02【下らないほどの幸せを】
───世界最強になったくらいで、幸せになれるのか。
なれるに決まってンだろ。
むしろ幸せになるべきだと、声高らかに主張してえ。
なンせ『世界最強』だぜ? ただの『最強』とは訳が違ぇ。
どんな最強も手も足も出ねえほどの、無敵で無敗の圧倒的最強。全世界の全人類を見下ろす絶対的なただ一人! それが世界最強だ!
ああ、実にいい。夢がある。
夢も見れねえ人生とか、面白くともなンともねえ。
───幸せとは何か。
つまンねぇ事訊くなや。
ンなもン、『楽しむ事』以外にねえ。
ワクワクする敵と戦って、疲れたー! つってウマいもん食いまくって、死ぬまで女抱き潰して、良い一日だったなーつって風呂入って寝る。
それ以外に何があるよ。
───なら、幸せになれたのか?
……俺? 俺か?
参ったな。そう言われると、返す言葉がねえ。
果たして俺は、幸せと言えるのか?
世界最強になって、世界の頂点に一人で立って、俺は幸せになれたのか?
もしかしたら、そンな下ンねえ事を考えちまってる時点で、とっくに俺は幸せになれてねえのかもしれねえと……そう思っちまうわけだ。
ほんと、下ンねえ事に。
※※※※※※※※※※
「貴様が厄災の化神、『破壊王』アーサーだな!? 各地で繰り返す貴様の悪行、破壊行為の数々! 神が見過ごそうとも我ら『魔装騎士団』が見過ごせん! 貴様はすでに包囲されている! その邪悪な命、ここで派手に散らすがいい!!」
街を散歩していただけで、なぜか破壊王認定されてしまった。
白と赤を基調とした軍服に身を包む、九割男の集団が辺りを囲む。
『魔装騎士団』と言えば、魔力を武器の形にして戦う『魔装騎士』を国中から集めて結成した、この国最大規模の戦闘部隊だったはずだ。確か。おそらく。多分。
「行くぞ!! 世界を愛する仲間達よ!!」
先頭に立つ騎士の掛け声に、周りの騎士達が一斉に動く。
ある者は虚空から『大剣』を出現させ、ある者は掌から巨大な『盾』を生成し、ある者は『弓』を、ある者は『槍』を、ある者は頑丈な『鎧』を己の身に纏う。
「破壊王!! 討ち取ったりぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
なんだかよく分からなかったので、とりあえず襲い掛かって来た騎士共を一人残らず空の彼方へ吹き飛ばした。
───アーサー。一八歳。男。魔術師。肉と酒と女が好き。
「我々は『国境なき聖女の集い』。下界に混乱と悲劇をもたらす『大悪魔』とは、アーサー、貴方の事ですね? 無辜の民を惑わせるその大罪、慈悲の御使いたる我々とて見過ごせません。さあ、我らが『聖導魔法』の前にひれ伏し、その魂を跡形もなく浄化させなさい」
街にいても面倒な事に巻き込まれるだけなので自分から出て行き、とりあえず近くの森に捨て置かれていた古い教会に寝泊まりしていただけなのに、いつの間にか大悪魔判定を食らっていた。
純白の修道服に身を包む、見るからに清らかな印象を持つ女性の集団。
しかしその実、『国境なき聖女の集い』は自分達の気に入らない組織を見つけ次第喧嘩を売り、そのまま叩き潰して支配下に置いてしまうという超過激派な宗教団体だ。……という話を、風の噂で耳にした事がある。
「刮目しなさい。父たる神の御加護を」
教会の入り口を塞ぐ女性の集団が、皆一様に呪文を唱え始めた。
直後、キラキラと輝く雪のような白い光が、彼女達の周囲に立ち込めた。
空気中の『精霊』を使役し、あらゆる現象を巻き起こす『聖導魔法』。
その発動の合図。
「それでは
せっかくのハーレム状態なので、聖女達を一人残らず叩き伏せて脱がして襲い掛かって何日間も抱き潰してクタクタにして骨抜きにしてやった。
───『世界最強』『天下無敵』『神殺し』……異名は数知れず。
「立ち上がるのだ! 巨悪に負けるな! 守るべき者のため、愛する者のため、命を懸けて立ち向かうのだ! 見よ! あれが敵の姿だ! 『魔王』アーサー!! 我ら『勇者一行』が必ず、お前を打ち倒してみせる!!」
