男のオレが悪役令嬢に転生して王子から溺愛ってマジですか 〜オレがワタシに変わるまで〜
春風悠里
第1話 悪役令嬢に転生ってマジですか
「ここは……どこだ?」
待て待て待て待て……。
突如としてオレに意味の分からない記憶がなだれ込んできた。グラント侯爵家の娘であること。貴族としての教育を受けてきたこと。第一王子のバロン・アルフォードを慕っているものの、そいつはオレに無関心だってこと。
まずは冷静になろう。
今は……そうだ、王立学園にいるんだ、オレは。廊下の窓から見える平和そのものの中庭と青い空が憎らしい。突然おかしな世界に紛れ込んだのならパニックになりそうだが、シルヴィアの記憶があるお陰で多少は冷静になれる。少なくとも、ぎゃーっと叫ばずにはいられる。
ここでのオレ、シルヴィアの記憶を辿ると一年生の講義は基本的にこの棟では二階まででしか行われない。三階はそれぞれの学部の関連施設やらなんやらで物置きや高度な実習室なんだろうなと意識から閉め出していた。三年生以上になると入る機会もありそうだけど、人は少ないはずだ。
今は放課後。寮はここから遠いし今は二階にいる。とりあえず人のいないだろう三階を目指そう……。
スタスタと歩きながら現状を思い出す。
オレは佐々木拓真、男だった。高校二年生で、夜に腹が減ってきのこの山とたけのこの里の食べ比べでもするかと財布を持って家を出た結果がこれだ。トラックが迫ってきたと思ったらなぜかスカートを履いている。
まさかだろ。トラックは都市伝説通りに、異世界への転移魔法陣だったのか…………。いや、別人間になっているから転生魔法陣か?
こいつが慕っていた王子のバロンという名前は、オレの記憶の中にも存在する。妹の由真がよくリビングでくつろいでいるオレに鬱陶しく話しかけてきた内容に登場していた。
『この「魔法使いと秘密の約束」、マジ神ゲーなんだけど! 兄貴もやんなよ、男磨けるよ』
『はぁ? 男に口説かれてたまるかよ』
『ただ、王子のバロン様ルートだけは王道すぎて、ハイハイこの展開ねって飽きるんだよね。一回クリアしたら満足かなって。ビジュアルがいいだけにもったいないよね。捻りがないってゆーかさ。バロン様とサブキャラエンドだけシナリオ担当が違うんだよね』
『心底どうでもいい……。見たくもねーし、見せてくんなよ。なんだよこの髪の色。ミカンかよって』
『オレンジに近い金髪も基本でしょ。そーゆーわけでさ、メインキャラはバロン様ルート以外最高だから、騙されたと思ってやってみてよ。これクリアした友達いないから寂しいんだって。物語としても面白いしさ』
『やらねっつの。ミカン王子と勝手にイチャついてろって』
『だからバロン様だけイマイチなの!』
男はバロン王子しかまともに覚えてねー……。しかしそのお陰で分かる。ここは、意味不明だが、乙女ゲー『魔法使いと秘密の約束』の世界だ。オレの記憶のバロン王子とシルヴィアの記憶のバロン王子のビジュアルが完全に一致する。
なんでだよっつの!
