第2話 転生したらまずは

 よろみねシザト(生後3ヶ月と13日)は思った。



(なんか俺、いつの間にか転生してたんですけど)



 彼が白宮しろみや斗真とうまとして覚えている最後の記憶は高等学校の放課後、1人での帰り道だった。


 そう、つまりのだ。


 前世で自分がどんな事をしたのか、どのような最期を迎えたのか全く把握出来ていなかった。だが記憶は失われど、赤ん坊に宿る人格は白宮斗真に相違ない。


 そして白宮斗真という男は厨二病だ。前世では厨二病が高じてなりきりを嗜んでいた程だ。こんなテンプレな展開に大人しく居られる筈も無く。



(え? いつ死んだ? マジで記憶にないんだけど。てかこういう転生って生まれた直後から意識があるもんじゃないの? なんか、急に自我と記憶がヌルッと浮上したんだけど? いや記憶思い出す系は相場10歳くらいからだろ!?)



 絶賛大混乱中だった。だが、無理も無い話だ。彼からすれば、いつの間にか生まれ変わっており、唐突に前世の記憶を思い出したのだから。


 記憶を取り戻すタイミングもかなり変な時期(当人比)だった為、混乱はより一層深まった。


 暫くして、赤ん坊の肉体に精神が引っ張られているのか、白宮斗真———否、白宮斗真は既に死に、既に彼の中で過去となっているのだから、万津嶺シザトと呼ばれるべきだろう———は、色々考えるのを放棄した。


 幾ら考えても状況は変わらないし、それよりもこの夢のような現実に目を向けたくなったからだ。



(よし、俺の転生については大きくなってから考えよう。今はどうしようもないし、何より………赤ん坊の状態で意識があるならやるべき事がある)



 そう、それは———



(魔力(仮称)保有量の上限値底上げ! なんだけど、そもそもこの世界は何なんだ。赤さんの視界は悪いって言うけど、天井のシミとかちゃんとくっきりはっきり見えてるしな。すると地球人類ではないと思われる。あとなんか変なの見えるし)



 現在、シザトの視界には現代日本っぽい感じの部屋の内装と窓から覗く青空の他に、発光する球体が見えていた。


 人魂や鬼火と呼ばれるような大小様々なキラキラした球や粒が浮遊し、空気の流れに沿ってゆっくりと動いている。この世界では“マナ”と呼称される、物理法則に従わない超常の力だ。


 更に観察してみれば、シザトの近くにあるマナは少しだけ早く引き寄せられ、胸付近に吸い込まれていった。



(まるでダイヤモンドダストだ。見た事ないけど。でもこれで、俺がアタオカでもない限りは何らかの不思議パワーがある事が確定した。多分な。今は大気中にある魔力(仮称)を吸収して成長してる感じなのかな?)



 続けて、シザトは己の内側に意識を向ける。目を瞑り、はたから見れば眠っているように見える状態で自分という存在を把握しに行く。先程マナの球体が自分の胸に吸い込まれるのが見えたので、次はそれを体内で操れるかどうか試そうとしている。


 いつの間にか転生していたという困惑を排せば、後に残るのは途方も無いワクワクだけ。


 果たして本当に異世界へと生まれ変わったのかはまだ定かではないが、そんな事実は万津嶺シザトにとっては些末な事。



(胸に吸い込まれたって事はあの謎キラキラは心臓らへんにある筈。そしてもしそれが意識的にコントロール出来るモノであれば……)



 その時、シザトは奇妙な感覚を覚えた。そしてそれに近い体験も知っていた。



(呼吸を意識した時だ。やけに眠れない夜に、ふと自分は何で呼吸しているのだろうと思って、気づいた。意識しなくても体が勝手に呼吸する。けれど呼吸は意識的にコントロール出来る)



 シザトは体内に吸収された自然のマナの掌握をしようと意識を向けていたが、それは出来なかった。


 何故ならば、既に体内には先程吸収したものより遥かに膨大な量の力が渦巻いていたからである。


 “オド”と呼ばれる人体で生み出される神秘の力だ。自然界のマナと殆ど同じ構造であるが「無から生まれる」か「人から生まれる」かという大きな違いがある。


 オドの流れを良く感じてみれば、それは心臓を起点に全身を血流のように巡っていた。一度気付けば後は簡単だった。最初からそれはシザトの一部であったような、否。事実としてそのオドはシザトの一部であるからして、操作するのに苦心する、という事は起こり得なかった。



(ビンゴ! やっぱりあった。にしても凄い量だな。生まれてからだいぶ経ってるからかな。いや、母胎内で母親から貰った線もある。まあそれは大きくなってから考えよう。今は……)



 シザトはオドの循環を少し速めてみた。その状態を維持しながら、内側から身体に意識を移し、閉じていた瞼を上げる。すると、視界に映る全ての動きが若干遅くなり、五感含めた全身の感覚が鋭くなっていた。ような気がした。



(え、俺の身体強化もしかしなくても微妙すぎ? もっと速めるか)



 今度はもっと強く、全身を巡るオドの流れを速くするように意識する。


 体感で平常時の2倍くらいの速さで回し、身体に意識を向ける。



(ふんふん、やっぱりな。体内魔力が渦巻いてるパターンはその循環率を上げたら身体能力も上がるっていうのが鉄板なんだ。まさかサブカルの知識が現実で役立つとはな、先人達には感謝だぜ)



 自分の意思でファンタジーな力を行使しているという事実に興奮を抑え切れないシザトは、その後もオドの循環速度や密度や動きを色々弄っては遊んだ。



(いえーい!! 俺身体強化してるぅ!!! ヒャッハァ!!!!)


「ぎゃあぁ!!」



 当然の如く興奮が限界突破し、心中で叫んでいた奇声がうっかり口から漏れた。


 そして万津嶺シザトは赤ん坊だ。生後3ヶ月と13日のベイビーである。


 そう、決してシザトの声を聞き逃さない存在がいる。


 母親。名をよろみねエルティアと云う者。


 エルティアはまだまだ乳児なシザトの為、壁が極薄な隣の部屋に常在し、何かあればすぐ駆けつけるようにスタンバっていた!


 それが功を為し、半ば脊髄反射の領域で彼女は熟眠状態から覚醒!!


 宝石に喩えられるような美しい碧眼をカッ!と見開き、光の速さで声を上げたシザトの下へと駆けつけたッ!!


 勿論そんな事知る由もないシザトは普通にビビった!!


 無理も無い。シザトからすればなんか声をうっかり出しただけで急に人が現れたのだから。


 それはもうビビる。そして今のシザトはガワが赤ちゃんだ。感情がブレやすい。ウルトラブレやすい。するとちょっと吃驚びっくりしただけでも体はコントロールを失う。



「うえぇええええええん!!!!」


「はぁいママが来たよ〜もう怖くないよ〜」



 シザトが泣く理由の10割が自分だとは気付かず、エルティアは慣れた手つきで優しく抱き上げる。


 抜群の母性と豊満な胸に包まれながらシザトは思った。



(赤ちゃん生活悪くはないけど。身体が不便過ぎるなぁ。やっぱ5歳くらいに記憶を取り戻したかった)

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全でも能れる者になろうとインフレ異世界で頑張るんだ! 〜だから切実に無双させてくれ〜 白食 透不 @syosekikakibonnu

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