あれ以上森の教会に留まっていてもつまらないので、近場の
聖剣を掲げる少年を筆頭に、杖を持った魔術師の女や、毒の付着したナイフを握る盗賊の男、そして謎の老人で構成された意味不明な四人組が、愛と勇気の力でダンジョン内の魔獣を蹴散らしながら迫って来る。
「立ち止まるな! 突き進め! この世界のために!!」
どうやらこの世界のために突き進んでいるらしい『勇者一行』を、アーサーは昼寝のためにダンジョンごと吹き飛ばした。
───『破壊王』『大悪魔』『魔王』『特級災害』……悪名も数多く。
「邪法には邪法。悪には悪。私の『呪術』で骨の髄まで呪い殺してあげますわ」
「女神様から貰ったSSSランク『ユニークスキル』……『超絶強化』! 対象:片手剣! 強化詳細:+50000000!! これでお前も一撃だ!!」
「俺の使役する魔獣は約二〇〇〇体。その全てが神獣級だ。さて、テメエは俺の全力が見れるかな?」
「この世界を流れる運命が、僕の味方をしてくれるのさ。『豪運』の力、とくと見せてあげるよ」
「私の『錬金術』は宝具も錬成する! これでアナタを串刺しにしてあげる!」
「小生の『五大元素魔術』が、お主の息の根を───」
「『魔装術』を極めたワシに勝とうなどと一〇〇年早───」
「人々の祈りこそ我らの力! 『召喚儀礼』に不可能など───」
「皆! 『水晶魔術』だ! 色んな魔術が内包された水晶をセットして───」
「長きに渡る特訓により身に付けた『万物無効化異能』には───」
「漲る『超能力』を」
「ウチらの『妖術』を」
「私の『精霊召喚』で」
「俺様の『刀剣絶技』で」
「この『異界術』で」
「僕の『契約魔法』で」
「ソレガシが持つスキル『状態異常』で」
「あなたを『超回復魔法』で」
「俺の『結界術』で」
「私の『無次元魔術』で」
「この『スキル鑑定』で」
「わたくしの『神装魔法』で」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
「この『力』で、お前を倒す!!!!!!」
もはや誰が何者なのか全く覚えられないので、全員まとめて海のど真ん中に放り投げた。
───将来の夢:『冒険者』。
『貴様が侵入者か。我が棲み処に土足で踏み込むその所業、よほど命が軽いと見える。この「グレイブルドラゴン」の怒りを買うとどうなるか、人間如きの矮小な身でとくと思い知れい!』
二つの国にまたがる、標高数万メートルの巨大山脈。
その頂上に足を踏み入れたら、なんとすでに先住種族がいらっしゃった。
最も最強に近いとされる『伝説の魔獣』・グレイブルドラゴン。
全長はもはや肉眼に収まり切らない。それほど巨大な畏怖の化神。
文明よりも先に産まれ、文明が滅びた後も生き続けると言われる伝説そのもの。それが今、アーサーの目の前に立ちはだかっている。
でも、ダメだった。
少年のやる気はもう、そこで尽きてしまった。
街も、森も、ダンジョンも、あっちも、こっちも、どこもかしこも。
どこに行っても、何をしていても、必ず誰かが襲い掛かり、突っかかって来て。
ゆっくり眠る事もできず、心地良い風呂に入る暇もなく、かと言えば楽しい戦いにもならず、ワクワクもせず、襲って来た奴らを適当に薙ぎ払うだけの日々。
……これが夢の果てかとアーサーは思う。
魔術を極め、世界最強となり、この世の頂点に立ったはいいものの───冒険者パーティからは追放され、あらゆる街や国からも拒絶され、森にもダンジョンにも住みつけず、ようやく登り切った山の頂上ですら、
冒険がしたかった。
まだ見ぬ何かを見たかった。
知らない何かを見せつけてほしかった。
だが、見渡す限りが既知。襲ってくる全てが塵芥。出会う何もかもが有象無象。
退屈で、平坦で、暇で、欠伸が出て、飽き飽きして、興味もそそられず、楽しくもなく、遊んでやろうとも思えず……やっぱり退屈で、退屈で、退屈で、退屈。
下らない。
心の底から、つまらない。