四階まで来ると、廊下を歩いている生徒は一人もいなくなりやっと人心地ついた。オノボリさんのように周囲をキョロキョロと見回す。
この部屋の扉は……物置きっぽいな。
ひときわ質素な扉が目に入り、開けることにした。とにかく人目につかない場所に入りたい。鍵がかかっていれば違う部屋を探すだけだ。
――コンコン。
一応、ノックをして返事がないことを確認するとノブに手をかけてみる。
「うわ」
目の前には木製のパーテーションが置かれていて『関係者以外立入禁止』と書かれている。
どうすっかなー……。
中に入って扉を閉めてしばし考える。
この乙女ゲー世界は、タイトルの通り魔法を扱える世界でもあるようだ。オレの……シルヴィアの記憶がそう告げている。ド派手な一面焼け野原にするようなファイアーなんかは使えねーけど、国民のほとんどは大なり小なり魔法を使える。つまり、魔法の変な仕掛けがある可能性も考えられる。
が、関係者以外立入禁止ならほとんど誰も来ないはずで……。
「よし、行ってまえ」
恐る恐るゆっくりとパーテーションの前を通って部屋の中に入りこむと――。
「やっべぇ……」
高級そうな飾り棚には、珍しそうなものがたくさん置いてある。マジックアイテムかもしれないし、手は出さない方がいいだろう。机や本棚もアンティークな色合いで、学園というよりも講師の部屋に近そうだ。……扉は質素だったし、なぜか部屋も思ったより狭いけど。
「お、いいものが」
等身大の鏡を見つけた。めちゃくちゃ大きい。
「やっぱりシルヴィアか……シルヴィアなのか……」
由真に見せられたゲームパッケージには悪役令嬢であるシルヴィアも載っていた。やはり記憶の通りにそのままだ。長い銀髪に赤の瞳も特徴的だが、それより何よりデカい乳! だからこそ覚えていた。
早く人がいない場所に来たかったのは、コレを触ってみたかったのもある。
「いいよな、自分だし。さ、触っても……」
罪悪感を持ちつつも、グワシッと勢いよく手をのせる。
これはっ――!
柔らかい……ふにふにして癒やされる……ずっと触っていたい……しかし……!
「興奮しねぇ……オレは男として終わっちまったのか……」
全然まったく興奮しない。自分を押し倒したくもならない。
「しかし、女ってずるいな。嫌なことがあってもコレ触ってれば忘れられるんじゃね?」
弾力がいい……でもな……もう飽きてきたな……どうしてだ……。
「よし、脱ぐか」
「はい、そこまで。ストーップ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然背後から声をかけられて振り向くとバロン王子が立っていた。オレは驚きのあまり、尻もちをついてしまった。
いってぇ……。いや、そんなことより。
急いで立ち上がると、シルヴィアのこれまでの記憶を思い出して優雅にスカートの裾を持ち、腰を少し落とす。
「あら、バロン様。ごきげんよう。こちらの部屋にご入用だったのですね。好奇心から入ってしまいましたわ。申し訳ありませんでした。それでは失礼いたしますわ」
ソッコー逃げよう。
「待ってくれるかな」
待てるかよ。
「行かないでよ、聞こえているよね」
パシッと腕を後ろから掴まれた。
「離してください。無断で入ったことなら謝りますわ」
「さっきの君の独り言だけどさ」
やっぱり聞いていたのかよ!
「独り言くらい好きにさせてくだい。バロン様には関係ありませんわ」
どうにか振り払って猛ダッシュで逃げないとな。
「うーん……仕方ないな。この部屋、関係者以外立入禁止なのになぜ開いていたと思う? 当てたらこのまま解放してあげるよ。当てられなかったら逃がさない。関係者以外立入禁止なんだよ? さすがにもう少し聞き取らせてもらうよ」
はぁ? うっぜぇ……。なんか意味があったのかよ。オレの腕を掴む手の力が強い。弱い女の体になっちまったんだと思わされる。うーん、今日からもう少し鍛えるか。
さて……扉が開いていた理由か……。って、分かるわけねーだろ!
「……手を離していただけないかしら。少し痛いわ。クイズごっこには付き合っていられません。もう入りませんからお許しください」
「それは失礼。逃げられたら困るんでね。それなら、手を握らせてもらうよ。今すぐに立ち去りたいなら、理由を考えてみて?」
握手するように両手でぎゅっと手を握られた。
男なんかにおててを握られたら、気色悪く感じるはずだ。それなのに、シルヴィアのこいつを好きだった記憶が邪魔をして、そんなに嫌な気はしない。
くそ……オレはどうなっちまったんだ。
獲物を品定めするような金の瞳に見つめられながら手を握られて、少し恐怖も感じる。じわぁっと目が赤く……。おいおい、涙腺まで弱くなったってのかよ。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ」
「分かりませんわ。なぜこの部屋が開いていたのか。お願いします、許してください」
こんなの、完全に女じゃねーか。行動も言動も……。
「女の子の涙には僕も弱い」
「それなら――」
「でも、そんなことでは王子は務まらないんだ。分からないのなら仕方ないね。そこのソファに移動しよう」
そうして……混乱した頭のまま、王子におててを引っ張られてソファへと連行された。
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