弥助やないかい!?

🔥SOU🔥9月01日より新作投稿開始

短編

第01話 弥助やないかい!!

 僕は最初は目を疑った、説明されても信じられなかった。

大体、噂なんてものは信じるに値しない荒唐無稽なものなのだから。


 

 祖母から聞いた『神隠し』の昔話が事実だったなんて……



 あれは新学期が始まる前のこと、親の都合で祖父母の暮らす田舎に引っ越すことになった。

それは新幹線で半日近く掛かる大移動だった。


 新幹線が停まるからそこまででもないのかもしれないが、父の海外転勤でフランスに付いて行く度胸が無かった僕に他の選択肢はなかった。


 転校自体初めてで、最初は『漫画みたいだ』なんて心が躍ったけど、実際は転入試験や引っ越しの準備で大変だった。

教育熱心な母が納得するレベルへの編入試験やその準備、日用品や大量の蔵書――とは言っても大半は漫画やライトノベル――の整理は家主である祖母の一声で処分を免れることが出来た。


 引っ越す前から始まったアニメの舞台にもなった街だからか、一度も訪れたことはなかった街にも親近感を覚える。

それ以外は市電と……ハリポタ関連で話題になったことぐらいしか知らないけれど、まぁ何とでもなるハズだ。


 それよりも心配なのは、新しい学校に馴染めるか? だ。

フィクションでは転校生は主人公格と相場が決まっている。

しかし人から注目されることが苦手で、コミュ力不足の僕には転校生などと言うイベントは気が重い。


 こんなことなら昨夜の流れ星にでも願っておくんだっと、無駄に卑屈でセンチメンタルなことを考えながらなんとか転入手続きを終え、帰路に付いていた時だった。



 慣れない田舎道を歩いているとふと空が気になった。

摩天楼で空が覆われた東京とは違い、田舎の空は良く見える。

見上げた空は既に茜色に染まり、木々や草花の青さとのコントラストに思わず目を止めたその時、一瞬で景色が変った。


 そう、それはまるで特撮ワープのように……



 今まで歩いていたはずの舗道は青々とした草原に変わり、空には穏やかに太陽が昇っていた。

頬を撫でる風は優しく、青臭さと地面の匂いがした。



「これって異世転移ってやつ……? いや現実逃避してる場合じゃない! ここがどこかそれが問題だ」



 その場所を表現するなら『始まりの草原』と言ったところだろう、遠くに連山も見える。

 ぐるっと見渡せる状態で電柱や電線と言った人工物が一つも見えない場所など現代日本に存在しないと、冷静に思い至る。



「だめだ、場所がわからん。ってかどうなってんだよ!」


 あまりのことでへたり込みはするが、絶望している暇はない。

安全の確保、せめて水だけでも確保しないと死んでしまう。


 そんなことを考えながら俯いていると突然視界が遮られ、性別不明な若い声が聞えた。

 

「はぁ~い。人間さんお元気ですか?」


 視界を遮った白いモフモフから聞こえたようだが、その毛並みは柔らかく獣臭さは皆無、なんなら柔軟剤のような良い香りですらある。


 数秒のフリーズが解け、モフモフが離れてゆくと全体象が露わになった。


 変身魔法少女の横にいるような不思議生物っぽい見た目で、首元には注連縄のように太い結び紐が結われ、その紐には大きな鈴が付いている。やっぱり猫なのだろうか?



「き、君は?」


「己は天狗でございます」


 唐突に僕はお祖母の言葉を思い出した。

「いいかい? ここは天狗が住まう土地だで、悪いことすると天狗に連れていかれるよ」と、僕は連れていかれたのか?


「天狗ってあのカラスだったり、顔が赤くて鼻の長い……あれだよね? でも……君はカラスでも鼻の長い山伏姿でもないし……」


 「――とてもそうは見えない」と言いかけた言葉をぐっと堪え我慢する。


「おや、お詳しいのですね。

己は人の言う『狗賓ぐひん』や『木葉天狗このはてんぐ』と呼ばれる種類の天狗ですから、人型ではないのです」


 どうやら申し訳ないと思っているのか声から覇気がなくなる。

長い耳の根本から元気がなくなり、よりロップイヤーみが強くなる。


「差し詰め、天狗に攫われたと言う感じか……」


 昔話にもある通り天狗は神隠しを行うようだ。


「慧眼でございます。

洋の東西を問わず、我々妖魔の類は人を攫いますので……」


 と少し申し訳なさそうに答える。


「僕は家に帰して貰えるのか?」


「はい。と答えたいところなのですが……今回の神隠しは、私達がいたずらで行った訳ではないのです。

神仏が明確な神意を持って行った行為で、差し詰め私は案内人とでも言ったところでございます。はぁ~い」


「……一応一般仏教徒だけど、家に神棚もあるしクリスマスも祝う僕がどうして神様に選ばれたんだ?」


「武家や公家と言った日本人の祖先は概ね神々ですよ? 

いまさら信仰がごちゃごちゃでもそれを気にするような器の狭い神はいませんよ」


 「今更何を言ってるんですか?」とでも言いたげな様子だ。

 確かに極東の終着点である日本には様々な宗教が流れ着つき、習合・合一された過去がある。

 信仰がごちゃごちゃなことを気にする狭量な神様もいるような言い回しだけど、ここは言及しない方が良さそうだ。


「それで俺は何をすればいいんだ?」


「歴史を正しい状態に戻して欲しいんです」


「ん? どういうことだ? 歴史は既に終わった事だろう? 

