奇譚0016 穴を育てる

 弟がクローゼットの中で穴を育てていると言う。穴?どういうこと?俺たちは同じ部屋で寝起きしていて、その部屋の押し入れの中に穴を見つけたらしい。クローゼットの中を見るけどそんな穴は見つからない。弟は内気なやつで口数が少ないけれどそんな嘘はつかない。

「見つけられないな〜」

「すごい小さい穴だしぐるぐる動き回るから」

散々探し回ったけれど見つけることができなかった。虫か何かを弟は穴と言っていただけかもしれない。



 それから俺は中学生になって自分だけの部屋をもらって弟とは別々の部屋になった。部活とかで忙しくてそんな穴のことはすっかり忘れていたけれど、母親が心配そうに俺に相談してきた。


「あの子最近ずっとクローゼットの中にいるのよね。大丈夫かしら」


 俺も小さい頃は意味もなくクローゼットの中に入って秘密基地的な気分に浸ってた事もある。だからそんなに気にする必要もない気がした。そのうちそんな遊びにも飽きるはずだという様な事を母親に話してあげた。


 それから俺は学校でいじめられる様になる。クラスの全員からとかではなく同じクラスの田中という奴にある日突然標的にされた。原因はよくわからない。田中は背もデカくて喧嘩も強いので他も誰も逆らえない。みんな見て見ぬふりだ。俺がいじめられているのを止めようものなら自分が標的になってしまうかもしれないと恐れているので遠巻きに見ているだけだ。怪我をして帰ってきても俺はいじめられているという事が恥ずかしくて親にも言えなかった。

 それでも俺はめげずに部活を頑張って次の試合で念願の試合に出してもらえることになったのに田中に腕の骨を折られた。事故ということになっているが田中が故意に俺を突き飛ばして腕の骨を折りやがった。これで試合にも出れないし完治するまで部活もできない。俺は悔しくて一人で声も出さずに泣いていると弟が後ろから背中をさすった。

 俺は泣いているところ見られたくないけれど何も言えなかった。そこでインターフォンが鳴った。家には俺と弟しかいなかった。弟が出ると「おう、あいつの弟か?アニキはいるか?」という聞き慣れた声がした。見ると田中だった。「おう、見舞いに来てやったぜ」とニヤつきながら言った。


「おまえ、人の腕折っといてよくこれたな...」

「ハァ?あれは事故だろ?笑いに変えてみろよ?センスねーな」俺は怒りで身体がブルブル震えていた。「おまえ泣いてたのか?弱いなー。どうしようもねー」「帰れよ」と声を振り絞った時に後ろから弟が言った。「お客さんなら家に入ってよ。いいもの見せてあげるよ」

「おまえの弟はわかってんじゃねーか」そう言いながら田中は家の中へ入ってきた。「こっちこっち」と言って弟は田中を自分の部屋へ連れて行った。俺は訳がわからず後について行った。

 

「いいものって何だよ?」

「この中にあるよ」

そう言って弟はクローゼットを指差した。「もしかしてエロ本か何かか?」そう笑いながら田中はクローゼットの中へ入っていった。弟がクローゼットの扉を閉める瞬間に「あれ?何だこれ?」という田中の声が聞こえたがそれから声も物音もしなくなった。しばらく経って「おい田中!」と呼びかけても返事がないのでクローゼットの扉を開けると田中はいなくなっていた。それほど大きなクローゼットではないのであの図体のでかい田中が隠れる様な場所はもちろんない。俺がクローゼットの中に体を入れようとすると弟が袖を引っ張って止めた。

「あの人はいらない人だったんでしょ?だから穴に食べさせたんだよ」

 そして田中は行方不明となった。あの日から俺はどこのクローゼットにも入れない。




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