第16話 バロンの弟

 なんだかんだで、いっぱい買ってもらってしまった……。


 お揃いの羽根ペンや万年筆。イレイザーやお揃いのノート。お揃いのコップ。お揃いのひよこのぬいぐるみ(もこもこで肌触りがよかった)。まだまだあるものの、極めつけはアレだ。


 昼食をオシャレなレストランでとったあとに、二人の似顔絵が描かれた世界で二つだけのタペストリーまで注文することに!


 黒歴史になるやつだ……。


 手荷物は今、何もない。

 バロン王子が少し手をあげるだけで、どこからともなくロダンではない護衛の一人が来て学園へと持ち帰りますと受け取ってくれた。


 だからこそ、どれだけ買ったのかよく分からなくなっている。そして、実は何人もの護衛がついている……つまり、口調に気をつけなくてはならないことも理解した。


 ロダンによく注意されているからな。気づいていないだけで、たくさんの連中にいつも見られているんだろう。「オレ」とは絶対に言わないようにしないとな。


「次はどこに行きたい、シルヴィア」

「だんだんと眠くなってきました」

「よし、宿をとろう」

「どうして!?」

「え、眠いんだろう? お金さえ払えば仮眠くらいとらせてもらえるさ」

「もう……私の要求を呑みすぎです。たまには断ってください」

「それは難題だな。できる気がしない」


 やっぱり、富士山に行きたいとか言いたくなるな。つか、足が疲れたんだよなー。


「ゆっくりのんびりしたくなってきました。そろそろ帰って罠の部屋のソファでごろんとしたいです」


 そう言うと、王子がさらっと呪文を唱えた。音の遮断魔法だな。

 

「それなら、近くに王家所有の小さな建物がある。そこに移動するか」

「……なんでそんなものがあるんですか」

「お忍び用の休憩場所だ。たまに弟がこの辺りにくる。僕も昔は利用したものだ」

「なるほど」


 遮断魔法が解かれた。ま、いざという時のために魔力は温存しておかないといけないしな。


 ♠♤♠♤♠♤


「兄上! やっぱり来ると思いましたよ!」

「よし、シルヴィア。学園に戻ろう。疲れただろうから風力車を借りるか。あ、それとも宿でもとろうか?」

「…………」


 ここは魔法世界。わざわざ移動に馬なんて使わない。魔法で動く馬車のようなものに乗って、御者がコントロールをする。浮遊はよっぽどでないと街中では使用しない。空中事故が起こるからだ。

 

 あーあ。まぁ、こうなるよな。ここはゲーム世界。どう考えても、あれはフラグだったな。


「お久しぶりですわね、アラン様。バロン様にはお世話になっていますわ」


 アラン・アルファード。バロン王子の二歳下の弟だ。髪がミカン色なのも含めてよく似ている。瞳の色は金ではなく、スカイブルーだ。オレでないシルヴィアが会ったことがある。少しわがままな印象ではあるものの、年齢を考えれば可愛いものだ。確か……由真がなんか言ってたな。今思い出した。


『もう一人、ミカン髪の男がいるな』

『バロン王子の弟で、サブキャラクター。こっちもシナリオがイマイチなんだよね。同じ人がシナリオ担当だからなー』


 うん。イマイチという記憶しかねーが、サブキャラってことは悪い奴ではないのだろう。


「久しぶりだね、シルヴィア嬢。あ、いずれは姉上になるんだったね。これからは礼を尽くしますよ」


 ……どうして、そんな話がアラン王子にまで伝わっているんだ。


「いえ……まだ正式に決まったわけではありませんし、気を遣わなくても結構ですわ」

「……ずいぶんと雰囲気が変わった気がするな。何かありました?」


 ……鋭いな。前のような勝ち気令嬢風にはさすがに振る舞えない。誤魔化すしかねーな。

 

「愛を知ったからですわ。愛は人を変えるもの。ねぇ、バロン様?」

「あ、ああ。そうだな、二人で育んだ愛がここにあるんだ」


 ちょ、ぎゅっと肩を抱かれたし。

 恥ずかしいな。

 

「……聞いてはいたんですよ。今日お忍びでデートをすることも知ってはいたんですけど……」


 え。何勝手に言ってんだよ。


「王家からいつも以上に護衛を寄越さなければならないからな」


 それもそうか。バロン王子、オレの表情だけでよく疑問に思ったことが分かったな。


「私のためにありがとうございます」

「いや、自分のためだよ。君と出かけたかったんだ」


 あーもー、違う世界にいっちゃってる恋人になってるじゃねーか!