それが何故変わるんだ?」


「『ドラ〇もん』や『シュタイン〇ゲート』と言った時間が関わるSF作品は御存じですよね?」


 どうやらこの天狗はアニメや漫画を履修しているようだ。

 それと同時に幾つかのSF作品が脳裏を過る。


「ああ」


「あれらは未来や平行世界でしたが、時間とは不可逆なものではないのです」


「ちょっと待って! それは何かの比喩か?」


「比喩でも例え話でもありません。

歴史書を書き換えれば事実は兎も角、後世での認識は書き換わりますよね?」


「そうだな……」


「そして歴史的遺物や遺構は観測されるまで、幾つもの可能性を内包しているのです」


「そんなバカな! シュレーディンガーの猫みたいなことがある訳ない」


 僕は声を荒げ否定するが、超常の存在がいるのだから今更僕の常識が通じる訳もないか……




 『シュレーディンガーの猫』と言うのは、量子力学の思考実験として有名なものだ。


 観測者が箱を開けるまでは、猫の生死は決定していない。

観測者が蓋を開けて中を確認した時に初めて事象が収縮して、それにより猫の生死が決まる。


 よって箱を開けるまでは、生きている猫の状態と死んだ猫の状態が重なり合って存在していると考える。あれだ。




「これは紛れもない世界のルールです。

例えば新たな発見により化石の組み方や歴史が更新されるでしょ? あれは真実と嘘の可能性が消えていないから起こる現象なのです」


 つまり新発見だのと言うのは、従来から存在する認識を同時に内包する低い可能性で上書きする事だとこの天狗は言う。


「つまり覆された定説の中には真実ではないものも存在すると言う訳か……」


「その通りです。これが未来……つまり観測者が過去に影響を与える仕組みです」


「現代では共通知識を授けるのは、教科書だけじゃなくてインターネット上に存在する各種サイトだからな。

えーっとキミが言う未来からの歴史の書き換えもやり易いんだろうな」


「ですから未来……小田信明おだのぶあきさんが生きている現在から、同時に間違った過去を改変するのは難しいと判断された結果、神様は貴方を天正9年……1581年に転移させたのです」


「確か1600年が【関ケ原の戦い】だから……1581年だと【織田信長】がまだ存命の頃か?」


「はい。右大将が討たれるのは、翌82年6月2日の本能寺でございますので期間は一年四ヶ月ですね」


 右大将は確かこのころ信長が与えられた地位だったと記憶している。


 それにしても一年四か月って……結構長いぞ? 留年は間違いなく確定する。二歳年下とまた高校一年生をやり直すの?


「期間? もしかして俺のやるべきことって信長の暗殺を――」


「――阻止しません。彼には死んでもらわなければなりません。武田信玄に対抗するためとはいえ、『第六天魔王』を名乗ったと言う右大将の命を助ける道理はありません。

まあ筆まめなルイス何某の創作らしいですが……」


 僕の言葉を遮ってまで天狗は強く否定する。

天狗は魔縁――つまり修行の妨げになるモノに属する存在であり、六道の一つ欲界の最下層に住む第六天魔王(最下層の天魔(魔物)の王)を名乗ったことが気に入らないようだ。


「じゃあ僕は何をするんだ? その短い間の事件にあまり心当たりがない。信長の死後行われた【清州会議】とか【備中大返し】からの【山崎の戦い】ぐらいしか心当たりが……」


「残念ながらどれも違います。

大きな歴史の改変には神仏ももっと慎重に行われます。

今回の出来事はそう小石で大岩を落すが如きことです」


「差し詰め僕は一穴を開けるアリと言ったところか……」


 歴史の影で暗躍する人物がいた。そう言う作品は結構好きだ。

そんな対象になれるなんて、おらなんかわくわくしてきたぞ。


「その通りで御座います。ところで昨今、なる思想が流行っているそうですね?」


「ああ、ポリコレな? 意味は政治的妥当性だったかな?」


 東急歌舞伎町タワーの男女兼用トイレや、性転換手術をしなくても戸籍上の性別を変更したなどの話が近年ではホットな話題だったと記憶している。


「然り。元合った事実を誇張し都合の良い主張をする。

まぁ、そこまでなら良いのです。

しかしそれをあたかもそれが史実だと宣う不埒者共が海外にはいるのです」


「そんなのただの歴史修正主義の寄生虫じゃないかっ!!」


 僕は激怒し必ずかの邪智暴虐の歴史修正主義者を除かなければならぬと決意した。


 僕はただの学生で、今まで特に目的もなく言うなればただ、母の操り人形として暮して来ただけだった。

けれども吐き気を催す邪悪に対しては、人一倍に敏感だったみたいだ。


「その通りで御座います。そして今回その標的となったのは日本史でほぼ唯一名前が出て来る黒人、確か名前は……」



 僕の脳裏にはとある人物が想起された。



「弥助やないかい!!」



 僕は思わず叫んだ。

 



―――――――――――――――――――――――――――――本作は9話で本分が完結します。

7時、12時、21時頃の三回更新します。

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