第2話 部屋の謎

 手を引っ張られてソファに座る。


 ああ、もう逃げられねぇ……。


「僕はね、この学園の風紀委員長なんだ」


 さいですか。そんな細かい設定はオレの記憶にはねーが、シルヴィアの記憶にはある。


「存じていますわ」

「それでね、あらかじめ要注意生徒を拾い出しておきたいというのもあるんだ。暇な時にこの部屋の扉を開けておいて、そこのパーテーションの後ろでくつろぎながら罠にかかる生徒を待つ。で、ここにある何かを盗もうとしたらブラックリストに入れておくと」


 なにー!?

 オレは罠にかかっちまったのか……。よく見ると部屋を二つに分けるように、あっちにもパーテーションが並んでいる。どーりでこの部屋、狭く感じるはずだ。


 しかし、こんなところに入る込む奴なんて他にいるのか?

 

「わ、私は何も盗っていませんわ。それに……要注意人物を拾い出すにしては効率が悪すぎるのでは?」

「ああ、そうだね。半分以上、僕の趣味だよ。暇つぶしの日課みたいなものさ」


 こいつ、ぜってー性格悪いだろ。

 

「それで、だ。関係者以外立入禁止の場所に入ってしまう好奇心旺盛な生徒も、要注意ではあるんだ。何も盗まなくてもね。ブラックリストには入れないけど記録はする」


 そう言ったあとに口角を上げながら意味深な笑顔でこう言われる。


「このままだと、君は突然誰もいない部屋に入って自分の胸を揉みしだいて興奮しないことにガッカリしながら服を脱ごうとした女生徒として記録されることになる」


 ぐぉあ!!!


「そ、それだけは……」

「でも、君にはどうやら複雑な事情がありそうだ。教えてくれたら僕の胸の内に留めておくだけにしておくよ」

「…………」

「教えてくれるかな」


 これはもう、仕方ねぇな……。


 ここはヨーロッパでもナーロッパでもねぇ。まさにゲームですねといった世界だ。シルヴィアの記憶とオレの中の常識を比較すると、全ての設定が元々の製作者の考えによるもの。要はなんでもアリ――常識自体がこのゲームの独自色に染まっているようだ。

 

 王族も貴族も自由恋愛が認められているし、富裕層の平民との結婚も普通にアリだ。さすがにまともな身元は必要だが、あらゆる部分がそれなりに自由。前世の記憶があったからといって、精神病棟に押し込まれることもないだろう。いろいろとゆるい。


 ま、ゲームってそんなもんだよな。現実ではありえねーイベントをガンガン起こさなければならないわけだしな。


「はー……、もう話しますわ。その方がよさそうなので」

「それはよかったよ、助かった。脅すのは好きではないんだ」


 んなこたねーだろ。嬉々としていた気がする。


 そうして――、オレはゲームのことだけは伏せて今の状況をかいつまんで話した。バロン王子は訝しげな顔で聞いていたけれど、ふむふむと頷いてはいた。


「そんなわけで、前世が男の私はどうしてもこの胸が触りたくて人がいなさそうなこの部屋に入ってしまったわけですわ。同じ男なら、分かっていただけますわよね? ついさっき前世を思いだしたからそうなっただけで、次からは自分の寮の部屋でだけ行ないます。今後、ご迷惑はかけませんわ。もう放っておいてください」

「……なるほどね……」


 あーあ、言っててひでぇな。

 ま、でもコイツだって同じ男。女の胸くらい揉みてーはずだ。分かってくれる……に違いない。


「それが本当だとすると、大変だね」

「何がです?」

「君は貴族の娘だ。いずれ誰かと婚姻しなければならないだろう。結婚適齢期になればご両親に促され、見合いの場も設けられるはずだ。心が男だとすると……できるの? いろいろと」


 いろいろとー!!! セクハラじゃねーか、王子のくせに。やっぱりただの男だな。


「……分かりませんわ。気が進まないことは確かですわね」

「それからもう一つ、男の自覚があるのにその口調で話せるのはなぜ?」

「頑張って取り繕っているんですわ。この子、シルヴィアの記憶もありますから」

「ちょっとさ、君の心の中での口調で話してみてよ。そうでないと信じられない」


 ……ま、そうか。お嬢らしくしているしな。信じてもらえなければ記録されてしまう。それだけは阻止しなければ。さすがにシルヴィアの両親や姉に関する記憶もある。オレの未来のためにも両親や姉のためにも、オレを変態にするわけにはいかない。変態娘がいる家だと思われたら末代までの恥だ。


