何者でもない何かの何者

エリー.ファー

何者でもない何かの何者

 何者かが坂の上でこちらを見ていた。

 太陽を背負っているため、影である。

 黒く塗りつぶされた世界がそこに人の形を成していた。

 白い世界も見える。

 何もかも、白の中に落ちているはずだった。

 坂の上の誰かは、当然ながら高い場所から人を見下ろしていたが、それが慣れているから、というよりも行き着いてしまったかのように見えた。

 

 この白い四角形の中に人をいれるのだ。

 何もかも嘘になってしまう前に、逃げるのだ。


 あの坂の上にいるのは、誰か。

 誰も知らないのだ。

 きっと、ずっと知らないままだ。

 その誰かにとっても、こっちはうかがい知れぬ何かであり続けるのだろう。

 寂しい、と誰かが口にした。

 何もかも消え去ってこその坂の上。

 白い雲がかき消える。

 白い世界は、坂に合っていない。

 今更、何をしようというのだろう。

 この坂は、坂の上の誰かのために、坂の下にいる誰かのために。

 何を積み重ねようとしているのか。

 知りたいことばかりだ。

 しかし、坂はただそこに存在するばかりである。

 季節感などない。

 春の美しさも、夏の苛烈さも、秋の豊潤さも、冬の残酷さも。

 すべて持ったうえで、ピアノの音をバックに笑う坂である。

 この坂には魔物がいて、ずっとこちらを見つめている。

 そして。

 この坂には魔物が必要なのだ。

 坂は魔物ではない。

 坂に魔物が潜み。

 坂が魔となったのだ。

 誰かの叫び声がする。

 何者かになろうとしたのに、何者にもなれないまま歳だけ重ねてしまった残酷さを黒く塗りつぶしたような勢いがある。

 声が聞こえなくなった。

 静かである。

 まるで死、そのものではないか。

 無機物には、表情がない。

 感情がなく、私たち人間を見つめるばかりである。

 音の中に見える、一と三と死が、私たちを遠ざけてくれるのだ。

 意味を見出そうにも、私たちには私たちにとって信じやすい答えが並ぶばかりである。

 嗚呼。

 真に目覚めよ。

 つむじ風に襲われる夢の中で坂を抱きしめていかなければならない。

 そう。

 私たちが坂を視界に入れているだけなのだ。

 坂は私たちのことを知っていて、見つめていて、興味を持っているだけなのだ。

 それ以外は、何もない。

 私たちは坂を作り出し、そこに上りと下りを作り出した。

 客観性など何もない。

 もしも、私の知っている視点に坂が存在しているというのであれば、音と音の間に耳を澄ませることしかできないだろう。

 やっと、目が覚める。

 坂の上に誰かがいる。

 その誰かが私を見つめている。

 笑顔だが、泣いている。

 いつか、坂の上に行きたいと願っていたというのに、その坂を歩く時間こそが宝だと知ったのだろう。

 坂の上には何もない。

 何もないところから上がることはできない。

 空しいまでの空。

 青ざめるほどの青空。

 白々しいほどの白雲。

 もしも、私に何もかもあって、これからも坂を見下せるほどの力があるのならば。

 あるというならば。

 

 私を坂にしてください。

 これからずっと、そこに居続けます。

 もちろん、絶対に動きません。

 誰かが、上を目指そうとする姿勢を応援し続けます。

 冷静な、冷酷な、冷徹な坂ではなく、体温のある坂になってみせます。

 神よ。

 嗚呼。神よ。

 どうか、ここに道を。

 そして、夢に囚われた若者の屍を用意して下さい。

 坂の角度だけで、復活させてみせましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何者でもない何かの何者 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