第19話 ロダンと二人
一晩経って、冷静に考える。
あの状況でオレを襲わないって……バロン王子、すごくね? 気分が盛り上がって、それはそれでありかなーなんてあの時は思ったんだけどな。だってもう弟には言ってるわけだろ? おそらく両陛下にも伝わってるだろ? オレの両親にだってさ……ほんと、なんでオレなんだろーな。
いつもの令嬢二人は先にいるようだ。定食を受け取って後ろを振り向いた瞬間に、おいでおいでと手招きされた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう。昨日もアツアツだったらしいわね」
「やっぱり噂になっているのね」
「どうだった? デートは!」
「お揃いのものをたくさん買ってもらったわ」
既に寮の部屋に運び込まれていたんだよな……。掃除のために職員も入り込むから、抵抗はない。貴重品はカギ付きのボックスに入れてある。
「お揃い! いいわね〜」
「ええ。どこに行きたいかと聞かれたから、まずは文房具店でお揃いのものを買いたいってお願いしたのよ」
……デート内容をベラベラしゃべるのもどうかと思うが、多少は付き合いにも必要だろう。だんだんと女同士の会話にも慣れてきた。
「……すごいわね。話せば話すほどにあなたが好きになるわ」
「これ以上、聞いちゃ駄目かしら」
あー……。バロン王子がこの前「あまりいじめないでやってくれ」とか言ってたから遠慮ぎみだな。うーん。オレのせいで好きな女に手を出せないイメージがついたからな。少しは進展していることをほのめかした方がいいか?
「んっと……また少しだけ、仲が深まったかも……しれない」
「え、どんな?」
「何があったの?」
やっぱり女ってこの手の話が好きだよな。瞳がキラキラだ。だんだんオレも楽しくなってきたような……。
「わ、私からその、ほっぺにその、キスしたかなって」
「うぁ〜、いい! いいわね!」
「そのゆっくり具合、癖になってきたわ!」
……いや、実際はもう少し進んだけど……。思い出したらまた赤くなる!
にやにや笑うなよ。
「は、はしたなくないかしら」
「大丈夫よぉ〜」
「そぉよ、そぉよ。嬉しいだけよ〜」
「私も相手がほしいわね」
「その前に定期テストよ。もう迫っているわ」
話題が移ったようだ。よかったよかった。しばらくはバロン王子の話は出ないだろう。そっとしておいてもらえるはずだ。
つか、定期テストか……さすがに頑張らねーとな。王子のゆくゆくは妻になる女として相応しいかどうか、そーゆー目でも見られる。
……そんな未来、想像できねーけど。
オレは今、家名だけじゃない。バロン王子の評価まで背負っているんだ。
♠♤♠♤♠♤
「あれ、ロダン様だけなんですね。バロン様の護衛はいいんですか?」
放課後。いつも王子とここに直で来るわけではない。毎日報告を受け取るためとかで王子は顧問のところに寄るから、オレも不要な荷物だけ寮に置いてから来ている。教えてもらいたい科目のテキストや資料を選んで持ってくる。
「呼び捨てでいいですよ。いずれは、私もあなたの持ち物にもなりましょう。今日は顧問とちょっとした打ち合わせがありまして、バロン様は遅くなります。顧問と一緒なら安全でもありますし、シルヴィア様とお話をする機会をとらせていただきました」
え。
情報量が多すぎるな。呼び捨て? 顧問? オレとお話?
「えっと、顧問と一緒だと安全なんです?」
「王家の裏の仕事もたまに請け負ってもらっていますから。王家の犬ですよ。信用もできます」
なん……だと……!?
「そんなことを私に言ってもいいんですか」
「ええ。いずれバロン様と結婚なさるでしょう」
ロダンもそんな認識なのか。おかしな話だよな。
「……ロダン様はそれでいいんです?」
「私の許可など必要ないでしょう。それから、先ほども言いましたが呼び捨てで結構です」
いきなりそう言われてもな。
「いえ。認めては……ほしいです。あ、でも全然認められないと言われても辛いので、それならそれでこうだったら認められるとかその、希望が持てる言い回しにしてほしいですけど」
「我儘ですね」
「すいませんね」
結局、歓迎してくれるのかしてくれないのかも教えてくれないのかな。ロダンはあまり表情を変えないから分からないんだよな。
「私は、バロン様が生まれた時からこの姿なんですよ」
「……はい」
やっぱりそうなのか。
「今の国王陛下が生まれた時もこの姿です」
「え」
「その時は違う名前でこの学園に同学年として入りました」
「そ、そうなんですか」
なんだ!?
過去の話が始まったぞ!?
