全でも能れる者になろうとインフレ異世界で頑張るんだ! 〜だから切実に無双させてくれ〜
白食 透不
第1話 終わり。そして再び……
思えば、本当にくだらない人生だった。
何の才能も無かった。無能を言い訳に努力することから逃げた。けれど、一丁前に間違ったことだけは認めなかった。
学生時代も、社会人になってからも、
何者にも成れず、「せめて生きた証だけは遺したい」という、何とも自分勝手で浅ましく醜い事この上ない感情に従って、無二の親友にして最も大切な人に決して拭えない呪縛を刻んでいる。
「とー、ちゃん?」
いつも通りの愛称呼び。しかしいつもとは致命的に異なる感情が俺を呼ぶ声に込められていた。
血溜まりに仰向けで倒れる俺を見て困惑、否、混乱している幼馴染の▢▢が、その瞳を壊れかけの目覚まし時計のように激しく揺らすのがくっきりと見えた。
長年の習慣によって取り返しが付かない程損傷していた俺の目は、眼鏡を掛けていても物がよく見えないというのに。
ふと、生物は瀕死或いは手負いの時、生存本能が強く働き身体のリミッターが外れる、という真実かは定かでない豆知識を思い出した。
だが、喉をかっさばいて頸動脈を切った俺が、多少身体のリミッターを外したところで今更どうにもならないだろう。それに、もう生きる意志もない。
だからこそ今、俺は最も親しい友の家に押し掛け、本人の目の前で自刃しているんだから。
ははは、戸惑ってる戸惑ってる。これなら俺の事を一生忘れないだろうな。
「と、とーちゃん! 何やってるの?! いや、ちが、呼ばなきゃ」
ポケットからお高い最新機種のスマホを取り出して、119にでも連絡するのかな。けど、無駄だ。どんなに早くても5分はかかる。そして素人の応急処置じゃ救急隊員が駆け付けるまでの時間稼ぎも無理だ。
だから、やめろという意思を伝えるために白磁のような綺麗な手を血塗れの手で握った。
無駄に残った粗大ゴミのような良心が呵責を起こし、意味のない罪悪感で胸中を満たす。
首から生温い命がドクドクと流れ出る痛みに比べれば、こんなの塵も残らず霞むというのに。
「とーちゃん!」
「たす、からない。いきたく……も、ない。だから」
「やめてよ、そんなことゆわないで!」
現代の若者らしく、スマホが血で汚れたことを気にするかと思ったんだがな。フル無視で俺の言葉に耳を傾けるとか、良い奴過ぎんだろ、コイツ。
絶対に誰も呼ばないように、そして意識を俺から逸らさないように、スマホを持つ▢▢の手をきつく握り締める。そして、そんな俺の手を離さないようにと、更に上から▢▢の手が重ねられる。
人肌の温度は無性に心を落ち着かせる。特に血の気が引いて体温が下がっている俺からすれば、その暖かさは何よりも尊いものに思えた。
「ごめん……おれさ、ひきょうだよ…。▢▢っちに、ぜっ……たいに、わすれ、られたくない、から」
喉を裂いたから上手く喋れない。元から口下手なのもあるけど、これじゃ言いたいこと全部言い終える前に死にそう。
あぁでも、何も話さず、ただ俺の言葉を聴くだけの姿勢を取ってくれるから、多分間に合うな。
俺は卑怯者っていうとこだけ否定したいのか、めっちゃ横に首を振ってら。でも一言も発さない。お行儀の良いこったな。
「わすれられたく、なくて……だから………おれを、ずっとずっとおもってて……」
ボロボロと滂沱の涙を零しながら何度も頻りにコクコクと首を縦に振る▢▢を見て、俺は言いようのない昏い昏い幸福感に浸った。
「うらん、で………のろって……にくんで、よ? ……だァいすき、だ、からさ」
「うん、うん、ずっと。絶対に忘れないから…! でも………」
自分でも言ってて気持ち悪いと思ったのにスルーですかそうですか。
「大好きなのに、恨めないよ、置いて行かないでよ! なんで、なんで………!」
