第5話 夕月(1)

 半吸血鬼ハーフヴァンパイアであるユヅキは、かつて普通の人間として暮らしてきた。その頃の彼女はまだ人間としての苗字を失っておらず、広瀬夕月ひろせゆづきという名前があった。


 そのために、彼女は人間の目線で歴史を学んでいた。


 人類がまだ世界について認識が浅かった遥か昔。

 資源の採集や新大陸の発見、そういったものを目指して人々は冒険家となり海に出た。西暦1492年の十月、コロンブス一行はとある島に上陸した。

 新大陸を発見した彼らは直ちに島を占領して、島が三日月の形をしているため、それを『ルナ・クレシエンテ』(スペイン語では三日月という意味)という名前をづけた。


 しかし、この島はすでに他の原住民が住みついていることに、彼らは気づいていなかった。


 彼らが新大陸の発見を祝って宴を開ける頃、見張りをする人が倒れているのが発見した。近くよって見たら角膜が混濁していて、手足も冷たい。

 どう見ても死んでいるのだ。

 唯一死因と思われる外傷は死体の首元にあった。何が鋭利な物に深く肌を突き刺されるように見える。


 そう、コロンブス一行はそこで吸血鬼ヴァンパイアと遭遇したのだ。


本来吸血鬼ヴァンパイアというのは、島にあった生き物の血を吸って活きてきた。そんな彼らは自分たちの島を勝手に侵略する人間たちに憤り、初めて人間の血の味を知る。


 そして、人間の血が彼らの力を大きく増幅することを気づいた吸血鬼たちは、島の人間たちと戦争を起こした。


 コロンブスたちは港を根拠地として設営していたため、運よく逃げきれた。


 しかし、人間の狡猾さに人間の血を美味しいさに身をもって味わった吸血鬼ヴァンパイアたちは、一介の冒険家を装い、人間の街に上陸した。彼らは闇に潜めてこっそりと狩りを行う。


 最初にここを学んだ頃、夕月は吸血鬼ヴァンパイアたちを化け物のように思った。身体能力を人間より遥か高く、しかも血を吸えば末永く生きていられる。こんなの、人間を狩るためにある種族なんじゃないかと思う。そんな彼女は、自分が吸血鬼ヴァンパイアであることは夢にも思わなかったのだろう。


 西暦1935年、ヨーロッパが二つの陣営に分かれて、人間たちは全世界を巻き込むほどに大きな戦争は幕を開く。後ほど歴史学者たちに二次世界大戦と名付けた。


 そして、西暦1944年。吸血鬼ヴァンパイアたちは戦いに疲弊していることに乗じて人間たちに宣戦した。人間たちは慌てて戦力同盟を結び、共に吸血鬼ヴァンパイアたちを討とうとした。

 が、元々敵であった二つの陣営は、それぞれの思惑を抱えているため、吸血鬼ヴァンパイアたちに隙を見せていた。狡猾な吸血鬼ヴァンパイアたちはその裏を掻いて戦争に勝利した。


 しかしながら彼らは勝利を得た同時に死傷者が続出して、種の滅絶の危機が迫る。

 そのことを防ぐために、西暦1944年にで吸血鬼ヴァンパイアと人間は種族不可侵条約しゅぞくふかしんじょうやくを結んだ。

 そして、協定を維持するために、種族共存協会しゅぞくきょうぞんきょうかいという組織が誕生して、守り人カーディガンという職業が生まれた。



 そして人類と吸血鬼は共に手を取り合って、今の社会を構築した。中学生の教科書なのに、ご丁寧に小学生の教科書に載せていたイラストがついている。赤い目をして白い犬歯を抜き出しにした吸血鬼はスーツ姿をしたアメリカ大統領と握手する。


 今の戦争のない平和があるのは、そのためであると、歴史教師を務める美人の先生はそう強調していたが、事実はそうではないと、小学生ですらわかっている。


 大国たちの間に戦争は消えたものの、小さな国の間には小競り合いが繰り広げている。それに、大きな戦争がなくとも、本能に逆らえずに協定を違反して吸血鬼ヴァンパイアたちがいる。


 綺麗事ばかり載せている歴史の授業をくだらないと思い、夕月は窓の外を眺める。そうしていると、夕月は視線を感じる。


 反射的に目を向くと、夕月はとある黒髪少女と目があった。それも、ばっちりと。


 すかさずに顔を背けたが、まるで勝手に疎遠している夕月を責め立てているように、刺すような視線がしつこく夕月を追っている。


 もちろん、夕月を目で追っている少女、閏間葵うるまあおいは夕月を咎めているつもりはなかった。彼女はただ、ずっと一緒にいるはずだった幼なじみが中学生になってから急に自分を避けるようになったことに悲しんでいるだけであった。

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