漫画だとこの場合、死ぬフラグだよな。この先、何かあるのか。緊張してきたぞ。
「その前の国王陛下の時は違います。昔は自由な恋愛が認められておらず、両陛下に愛人がいることも珍しくはありませんでした。王位継承権の争いや父親が誰だか分からないという問題が出てくると困るので、長男や次男を産んでから愛人をもうけることが多かったです。体の関係のない純愛であることも多く、王妃にとっての愛人が商人をしていました私の父です。なので、先代の国王陛下は私の兄になりますね。母親だけが同じです」
「ええ……?」
えっと、バロン王子の爺ちゃんがロダンの兄!? 混乱するな。
「私の種族は生殖行為をすると、長くは生きられなくなります。性欲もほとんどありません。同族で約三十年、異種間で行為をした場合はもっと短命らしいです」
「な!?」
「一度だけ結ばれて父は立ち去ったらしいので、もうとっくの昔に死んでいることでしょう。子が産まれたことも知らずにね」
「そんな……」
「王室に入れば、なんらかの私の話も耳に入ってくるでしょう。ほとんどの人には私の種族自体シークレットなので、あることないこと噂されています。ですから、今から伝えておこうと思いまして」
「あ、ありがとう……」
情報を整理するだけで精一杯だ。
愛人の子……父親は自分のことも知らない……長い間、老いない……。
「いじめられたりは、なかったんですか」
「なかったですよ。当時の国王陛下にも愛人がいましたしね。長く生きるなら護衛には最適だし、しっかりとした訓練と教育をさせようと。両陛下の間には友情のような絆はあると、母から聞きました」
歪んでいるな。
母……バロン王子にとっての曾祖母か。もう亡くなっている。
異種間で結ばれると獣人が長く生きてしまうと思ったが……逆に早く死ぬのか。
「他の種族の方に、生殖行為をすると短命になることは知らせてはいけないことです。他の方との婚姻を勧められないように、私のご主人様とそのお妃様にのみ伝えています。もしも他の方に漏らしたら、この国ごと滅ぼすと警告もしています。私のことは猫づてにマグナ国の者も知っていますしね。いつでも猫が聞き耳を立てていることをお忘れなくとね。種の存続にも関わるので」
怖いよ! オレに言うなよ!
猫か……全ての猫を操れるなら、獣人と猫の全てが敵になるのか。想像できないな。獣人も長く生きているだけあって魔力が高いらしいが、謎に満ちている。ロダンを見る限り凄そうだ。
「わ、分かりました。絶対に口にしません」
どこに護衛がいるか分からないからな。二度と口にしない。王子に話題を万が一ふられても、スルーしよう。怖すぎる。
「この部屋は、今は音の遮断魔法を使っていますけど、普段は王子とあなたが二人揃った瞬間に外部より認識されない場所となるよう魔法をかけてあります」
……もう罠の部屋じゃねーじゃねーか。そういえば、いつも誰も来ないな。
「なので、私の話をするならここでだけにしてください」
「……怖すぎるので、絶対にしません」
「そうですか。賢明ですね」
正直、知らないままでいたかった。
ん? リリアンは知っている可能性が高いな。ゲームを攻略したなら全て知っているはずだ。口には出さないだろうけど。
「さて、時間もありますし……」
突然、目の前にひよこのぬいぐるみが現れた!
「うぎゃ!」
「……驚く練習をしましょうか。今のは0点ですね」
「そのひよこ、どっから持ってきたんだよ!」
「バロン様の部屋から召喚しました」
「魔力、カンストしすぎだろ! なんも唱えてねーじゃねーか!」
「普段はあえてポーズのために唱えていますけど、あなたと二人なら問題ないでしょう。もう一度出すので驚いてみてください」
「いや、もう少しロダン様の話を頭の中で整理させてください」
「呼び捨てでいいですってば」
うわ、またひよこが!
「きゃぁ!」
「わざとらしいですね。もう一度いきましょう」
王子ー!
早く来てくれー!
今の話を聞いて、少しだけロダンを見る目が変わったと思う。誰かと友人になってこうやってバカみたいなことをして一緒に楽しんで……そうして老いて死んでいく姿をたくさん見てきたんだろう。
苦しいことはきっと多い。
でも、今だけは楽しんでほしい。オレたちといる時間に楽しみを見つけて……そしてオレたちが死んでも、誰かがまた一緒にいてやってほしい。
「ロダン様、オレが死ぬまで一緒にいてくださいよ!」
「……その言葉、バロン様が一番聞きたがっていると思いますよ。あと呼び捨てでいいですって何度も言ってるでしょう。丁寧語も、卒業までには完全になくしてくださいね」
そうか。
ロダンって親しみを込めて呼んでくれる奴も、そんなにいないよな。仕事上ではいるかもしれねーけど。
「ロダンって、友達いるんです?」
「失礼ですね。仕事仲間で気軽に話せる相手はいますよ」
よかった、いるんだ。
「ま、私の老いは遅いので。不気味な存在として認識もされています。王家の謎として何かの呪いを受けただとかまことしやかに囁かれていますよ。ごくごくわずかに混血だと知っている人がいるのと、その場でだけ話を合わせてくれる人が何人かいるだけです」
やっぱりそうなのか……。
「ロダン、ずっと一緒だからな!」
「……だから、バロン様に言ってあげてくださいと言ってるでしょう」
「今度は三人でデートをするか」
「バロン様が泣きますよ。変な同情をしないでください」
同情……同情か。まぁそうかもしれねーな。ロダンのためにも、立派なバロン王子の……その……将来の婚約者にならねーと。
「同情かどうかは分からないですけど、ロダン、一緒にたくさん遊びましょう!」
「ほんと、男か女か分からない人ですね」
「立派なレディになってロダン様に認められるように、とりあえずびっくりした声を頑張りますわ!」
「突っ込むのに飽きてきましたね。どちらかといえば次のテストを頑張った方がいいでしょう」
「さぁ、それではロダン。完璧な乙女の驚き声をあげてみせますわ。さぁ! さぁさぁさぁ!」
「やる気をなくしました」
この日は夕食の時間に迫るくらいにバロン王子が戻ってきた。仲よくなった感のあるオレたちに「思った以上だな」と苦笑しながら、一緒に寮へもどった。
少しだけ悩んでいる様子だったのは気になったものの、風紀委員の報告で何かあるんだろうなと思って、そのままにしておいた。
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