第29話 オレが私に変わる時

「シルヴィア! 大丈夫か!」

「バロン様……?」


 目を開けるとバロン王子が目の前にいる。窓の外を見れば広大な海。


「悪夢を見たのか。寝ながら泣いていた。起こそうとしても起きなくて、どうしようかと……」

「いえ。悪夢ではなかったですよ」

「そ、そうか」


 心配そうな顔。

 ミカン色の髪に金の瞳の……オレの王子。


 さっきと違う。全然違う。その顔を見るだけで好きだなという気持ちが湧いてくる。


「オレ、ちゃんと女の子だったんですね」

「ん? どうした?」

「前世の家族にお別れの挨拶に行ってました」

「え……。あー、すまない。起こしてはいけなかったか。もう一回寝るか。次は泣いても起こさないようにする。悪かった」

「ふふっ、バロン様はすぐに謝りますね」

「シルヴィア……?」


 前世の記憶がある。だから、オレはオレであることにもこだわっていた。


 でも――、別の人間でよかったんだ。


 あっちのオレは、由真の兄貴で。乳のでけー女が好みのタイプで。佐々木家の長男、佐々木拓真だ。


 こっちのオレはシルヴィア。今はシルヴィア・バルフォードだ。王子と結婚もして愛も誓った。


 女の子らしくて、よかったんだ。


「バロン様は、どんな私が好きです?」

「え?」

「口の悪いオレです? 色っぽい私です? それとも純な女の子の私です?」

「……どの君も好きだよ」

「どれか一つになってもです?」

「君は君だ。何も変わらない。話し方なんてどうでもいいんだ。無理をしないでほしい。それだけだ」

「……バロン様は本当に変わらないですね」

「最初から言ってるだろう。君の心が壊れないように側にいると。理由は変わった。君が好きだからだ」


 何度も聞いた。

 でも、完全には信じられていなかった。


「私は女の子でした。ちゃんと女の子だったんですよ」

「あ……ああ。僕は君のことをずっとそう見ている」

「これからは、この世界で女として生きようと思います」

「そうか。よく分からないが、すごくスッキリした顔をしているな」


 泣いていた母さんと由真の泣き声は今も耳に残る。でも……オレのメッセージは届いたはずだ。笑顔で過ごせる日は近いはず。オレがメソメソしていたら駄目だよな。悲しんでるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいにオレも――。


 いや、ワタシか。

 うん……もう「ワタシ」のがしっくりくるな。


「バロン様、これからどうします?」

「シルヴィアに任せるよ。もう一度寝てもいい。海に出てもいい。買い物がしたければ距離はあるが海沿いの街まで出てもいいし、小腹がすいたなら隣の棟までいけば何かはある」


 食事係さんも連れてきてるんだよなー。

 

「バロン様はどうしたいです?」

「シルヴィアに任せるよ。僕のことは――」

「お腹すいてません? 昨日、私すぐ寝ちゃいましたもんね」

「?」


 悪戯っぽく微笑んでみせる。

 

「私のこと、食べなくてもいいのかしら?」

「!?」


 バロン王子の視線が私の胸まできて、すぐに私を見て――。やっぱり好きだな、この顔。ドキリとしている顔。


「ああ。すごくお腹がすいてるんだ。今すぐ君を食べるとしよう」

「え」


 突然、ものすごい勢いで上質なワンピースが脱がされていく。私の同意を求めることすらしない。


 えええええ!?


 ま、まてまてまて。なんかおかしいぞ。今までと違いすぎる。


「ち、ちょっと待ってください。バロン様」

「待たないよ。ずっと我慢してたんだ。君から誘ってくれた。もういいだろう」


 めちゃくちゃガッついてねーか? 本当に王子か!?

 

「ま、真っ昼間ですよ?」

「だからこそだ」

「ちょ、わ、わわわ」

「やっと触れる」

「待って。キャラが変わりすぎじゃないです? そんな、ちょっ……」


 言ってる間にも布が!

 布がなくなっていく!


 なんでだ!?


 いや……さすがに初夜の前も覚悟はしたけどな? ま、まぁ一瞬で寝はしたが、覚悟はした。というか覚悟ってのもおかしいか。オレから誘ったこともあるのに。


「変わっていないよ。結婚もした。なんの問題もない」

「……そんなに順番にこだわる人だったんですね」

「順番?」

「だ、だから、結婚する前はしないっていうか……っ」

「ああ……」


 この状況でやめるとかは絶対ねーよな。こんなに明るい中で……そーゆーのは気にしないのか。


「仕方ないだろう。結婚前にもし僕が暗殺されたり病死すれば、君は傷物になった貴族の令嬢だ。もらい手は、いいとこ後妻がほしいと望んでいる老いたエロじじいとかだろう。そんな奴に大事な君をやるわけにはいかない」


 暗殺……。


「結婚すれば、地位が保証される。君を追い出そうとする奴がいたら、ロダンに消してもらえばいい」


 突然殺伐とした話になったな。


「暗殺とか……危険性があるんです?」

「当然だ。弟を国王にしたい輩は僕を亡き者にしたいに決まっている。ロダンがいるから大丈夫と言いたいが絶対ではないからな」


 そっか……単に貞操観念の話かと思ったら、そんな事情があったんだな。 


「今まで、変な誘いをしてすみませんでした」

「いや、嬉しかったよ。もう誘ってくれないかと思った。あれからずっと君からは何もしてくれなくて、後悔していたんだ。ふざけたりもしなくなった。遠慮ばかりでずっと君は沈んでいた。表情からも、自信を失わせてしまったと思い知らされて……よかった。ずっと君らしさを取り戻してくれるのを待っていたんだ」

「え……」

「後悔はしたくないからね。君がいいと言うのなら、このまま夜まで付き合ってもらおう」


 いや……今、午前中ですが。


「でも、君の嫌がることもしたくないんだ。だから、君に一つ一つ聞きながらにしようと思う」


 ん? え? は?


「まずは確認だ。僕は……どこまで触っていいのかな。教えてくれ、シルヴィア」


 突然、エロス人になったー!

 誰かー!


 なんて答えようかと考えるほど赤くなっていく。緊張して涙目になって――。この身体はまったくもう!


「可愛いな。あ、フラムの実のウォッカもここに置いてあるんだ。たくさん活用しような」


 唾をゴクリと飲む。


 まだ学生だ。もうすぐ一年生の後期が始まる。もしかしたらあの罠の部屋は、こっち目的で使われまくるのかもしれない。


 もしかしたら毎日という可能性も……?


 そんな予感を覚えながら、彼の質問に答えるために口を開いた。


  

 

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