第一回さいかわ葉月賞 最終選考対象者の感想

 第一回さいかわ葉月賞にご参加いただき、誠にありがとうございました。


 入賞はお渡しできませんでしたが、最終選考対象になりました作品につきまして感想を書かせていただきます。(更新順・敬称略)


いきものがかり/あづま乳業

ひとこと:ほの暗い恋の行方。


 本作、発想も豊かですし、内容もほの暗いながらも本格的で、はかない恋愛感情も滲ませているというなかなかに高度な内容で、書くのに苦労したのではないでしょうか。「ずっと死人に恋をしているわけには、いかないんだぞ」という一言、しみますねぇ。作者の気持ちと気迫を感じるシーンが多々ありとても好きです。ありがとうございます。


砂風呂おじさん/筋肉痛

ひとこと:おじさん最高!


 この作品、おじさんは際立っていて好きですね。しかもただ変態ではなくてラストにおじさんのイリーガルな人間味を出してきたのもツボりました。テンポもいいですし、うまい具合にネタを、全裸を出してくる演出も見事です。

 これだけの小説を書けるなら、下ネタ書かないでちゃんとしたもの書けるでしょうに、敢えて挑戦なのでしょうか。個人的にはナイストライで好印象なんですけどね笑。ありがとうございます。


グラスの空に咲く/めいき~

ひとこと:oh……。


 なにやら、読んでるこちらまで夏休み仕事をさせられているような気分になりますね。体験談ですかっていうくらいにリアルな状況。そして青山さんのダメっぷり。会社は2割の有能が8割の無能を食わせているという現実をまざまざと見せつけられるようなお話でした。

 ラストはざまあまではいかないでしょうが、スッキリということで、とにかく自分にこんな状況が来ないことを祈りたくなる一作でした。ありがとうございます。


いつかの優しい夏/鳥尾巻

ひとこと:とてもうまく情緒不安定さを表現しています


 前作とは打って変わってストレートな恋愛小説ですね。でも非常に読み応えがありました。女子の情緒不安定という揺れを過大でも過少でもない適切なサイズで描いているので、文章のリズムを壊していないのが高評価ポイントですね。

 いつもの素直な恋愛小説でもなく、さりとてゴリゴリな文学性の小説でもない。良い意味での複雑性と単純性を兼ね備えている作品だと思います。タロちゃん、最後の最後で良かったねと、おばちゃん視点でほっこりいたしました。ありがとうございます。


今年も夏を迎え打つ/花恋亡

ひとこと:天才なんですけどね……。


 わたしが思うに花さんは「カクヨム作家界の天才」としか言いようのない人なのですけど、あまりにも天衣無縫すぎてお題通り書いてくれないので、いつも評価できないんですよね(泣) シリアスでもギャグでも自在なのは重々承知していますので、「花ちゃん、お題に沿ってちゃんと書こうね? ってわたしゃ幼稚園の先生かっ!」みたいなこと叫びたくなるわけです。「チャーハン食べたい!」って言っているのを十分理解しているくせに、チャーハンにわざわざカレーをかけて持ってくるから、「ん〜これは怒れない!」ナンデスよ( ;∀;)。

 ほとんど私信みたいになってしまいましたが、内容は言うまでもなく面白かったです。というか最高でした。しかもカレーをよけて食べれば高級中華のチャーハンなんですよね、コレ……。ありがとうございます。


盆・VOYAGE/紫陽_凛

ひとこと:よいお盆の世界。


 卯月賞以来、紫陽_凛さんの作品はシナリオを書く力が秀でていて物語への没入感がすごいと思っております。今回は不思議と言えば不思議ですし、お盆といえばお盆な感じのするお話でとても面白かったです。人物がきちんと書きわけられているのも商業作家さんの実力を見事に示しております。素人がプロの作家さん相手に勝手な希望めいたことを漏らすと、シナリオを盛り上げる心理描写や情景描写に対して更に手を尽くした作品を読んでみたいなと思いました。ありがとうございます。


トンネル、抜ける/古間木紺

ひとこと:これはかわいらしいお話。


 最初の募集欄の下りからワクワクさせてくれる良い作品でした。カクヨムでも線で募集欄を囲えるように表示できるといいなと思わせてくれました。ペンギンのアカシもかわいいですし、文章とストーリーが丁寧かつ簡潔なので非常に読みやすかったです。アカシを通した夏はキラキラしていながら物語自体は重厚さもあっていいですね。ありがとうございます。


