第一回さいかわ葉月賞 大賞について

第一回さいかわ葉月賞にご参加いただき、誠にありがとうございました。

主題、開催時の宣言通り、「犀川の独断と偏見と気まぐれ」の結果、下記を大賞とさせていただきます。(敬称略)


風鈴/旗尾 鉄


 わたしが小説を書く上で絶対に必要だと考えているものが二点ありまして、ひとつが作家自身から滲み出る説得力で、もうひとつは読者が寄り添える文書または共に進んでいける話のスピードになります。本作は両方を満たしており、更に後者については葉月賞随一出来栄えでした。


 わたしは人様の作品を評価する際、内容に入る前にまず小説の全体の構成を眺め、作者がどういう考えや姿勢でこれを書いているのか、作者自身が読者に何を伝えようとするのかを読み取とろうとします。実はこの時点でわたしの中の評価の大半は決まっていて、内容は順位を決めるために読んでいる感じです。もちろん、全体構成うんうんが不明でもお話自体がものすごく面白い作品もたくさんありますので、最終評価はあくまでもトータルの結果で決定いたしますが、いかに「作者の情報」を読み取るのが大事かと考えていることは間違いないところなのです。

 

 特別賞であるきみどりさんの「中で光る」、優秀賞である竹部 月子さんの「失恋エモーショナル」、そして本作。正直に申し上げれば、今回どれが大賞でも良いと思っていました。この三作はわたしにとってとても好きな作品だからです。

 ではなぜ本作が大賞かといいますと、先述いたしました「読者が寄り添える文書あるいは共に進んでいける話のスピート」が他の二作よりわずかに優れていたからです。死に向かっていくプロセスが非常に丁寧で慌てず時間をかけていて、なおかつそれを受け入れる様まで書き上げております。旗尾さんがここまでの死生観を持っていて書いているのかはわかりませんが、少なくとも小説の世界においては、十分にリアリティを感じさせるだけの内容になっておりました。

 

 話にわざとらしい感情の起伏をつけることもないですし、大げさな話を用いることもなく、文字通り「現代ドラマ」として素晴らしい出来でした。

 風鈴の音を命の鼓動や懐かしい人の生命に例えながら、自分の命という灯篭が少しずつ川下へと運ばれていく内容は、言葉に出来ないしみじみさと死というものを抽象化せずに、現実という世の中における一現象であるように手繰り寄せています。――人はやがて死ぬ。このもっともらしい言葉に一体どれだけの現実味があるでしょう。作者にとって読者にとって「死」というこの一文字が実感のあるものとして取り上げられるには、十分な年齢と経験が必要でしょう。ですが、そんな現実に直面せずとも、この小説はそのことに僅かながらかもしれませんが触れることができるのです。


 いつもは直接内容に触れ言及していくのですが、本作は是非とも読んでほしいと思います。この作品ついて、わたしにできるのは賛辞を贈ることであって、内容を説明することではないなと思ったからです。どこまでがリアルでどこまでが創作かは判別できませんが、人間の普遍的なドラマとしてとても優れている作品です。


 とにもかくにもわたしにはどストライクで、何も申し上げることがないくらいに秀逸な作品でした。ここにその栄誉を称え、葉月賞者の称号を贈りたいと思います。

 おめでとうごさいます。(犀川 よう)

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