「そー、し、そーあーい、だぜ」
最低な俺を大好きとか言ってくれたよこの人。逆にこっちが恥ずかしくなって変なこと口走っちゃった。せめて印象に残るような最期にしたかったのに……やっぱ叶わないや。
今までの付き合いから、俺が何を思って▢▢の前で首を切ったのか、わからないはずがない。
▢▢は俺を最も理解していた。だから、俺が他人と絶対に分かり合えないと知っている。俺が言葉に込めた意味も全部汲み取れてる。
それでも、言うのか。
もう、無駄だというのに。
「ごめん……!ごめん…!私が、もっと、私が」
やめろ。違う。謝らないでくれ。全部俺が悪いんだ。
「とーちゃん、ごめんよぉ。私が、私がぁ……!」
謝らなくて良いんだ。俺は、ただ、忘れられたくなくて。▢▢の特別になりたかっただけなんだ。
あぁ。だから、謝らないないでくれ。
ダメだ。もう意識が朦朧としてきた。思考が結びつかない。俺という愚かな命が終わりを迎える。
あぁ。でも。▢▢がこんなに泣くなら、やめれば良かった。
絶対にどうしようもない後悔と共に、俺の意識は永劫の闇に沈んだ………。
こうして、
◇
何故、屋敷の庭に植えてある桜だけピンクではなく紅色なのだろうか。
二階建ての大きな屋敷の隅っこに当たる自室で、
窓の景色の7割を占有するのは世にも珍しい
残りの3割は桜の枝葉の隙間から見える灰色の道路とその上を走る車や人々。
しかし、今現在彼女の脳内を占めるのは人々の営みや町並みではない。
先月生まれたばかりの弟だけだった。
「ちょっと見に行こっと」
誰に言う訳でもなく、独り言ち、コッソリと部屋から抜け出す。ドアノブを静かに捻り、開く角度は最小限身体が通れるだけ、あとは身体を滑り込ませ、静かにドアを閉める。
屋敷を正面から見た時、右の方の手前側にあるのがエレアの自室。彼女がゾッコンな弟がいる子供部屋は左側の奥にある。
つまり結構な距離が存在し、尚且つ母親やメイド達にバレないよう移動しなくてはならない。
普通の子供では不可能だ。だが、幼少期から「隠れん坊の戦女神」とまで言われる程のスニーキング技術を持つストーカーの神童たる万津嶺エレアには可能だ。
そうして今回もまた無事に監視の目を潜り抜け、お目当ての部屋に到達したエレアはそっとドアノブを開けてヌルッと中に侵入した。
そして、いつもの通り落下防止用の柵が付いた寝台に寝かされている弟に近づく。その足取りは静かで、大胆且つ慎重だ。
「…………寝てる」
柵の上から顔を覗かせ、スヤスヤと穏やかに眠る赤ん坊の顔を何の気となしに
見つめ続けていると段々と不思議な気分になってくる。
不用心に手で触れれば砕けてしまいそうな、か弱い存在だと、エレアは思った。思いながら、その瞳に段々と強い光が宿る。
一年経てば立てるようになるだろう。
二年経てば歩けるようになるだろう。
三年経てば話せるようになるだろう。
では、一体何年経てばこの守護らなくてはという、使命感とも衝動とも呼び難いモノは消えるのだろうか。
「ず〜っと」
エレアには自覚が芽生えていた。姉としての責務。即ち弟妹の庇護。それが自分に課せられた
「お姉ちゃんが守ってあげるからね!」
だがしかし、エレアにとっての一世一代の宣言は赤ん坊からすれば騒音と大差ないようで。上気した頬笑みだったエレアの表情は面白いほど赤から青へと転落する。
「あ」
ぐずり出した生後間もない弟を見てエレアは思った。泣くな、と。
数瞬後、屋敷中に赤ん坊特有の悲痛に聞こえる泣き声が轟く。その大音声たるや、屋敷の壁を貫き通りを渡る人々にも聞こえる程だった。
その後、彼女の弟“
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