「……兄上もすっかり変わってしまいましたね」

「愛に目覚めたんだよ」


 その相手がオレなんて、可哀想だな……。


「あのシルヴィア嬢がどうやって兄上を射止めたのか気になって、直接聞こうと思って待っていたんですが、どちらも別人のようですね」

「ここに来ることを読まれていたか……」

「それでシルヴィア嬢、何があったんです?」


 オレのが簡単に口をすべらせると思っているな。


「アラン、恋人のあれこれを聞くな」

「それなら質問を変えますよ。兄上と結婚したいから恋人でいるんですよね。どうやって自分が相応しいと認めさせたんですか。いずれ王妃となる覚悟はあるんですか」

「……チッ。アラン、黙れ」


 うわ。バロン王子からビリビリとした威圧感が……突然、空気が凍てついたな。


「兄上、僕は――」

「黙れと言っている。シルヴィアは王妃になる重責を理解している。だからこそ、僕の想いにまだ応えられないとも言われたんだ。覚悟ができるほどに好きになってもらいたいと、僕からデートを申し込んだ。実際には……まだ恋人ではないんだ。シルヴィアを焦らせることは許さない。もう僕たちは戻る。悪かった、シルヴィア。最後まで楽しませてあげられなかった」


 ――っ。


 オレのせいで、言いたくないことを言わせてしまった。また、目が赤くなる。なんて真摯な王子様なんだよ。どうしてそんなに、オレのことを……。


「は? シルヴィア嬢から前はあんなに迫って――、それに、さっき愛がどうとか言ってたのは――」


 弟を無視してオレの手をつなごうとするバロン王子を振り払ってアラン王子に向き合う。

 

「バロン様の想いを受けて、不安になってしまいましたの。だからバロン様の言う通り、少し待っていただいています。だって、私には何もありません。才能も教養もあらゆる分野での能力……全てにおいてバロン様どころか姉にも劣ります。私より優れた方はいくらでもいますわ。私でいいのかとずっと自問自答していますの」


 シルヴィアの記憶の中で一番強いのは姉に対する劣等感だ。だから学園に入るのを楽しみにしていた。姉と比べられない世界で王子に見初められたかった。ゲームの中でリリアンに「こんなこともできないのね」なんて言ってたのだとしたら、自分より劣るくせに王子に気にかけてもらえるなんてという嫉妬からだったんだろう。


「僕は……君がいいんだよ」

「どうしてもその理由が分からないのです。私よりも女らしくて魅力的で迷惑もかけなくて素敵な女性はたくさんいるはずなのに……」

「君といると楽しいんだ。これから何があっても君と毎日会えるのなら、なんだって頑張れる」

「私にそんな価値なんて……」

「君がいいんだ、僕は」

「……っ。バロン様は真摯で優しくて親切でいつも私のことを考えてくれて……私には絶対に釣り合わないのです。でも離れたくなくて……」

「大丈夫だ。離れない、離れないよ」


 どうしてそんなに私のことを……。


 バロン王子が私を包むように抱きしめて、優しく髪をなでる。私の弱い涙腺は耐えきれずポロポロと涙が落ちていく。


 ん……?

 私、か。今、自然に自分のことを「ワタシ」と認識したな。そろそろ「オレ」であることは限界かもしれねーな……。表ではほとんど一人称は私だからな。


 しばらくそのままでいると、フリーズしていたアラン王子がやっとのような感じで口を開いた。


「あー……と。ぼ、僕はそろそろ行くよ。えっと、妃教育とかもあるしさ。まぁ、努力は必要かもしれないけど、どうにかはなるよ。じ、じゃぁ……」


 気まずそうだな。そりゃそうか。こんな態勢だけど、挨拶だけしておくか。


「また会える日を楽しみにしていますわ」

「う、うん。ごめんね。次はちゃんともてなすから」


 ……なんか可愛いな。

 口調も戻っているし。えっとここではオレは十六歳だから、アラン王子は十四歳か。反抗期周辺か? 攻撃的になる時期だよな。よく見るとまだ喉仏も出てねーし、二年前のバロン王子はこんな感じだったのかな。


 もてなしはいらねーけどな……。まだ王家に入りますってのは怖い。けど――、離れるよりはいい。


「いえ。私こそご心配をかけて申し訳なかったですわ」

「僕こそ、ごめん……」


 女の涙に弱いのか?

 あ、バロン王子もそうか。もしかしてこいつも心配性?


「はぁ……。もういいから、去れ」

「はい。失礼いたしました」


 アラン王子が立ち去っていく。


 大丈夫かな。オレのせいで仲が悪くなんねーよな。


「すまなかった、シルヴィア」

「いえ。私のせいで言いにくいことまで言わせてしまいました」

「アランに会わないように次は気をつけるから、また一緒に出かけてくれないか」


 ……王子がそんなに出かけたら駄目なんじゃね? いや、お忍びによくアラン王子も来るんだったか。


「会ってもいいですよ」

「だが……」

「アラン様、可愛いですし」

「はぁ!?」

「バロン様を幼くしたみたいで、可愛いです」

「君はまったく……」


 バロン王子の腕の中は落ち着くな……。


 他の男、他の女、どこの誰と恋人になりたいなんて気持ちにもならない。こうやって抱き合いたいとも思わない。性別がどうとかじゃなくて、オレはやっぱりこいつが好きなんだろう。


「バロン様!」


 少しだけ身を離して背のびをする。


「私、バロン様が好きです」


 この前のお返しにと頬にキスをした。

 驚いて目を丸くするこの王子がやっぱり大好きだ。


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