷ジュン。


 僕は資料を流し見しただけだけど、惠谷ジュンの顔はしっかり覚えていた。


身長は百八十七センチもあり、赤茶色の髪の毛はなんと一メートルもあるようで、ドールのような幼い顔が印象的だった。


 僕はその顔を写真で見ていたから、惠谷ジュンと言う中性的な名前でも女性だということも、顔が幼いのもわかっていたし、実際目の前に立っていたとして、こんな感じなのだろうという何となくの想像はついていた。


 髪の毛が一メートルもある百八十七センチの女性とは、結構インパクトはある。


 上を見上げて百八十七センチとはどのくらいかと、百七十三センチの自分と比べてはみたものの、圧倒的な十四センチの差で、僕は自虐している気持になってしまい虚しくなった。


 そもそも身長コンプレックスを抱いている人は、百八十七センチの女性と比べものをするべきではないのだろう。


 自分の小ささに痛感しているところ、丁度、目の前にいるティファの身長を確認して、僕の身長コンプレックスの症状が少し緩和された気がした。


ティファは僕よりはるかに小さいから、見たところ、百六十一センチくらいだろうか。その現実味のある身長に僕はなんとなく安心できた。


 日本男女の平均身長に比べたら、僕はまだ大きい方とも言えるのではないだろうか。まあ、自分よ、そこまで気にするな。


 しかし、髪の毛が一メートルあるというのにも驚きだ。一メートルと聞くとイメージはつきにくいかもしれないが、シングルベッドの横幅とほぼ同じくらい長さがあるのだ。


寝て起きた時、全身に髪の毛が巻き付けられていたりするのだろうか。想像するとちょっと怖い。


一メートル髪を伸ばすのにはまず早くても七年は散髪の我慢が必要だし、そもそも髪の寿命は七年だから、それを維持し続けるというのはとても手間のかかるものなのだと思う。


髪をいたわりながらも結ったり巻いたりできる女性っていうのは、手先が細やかで器用なんだな、と僕はそんな世の女性たちの髪の毛を見るたびに尊敬してしまう。


 写真を見ただけで消えた惠谷ジュンの妄想は捗る。


「陸さん?」


 声を聞いて振り向くと、ティファの右隣りには小太りの男が立っていた。


「どうもぉ」


 男がニコニコしながら僕に話しかけてきた。


 名前を聞くと、その男は、


「電話で話した米田です」


 と答えた。


「ああぁ、米田さん」


僕は出発前に一本電話をしたのを思い出した。


「はじめまして、美能と申します」


「どうもどうもぉ」


冬だというのに汗をかいている米田さん。


 僕は軽い挨拶をしてお辞儀をした。


「マニメイトの店長さんですよね」


「そうですぅ、そんでこの女性は?」


 米田さんは言いながらティファを見て……、また僕に視線を戻した。


「一緒に来たのは、ティファというアンドロイドの助手です」


 僕が紹介すると、


「アンドロイドとは、は~ぁ~、珍しいですねぇ」


米田さんは言いながら、ティファの精密に作られた体をなめるように見つめ始めた。


「ちょっ、ちょっとだけ、触ってもいいですか?」


 聞かれても僕は困るばかりだ。


 僕はティファに、


「米田さんが触りたいってさ」


 と、一応聞いてみた。


「別に構いませんが――」


 と、ティファは疑う顔一つせず答えた。


「良いそうですよ」


 僕がまた説明するのは……、米田さんがアンドロイドと話をするために間を取り持つのは僕としての役割と言うか、まあ、当然のことか。


「あ、ありがとうございますぅ、それじゃぁ~ちょっとだけぇ、エヘヘ」


 米田さんはにちゃあっと笑みを見せてティファの手を触った。


 …………。


 なんか、嫌だ。


 米田さんがティファを触る光景を見て、僕はとても腹が立った。気色が悪かった。だが、何にも言えず僕はただ黙っていた。


「あっ、ごめんなさい。ちょっと触りすぎましたぁ……」


 アレ、表情に出ていただろうか。


 僕は苦笑いをして何とか保った。


「別に平気ですよ」


 ティファは平然と答える。


 ティファ、それ以上言うな。


「ま、まあー……、そう、今回の件についてなんですけど、これから話していってもいいですかね」


 少し、早かったかもしれないが、何とか話題を変えて、僕は本題に取り掛かることにした。


「店の奥に休憩室があるんでそこで話しますか?」


「そうですね」


 そうだった。僕はマニメイトの一番近くにあるコンビニでタバコを吸っていたんだった。右手にタバコを持っていたままということに気が付いて、僕は慌ててタバコの火を消した。