すういむ/押田桧凪

ひとこと:とてもキュートな話を書いてくれましたね。


 子育ての黄金時代を彷彿とさせるような小春ちゃんのかわいらしさに、思わずほっこりしたママさん作家も多いのではないでしょうか。かくいうわたしも息子や娘の小さい頃を思い出して夏を振り返らせていただきました。

 私が小春ちゃんに対して二人称的に書いているのがまた、小春ちゃんをフォーカスしている感じがして読者に好印象を与えております。三人称だとこういう雰囲気は出せなかったかもしれませんね。

 わたしにとっては過ぎ去りし夏でしたが、良いお話でした。ありがとうございます。

 

燈火の器/帆尊歩

ひとこと:これもまた人間という存在ではないでしょうか。


 人間の感情はどうやらロジカルに徹するには弱いものらしく、恋愛がらみになると我を忘れるものですが、本作もそんな恋の迷子を引き合い必然の結果へとみちびかれていったのでしょうか。経緯から行為、そしてラストへと流れていくストーリーは本格的な小説であることを証明している見事な出来でした。特にラスト周辺がいいですね。いい大人のさまよいを誇張することなく淡々と記していくところがわたし好みです。ありがとうございます。


Heavenly Blue/縦縞ヨリ

ひとこと:情景と情感が滲み出ているリアルさ。


 同性愛という一言では片づけられない二人の心情とそれを彩る背景の世界が非常にリアルかつ細かく描かれていて素晴らしいと思いました。わたしには彼らの本当の気持ちに寄り添うことができませんが、いち読者として幸せを願ってやまない気持ちにさせてくれる作品でした。田舎と都会のギャップも描くことで現実のギャップも表現していて完成度の高いお話でした。ありがとうございます。

  

冷蔵庫の女/ぬりや是々

ひとこと:これは貴重な作風ではないでしょうか。

 

 本作のすごいところは物語の語りが終始一貫してフラットなんですね。盛り上がるわけでも落ち着くわけでもない。なにか恐ろしいまでに冷ややかな平坦さで描かれております。内容はまったくもって普通ではない事態なのに、文章だけがこの世界の事情など知らんといわんばかりな均一さに驚かされました。

 冷蔵庫を使った幼馴染への偏愛あるいは執着というテーマはわたしも大好物なのですが、ここまでと語る作品は珍しなと思い、大変興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。


赤い烏/亜咲加奈

ひとこと:これは良く出来た歴史小説ですよ。


 歴史小説を書いたことがある人にしか伝わらないかもしれませんが、本作は陸遜という武将の憤りだけではなく、「口惜しさ」が文章から滲み出ていて非常に素晴らしいです。しかも一人称という、やもすれば歴史小説では薄っぺらい二次創作になりがちなスタイルで描いてるのにという点においても、見事としか言いようがないです。

 わたしも歴史小説を書いておりましたし、陸遜のここに至る経緯も知っています(すべて主君孫権がボンボン育ちなのが悪い)ので、興奮してしまいました。よく勉強されてしかも感情をこめて書けていると思います。ありがとうございます。


八月の空/クロノヒョウ

ひとこと:避けては通れない夏


 日本人として人類として避けては通れない夏。それでいながら直視するには心の勇気と覚悟のいるテーマを真摯に描いております。凄惨な歴史から目を逸らさぬよう怖がってはいけないという後ろめたさもありながら、真正面からこのテーマに向き合うというのは簡単なことではありません。せめて忘れないようにはしたい。そう思わせてくれる作品でした。クロノヒョウさんらしいしっかりとしていながらも読みやすい文章でした。ありがとうございます。


夏のヴァンパイア/諏訪野 滋

ひとこと:初期に発表しても耐えぬいた名作


 最初の方に出すとやもすると忘れられたり、新しい作品に目が奪われがちですが、本作はしっかりとしたストーリーと文章力がある本格派なので、色あせることなく輝いておりましたね。

 百合の好き嫌い関係なく上手く書けていると思います。二人の女性を書き分けてラストまでの感動を溜めながら進めてますね。良い小説というよりも素晴らしい映画を観ているような気持ちになりました。ありがとうございます。


