陽だまりの実

神埼 和人

陽だまりの実

<なんてあたたかそうなんだろう……>


 バジルはそう思います。

 ある公園の芝生の上。木漏れ日が小さな陽だまりをつくっています。


「あの陽だまりでお昼寝ができたら、どんなに気持ちがいいだろう……」


 ふと、公園のベンチに目をやれば、そこには恋人たちや老夫婦ろうふうふが日差しをあびながら、心地よそさそうにお話しをしています。

 だけど、それは無理な話。どんなに憧れてもかなうことはありません。


 なぜなら、彼、バジルは悪魔あくまだから。


 日の光にふれたとたん、悪魔の体はとけて消えてしまうのだから。

 黒い肌と、とんがったしっぽをうらめしそうに見つめるバジル。


<もし僕が人間になれたら……>


 そんな思いが、ふと、頭をよぎります。

「だけど、やっぱり僕は悪魔なんだ……」

 両手いっぱいにかかえた人間のたましいを見つめながら、彼は公園を後にしました。




 しかし、ある日、仲間たちのこんな話が耳に飛びこんできます。


「魂を食べるのを百年我慢がまんすると、人間になれるらしい……」


 その日からバジルは、人間の魂を食べるのをやめました。


 グゥ〜〜グゥ〜。


 お腹は毎日、鳴りっぱなしです。

 グゥ〜〜グゥ〜。


 それでも、彼は我慢がまんし続けました。

「あいつ、人間になりたいんだってよ! ダメな悪魔だなぁ」


「人間になったら、俺があいつの魂を食ってやるよ!」


 仲間にからかわれても、笑われても、彼は決してあきらめません。

 ついには、バジルを相手にする者はいなくなり、一人ぼっちになってしまいました。


 グゥ〜〜グゥ〜〜グゥ〜〜グゥ〜……。




 そして、ついに百年がたちました。


「やっと人間になれた!」


 バジルは自分の体を見回しますが、これといって変わった様子はありません。

 それでも彼は信じていました。百年もの間、耐え続けてきたのだから。辛くても苦しくても、一人ぼっちで我慢してきたのだから。


 バジルはあの公園に向かいました。

 その日は、ぽかぽかとした小春日和こはるびよりで、雲ひとつない青空が広がっていました。

 彼は、ドキドキしながら陽だまりに足を踏みいれました、ゆっくりと、暖かな光が体をつつみこんでいきます。


「暖かい……。なんて暖かいんだろう……」


 そう思った次の瞬間しゅんかん、彼の体は煙のように消えてなくなってしまいました。

 地面に一粒の小さな種を残して――。


 やがて、バジルが消えた陽だまりからは小さな芽が生えてきました。

 何年かたち、芽は大木に育ち、毎年、一つだけの小さな実をつけるようになりました。

 

 その実を割ると中からはほんの少し、だけども、とてもとても暖かな光があふれだします。

 そして、悪魔がその光にふれても、決して消えてなくなることはありませんでした。


 陽だまりの実、その実はいつしかそう呼ばれるようになりました。

 そして、一年に一回だけみんなは思いだすのです。


 人間にあこがれた、バジルという名の悪魔がいたことを……。

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陽だまりの実 神埼 和人 @hcr32kazu

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