「あぁ、これ、タバコ、ね。すみません」


 初対面の米田さんの前で僕はタバコを片手にエラそうな態度をとっていたな、と少々の反省をした。


「いえいえ、そんじゃぁついてきてくださいな」


 額の汗を手で拭う米田さんを見ながら僕は向かうことにした。




 マニメイトの中は中古グッズが所狭しと置かれていて、奥の休憩室まで行くのに何回か商品にぶつかってしまい、その度にグッズを棚に戻して、またぶつかるのではないかと気を使いながら歩いていった。


 狭い休憩室にある椅子に僕たちは座ってひとまずお茶を飲んだ。


「米田さん、単刀直入に聞きますが、惠谷さんとはどういったご関係なのですか」


 ニコニコしていた米田さんが少し神妙な面付きに変わる。


「それはぁ、ジュンさんはマニメイトの常連さんだったんです。ジュンさんも懐古品に興味を持っていたようで、僕も懐古品には興味があったので、何気ない会話から話が弾んで、たまにお茶をするようになったんです。いわゆるオタク友達ってやつですかね」


 オタク友達、か。


「それだと、目撃情報が多かったのも納得です。惠谷さんと最後に何か話したりしませんでしたか」


「僕はジュンさんに大切なものをプレゼントするから、って言いましたねぇ。そんでも、連絡も何も取れなくなっちゃってですねぇ……、今回こそ、非売品の懐古品を譲ろうと思っていたんですがねぇ」


 米田さんはうなだれてしんみりとしながら話した。


「その懐古品って、今見せてもらうことは出来ますか?」


 僕はその非売品の懐古品とやらが気になったので聞いてみた。


「別に構いませんけど……、見ていきます?」


 猫背気味になっていた米田さんの背筋がピンと真っ直ぐになった。


「ええ、お願いします」


「そんじゃぁ、ちょっくら持ってきますんで」


 そう言って、米田さんは休憩室のさらに奥の部屋へと入っていった。


 五分程して米田さんは手のひらサイズの箱を片手に持ち戻ってきた。


「これです」


 米田さんが僕の前に箱を差し出す。


 僕はその箱を慎重に開けた。


「……これは、時計ですか?」


「そんです、百六年前の懐中時計ですねぇ。実は、ゼンマイをまくとまだ使えたりするんですけどねぇ」


「それじゃあ、結構レアなんじゃないですか?」


「ですですぅ」


 僕は箱を返して、一つ質問してみた。


「そんな高価なものを何故譲ろうと?」


「ええとぉ、僕なりの遠回しな告白、的な感じですかねぇ」


 米田さんはもじもじしながら答えた。


 米田さんは惠谷ジュンのことが好きなのだろう。と僕は察した。


 単に、逃げられただけではないだろうか、と僕は思ったが言葉にはしなかった。


「惠谷さんがいなくなるにはタイミングが悪かったですね」


「僕、嫌われちゃったんですかねぇ」


 米田さんがボソッと呟く。


「そんなことはないと思いますよ」


 僕は何となくカバーをしたが、


「そうだといいんですけど、ねぇ。実際に僕の前から消えたんですし」


 と、米田さんは現実を言っている。


 惠谷ジュンについて米田さんは諦めようとしているように見える。


「そうだ、惠谷さんはある女性と一緒に生活していたとかとかなんとか聞いたんですが、それについて何かわかりますか」


 ふと思いついた僕は咄嗟に訊いた。


「あぁぁ」


 それを聞いた米田さんは何か思い出したようだ。


 僕はその声にピクリと反応して米田さんの話を聞こうと体制を変えた。


「ジュンさんは友達と同棲しているってどっかで言っていましたわ。その友達の名前とかはわかんないんですけど、僕この前見ましたよぉ。その人とマニメイトに来ていましたわぁ。別にその時、話しかけたりしませんでしたけどねぇ」


 僕は少々考え込んでから話を返した。


「ほう、……、それじゃあ……、そのご友人、またマニメイトにやってくるかもしれませんね」


「やってきますかねぇ」


「まぁ、待ってみないとわかりませんし」


「まあ、そうですねぇ……」


 米田さんがお茶を一口飲む。


「それについてお願いがあるのですが」


 僕が言うと、


「なんでしょうかぁ」


 米田さんは呆けた口調で訊いてきた。


「来るか来ないかは措いておき、惠谷さんの同棲相手がやってきたら僕に連絡をお願いしても良いですか?」


 米田さんの表情が段々穏やかになっていくのがわかる。


「お、わかりましたぁ。僕も、ちょっと店番に本腰入れてみますわぁ」


 惠谷ジュンの件はひとまず米田さんに助けてもらうことにして、僕たちは帰ることにした。


「ご面倒おかけしますが何とかお願いします」


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