第30話 私たちのこれから

 ――昼食を食べての午後。


「真っ白な雲! 青い海! 青い空! 最高ね、バロン様!」


 しかもプライベートビーチ状態だ!

 貸し切りにどれだけのお金を使っているのかは分からねーが……まぁ、ハネムーンだからな! 気にしないでおこう。


 今日は体を休めようとも提案はされたものの、海を目の前にしてそれはない。やや遅めの午後にはなってしまったが、海を堪能しよう。


 それに、前以上に距離も近くなった気がする。やはり体というものは距離を縮めるのに有効なんだろうか。


「海が好きなのか?」

「そうね。やっぱり特別感があるわ」

「……男の口調でも大丈夫だぞ」

「もうっ。さっき宣言したでしょう。女として生きるって決めたのよ。こっちの口調も自然になってきたし、もうあなたのお嫁さんだもの。これからはこっちでいくわ」

「そうか」


 でも、ちょっとくらいは……。バロン王子の耳元に口を寄せて。


「徹底的に女をやってやんぜ!」

「ははっ」


 これもまた、秘密の共有って感じでいいよな。


「この世界、浮き輪もあっていいわよねー。電気もあるし」

「……君がいたところでは、異世界は浮き輪も電気もないという印象なのか」

「うーん……」


 異世界の定義が広すぎるな。


「貴族が絡む異世界はそんな印象ね」

「貴族が絡むって……よく分からないが、異世界の文明は自分の世界より落とすのが普通ってことか」

「いやー……、進んでる文明より劣っている文明のが想像しやすいのかな……そんなにファンタジー関係の本は読んでいないし……」

「なるほど。歴史上存在しない世界は想像しにくいものだろうしな」

「あっちに魔法はなかったけど」

「そこは想像できるのか。分からないな」

「もー。こんなに魅力的な女を目の前にして考えることじゃないわよ?」

「それはそうだ」


 バロン王子の手が私の胸にペトッと……。


「あのー……、そんなキャラでした?」

「君がこの世界に来た時、まず真っ先に何をしようとした?」

「あー……」

「同じ男なら分かってくれますよねと君は言ったんだ。よく分かるよ。証明しよう。よく分かる」

「証明しなくて結構よ」


 ま、男の浪漫か。

 待てよ、これからすごい頻度で触られるんじゃ……。


 ま、いいか。


「潮の香りが落ち着く……ずっとここに浮いていたい……」

「焼けて酷い目にあうぞ」

「魔法世界の日焼け止めを塗ったんだし、大丈夫よね」

「過信するな」


 明日は痛かったらショッピングの日にするか……。


 海の音が心地よすぎる。癒やされる。これからの王子の嫁としての責任とかぜーんぶ、今だけは忘れられる。


「贅沢な時間だな」

「ええ、そうね」

「君を独り占めできる」

「あー、ロダンとエーテルもあとで呼びますか」

「どうしてそうなるんだ! それからなんで丁寧語に戻っているんだ!」

「く……癖ね」


 癖ってなかなかとれねーよな。これからも混在はしそうだ。


「僕は君と二人きりがいい。それは伝えておくからな。君が呼びたいなら好きにすればいいが……僕は四人になったところで触りたい時に触る」


 あ。またバインバインと。


「全然王子らしくない……」


 王道王子じゃねーのかよ。


「王子らしい王子がいいのか?」

「いいえ。女らしくない女の私にとっては、王子らしくない王子のが安心するわ」

「ならよかった」


 らしいとからしくないとか。

 そんなのはどうでもいーな。


 大好きで側にいたい。

 それは本物の気持ちだ。


 ここは、どこなんだろうな。

 あの夢はきっと現実だった。だからここがあの世であることは間違いないのだろう。


「バロン様との恋愛の物語は、妹の由真に言わせるとイマイチだったらしいんですよ」

「は?」

「私は、イマイチだったバロン様ルートを正すためにここにきたのかしら」

「……まったく意味が分からないけどさ」


 だろうな。


「君の命は若くして途絶えてしまったんだろう? 十六歳で」

「……ええ」

「ここで、やりたかったことを全部やるといい。全部叶えるよ」


 やりたかったこと……。

 何もなかったな。まだ将来の夢すら抱いていなかった。


「乳のでけー女と付き合いたかったです」

「……自分がなれたな、おめでとう」


 全然おめでたくねー。

 いや、最終的にはおめでたいか。

 

「結婚は……してみたかったわ」

「ははっ。それならよかった。早く言ってくれればもっと早くしたのに」


 これ以上早くは無理だろ。


「同棲もしてみたかったかも」

「よし。罠の部屋にちょくちょく泊まろう。寮の点呼は誤魔化せるから大丈夫だ。あそこにベッドも用意しよう。さすがにそこは学園には黙っておくか」


 え……待て待て待て。

 これから三年半もあるんだぞ、学園生活。ほんとに爛れた毎日が始まるんじゃねーか?


「断らないのか」

「迷っているところです」

「それならいいってことだな。決定事項としよう」


 ま、卒業したらもう甘えてはいられない。この国を背負う人間の妻として、責任を果たさなければならない。少しくらいは……いいのかもしれない。


「……そんなに私が欲しいのかしら?」

「ああ。ロダンに夜這いを計画するなと言われたが、無理だな。堂々と罠の部屋で行おう。君の魅力に抗うことはできない」

「ほんとに王道王子じゃねーなー……」

「君もね。全然王道女の子ではない」


 だから好きなんだという顔で笑い合う。


 オレがワタシでワタシはオレで。

 細かいことはどうでもいい。

 ぜーんぶ取っ払っても、最後に残るのは一つだけだ。


「私、バロン様が大好きです」

「僕もだ、シルヴィア。大好きだよ。ずっと側にいる」


 ここは乙女ゲー厶の世界だ。

 誰かと強く結ばれたなら、きっと待っているのはベストエンドだけだ。


 ゲームとは相手が違うけれど、幸せな今を大切にして、自分らしい未来をつくっていきたい。


 

 好きな奴と一緒にな!



  

〈完〉 

 

 

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