以下、予選免除枠の作品です。免除組はそもそもすんごいのを書くので、批評を入れさせていただきます。


Nagashi-Somen/しぇもんご卯月賞者・水無月特別

ひとこと:さいかわ賞始まって以来の問題作。


 本作、本当に物凄く悩みました。何日も悩んで、ついには選者たちに意見を聞いたくらいなんですよ。

 結論から申し上げますと、「いち読者」としてのわたしは皆さんと同じ「わけわからん!(満点)」で、めちゃくちゃ面白くて楽しませていただきましたけど、「選者」としてのわたしは、かなり悩むところがありました。

 一人称で心情表現と状況描写の両方をするという難度の高い手法にチャレンジしたのではないかと推察いたしますが、ちょっと両立が厳しかったのかなあと思ってしまいました。

 おそらく三人称で書いてあれば、実況や解説にもっと起伏がつけられ、真面目がゆえに笑えるという、最高の作品になったのではないかと思います。少なくとも、読者がどこに視点を置いて読んで良いのかの不安や、誰から語り(説明)を受けているんだろうという困惑やストレスからはフリーになるのではないかと思います。あまりにもストーリーに没入感があるので、「私」と「内容の解説」が分離できないという一人称の基本的な表現方法に限界が見えてしまったのです。

「仮にわたしが書くとしてこのスタイル(一人称)で表現しようとするのであれば、文章のスピード感を落として情景描写を控え目にし、心理描写を厚めにして読者に共感と説得を丁寧に与えつつ、サビの部分は怒涛の解説をする。たまに「私」以外の人間に解説させることによって、三人称的な視点を担保しつつ……いや、それでは文章構成ではいいけれど、せっかくの世界観が台無しだなぁ……」

 なんて、そんなことを何日も考えておりました(笑)。

 とにもかくにも、わたしを大いに悩ませ、文章の良し悪しの判断を超えていったのはある意味偉業ではないでしょうか。ありがとうございます。


アマネは神様に恋をした/未来屋 環水無月賞者

ひとこと:ストーリーか人間か。


 水無月賞では恋愛感情表現の試行錯誤中ということで、小説がやや説明的といいますか「頭」で書いている感じを受けたのですが、本作は感情がのっている作品だったと思います。目の前に憧れのいる女子を好きになる男性を描くというコンセプトはとても良いと思いました。コンサートで意識を集中させるくだりはとても上手でしたよ。わたしも引き込まれました。

 さらなるパワーアップポイントとしてはやはり、女性の描き方でしょうか。女性が女性を書くって意外に難しいんですよね。詳しくは書きませんが女性は常に「女性」を装っているイキモノなので、どこにリアルさを求めるのかがとても難しいのです。野郎は言動がですから楽なんですけどね(失礼)。

 根本的な話として、未来屋水無月賞者は、自分は「話」をメインに書きたいのか、「人」をメインに書きたいのかということに対する結論をお持ちでしょうか。どちらでも、どちらともでも構わないのですが、自分の書きたい対象という芯を持って小説に挑むと、さらに深みとリアリティが増すのではないかと思います。ありがとうございます。


雲だけが、みていた。/@zawa-ryu水無月賞者

ひとこと:岐路に立つ。


 水無月賞通り、誠意と丁寧さが滲み出ている良い作品でした。「THE夏!」という素晴らしい出来で、初参加であれば間違いなく特別賞以上を贈りたいところです。内容については特に何も言うことがない良作だと思います。

 問題はここからなのですが、わたしを含め人間は欲深いもので、次作はもっと良い作品を求めてしまうのです。つまり@zawa-ryu水無月賞者は、「同じ作風でより良い作品を書く」か「違う作風で書く」か「あくまでも変わらぬ作風と質で書き続ける」かの選択を無言のうちに強いられているということになります。(少なくともさいかわ賞に出す作品は)

 普通の作家であればわたしは「同じ作風でより良い作品を書く」か「違う作風で書く」をオススメするのですが、@zawa-ryu水無月賞者の作風はある意味、いじってはいけないくらいに”正しい”ので「あくまでも変わらぬ作風と質で書き続ける」という選択肢も有力になります。ですが、そこは賞レースなので、同じ作風や質を連続で出すと読者に飽きを覚えさせてしまいます。

 ということで、@zawa-ryu水無月賞者とってここからが作家として岐路ではないかと思うのです。正解はありません。どこに向かって進みたいのかを悩んでみて頂ければと思います。ありがとうございます。

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