「分かりましたわ。それでは今から言う私の言葉はバロン様に信じていただくためということで、全て忘れてくださいね」

「ああ」


 ……よし。

 覚悟を決めて息を吸った。

 

「正直、困ってんだよオレだってさ。いきなり乳のでけぇ女にされたって、まずはやることっつったら乳揉むしかねーだろ。ただ、興奮しねーんだよ、おかしなことにさ。こちとらそのことに絶望してんだよ。男じゃなくなっちまったのかってさ。もうほっといてくれよ。部屋に帰らせてくれ。一人になりてーんだ」


 バロン王子が目を白黒させている。さすがに優雅な王子様ってやつにこの口調は刺激的だったか? 信じてもらうために、より男らしくはしておいたしな。


「以上ですわ。帰らせてください」

「君は……心の中ではずっとその口調なのか?」

「そうですわね」

「それは大変だ。このままでは君の心が疲弊するだろう。疲弊して……何をしでかすか分からない」


 は?

 なんか雲行きが……。


「分かったよ、信じる。君のことは僕の胸の内に留めておくよ。ただし条件付きだ」

「え……」

「君の事情を知るのは僕だけ。そうだろう? 少なくとも君にとっては」

「そ、そうですわね」


 そりゃ、さっきコイツがオレになったんだからな。……なんか言葉に含みがあるな。

 

「君は要注意人物だ。僕の中ではそう決まった。これから、できる限り君の側にいるとしよう」

「え。必要ありませんわ」


 なんでだよ!

 ミカン王子に付きまとわれるのなんか、ごめんだっつーの!


「拒否権はないよ。君を野放しにしておくのは危険そうだ。それに……君にとっても悪い話ではないと思うよ」

「迷惑ですが」

「これから、君はいろんな男から口説かれるだろう。この学園には、家系を継ぐ必要がある者が多い。結婚適齢期になれば結婚相手を親に探されてしまう。恋愛結婚をしたい者は多いし、君には歳の離れた姉がいて既に家を継いでくれる男性と結婚している。土地や資産も多いだろう。支度金も期待できる。今後、たくさんの男性に言い寄られるよ。今まで通り僕以外目に入らないような態度でいれば振り払えるけど……それができる?」


 ああ……、こいつ美人で乳もでけーしな。金があって家柄もよくてならそうなるか。


 この学園は魔法に特化した名門校だ。基礎教育のあとに入る学園の一つ。セキュリティが行き届いているからこそ学費も高い。入るのは貴族や富裕層ばかりだから、身元も徹底的に調べられる。学力や魔力も大事だが、入学の第一関門は家柄だ。


 確かに今まで寄ってくる男もいたが、バロン王子しか目に入らないといった感じで袖にしていた。そうか、今後もああしないと言い寄られるのか……。鬱陶しいし気持ち悪いな。


「そうして僕もね、女性たちの熱視線が凄まじいんだ。もう嫌気が差している」


 羨ましいな、ちくしょう。その中から頭がよくてやさしくて乳がでけー女を選べばいいじゃねーか。よりどりみどりだろ。


「だからね、君に夢中になっていることにしておこうかなって」

「はぁ!?」

「そうしておけば、まだマシになるはずだ。それに、君の側にいることに疑問も抱かれない。言い訳にはもってこいだ。君なら面倒なことにもならないだろう」

「いや……それは……」


 オレは試されているのか?

 こいつの前にいると、弱い女になっちまった気にさせられる。男なのか女なのかを問われ続ける気がする。


「ここで二人きりになって、君が男の口調で話す時間も可能な限りとろう。そんな場がないと君の心が壊れてしまうかもしれない。自分が自分でいられる場は必要だ。悩みがあれば僕が聞こう」

「…………」

「そうでないと、君の心はすぐに悲鳴を上げるよ」


 どうしたらいいんだ、オレは。このままだとオレの心は壊れるのか? ずっとこんな女のフリなんてしていたら……。確かに……確かに、男として話をできる奴はいた方がいいかもしれない。


「大丈夫だ、悩む必要はないよ。君に選択権はないのだから安心するといい」


 悩んでいるオレにやさしげに微笑むコイツは、まるで悪魔のようだ。


「悩まないで済むようにもう一度、脅してあげるよ。さっきの君の一連の行為……記録されたくはないよね?」

「……分かったよ。勝手にしろ」


 ため息をついて、オレは考えることを放棄した。


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