『無様に朽ち果てろ!! 人間風情!!』
ズドッ!!!!!! という閃光が、グレイブルドラゴンの口から放たれた。
本来であれば、その一撃だけで都市を丸ごと消し飛ばすエネルギーの奔流。
放たれた衝撃波だけで山脈全体が震え、山頂から見える景色全てに凄まじい轟音が降り注ぐ。
そんな圧倒的な一撃を、真正面から見据えながら、
「失敗だ」
緊張感など欠片もなく。
アーサーは、呟く。
「いつンなったら成功できンだ。俺ぁーよ」
直後だった。
伝説など霞んでしまうような、強烈極まる猛威が吹き荒れた。
───というわけで。
「……下ンな」
いつものようにそう吐き捨てて、少年は血にまみれた己の体を見下ろした。
いつものように、それは自分の血ではない。
いつものようにその少年は、どこの誰とも分からない奴の鮮血と肉片にまみれながら、この下らない世界を、つまらなく生きている。
「どぉーすっかなぁ、これから」
そんなこんなで、どうやらまた失敗してしまったらしい。
ぼんやりそう察したアーサーは、改めて自分が撒き散らした惨状を見渡す。
「……どぉーすっかなぁ……」
一〇〇体近くのグレイブルドラゴンの死体で出来た山。
その山頂に腰を下ろしながら、アーサーは溜息まじりにそう呟いた。
本当にまさかだった。
グレイブルドラゴンを一体殺したと思ったら、山脈の向こうからゾロゾロと仲間が現れるなんて考えもしなかった。
いいのだろうか。伝説が一〇〇匹もいて。
あるいは、これほどの数の巨体が住める場所が地上には無かったから、こんな山奥に住み着いていたのか。
そして山奥なんかに住んでいるから、大した伝説もないのに、勝手に伝説と謳われてしまったのか。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ……」
いずれにしたところで、今となってはどうでもいい。
その伝説ならすでに、あらかた屠ってしまった。
無傷で、ノーダメージで、掠り傷一つなく、アーサーの圧勝だった。
おかげで大山脈を丸ごと削り取り、平地にしてしまったが……別にいいだろう。他人様の家を壊したわけでもないし。
ただし、困った事が一つ。
「よぉーやく見つけた静かな寝床だってのに、自分で壊しちまうとか……クソダサ過ぎンだろ」
本末転倒もいいところ。
なにせ二つの国をまたぐ大山脈。相当な事でもない限り誰も邪魔しに来ないし、大した事情でもない限り追放される事もないだろうと思っていたが。
皮肉にも、『相当な事』も『大した事情』も、まさに自分の事だった。
「……どぉーすっかなぁ」
そして、ようやく見つけた寝床すら、自分で消し飛ばしてしまったわけだ。
なるほど。自分の一番の敵は自分だったという事か。
しかし、考えてみれば当然の事。
なにせアーサーは世界最強。この世の頂点だ。
そんな自分を苦戦させられる奴なんて、この世界にはもう、自分自身しか残っていないのだ。
本当に、下らない話だ。
「……行くか」
どこに? ───自分に問う。
「……どっかに」
出てきた答えは、答えになっていなかった。
しかし、何はともあれ行動をしよう。ここに留まっていても仕方がない。
いや、留まっていた方がむしろ厄介だ。騒ぎを聞きつけた『騎士』だの『聖女』だの『勇者』だのが、また変な勘違いを起こして攻めて来ないとも限らない。
「つまンねぇ……どこもかしこも」
世界最強になってなお、寝床一つも手に入れられないというのなら、本当に下らない世界で最強になってしまったものだとアーサーは思う。
……いいや、もしかしたら。
「はぁーあ……全部、全部、失敗だ」
下らないのは世界ではなく、自分の方かもしれない、なんて。
そんな下らない事を考えながら、アーサーは今日も一人、自分が作り上げた惨状から、のんびりゆっくり立ち去っていく。
途中、騒ぎを聞きつけた『極神魔導士』と名乗る連中が、なんたらかんたら呪文を唱えながら襲い掛かって来たので、とりあえず近くの森ごと吹き飛ばした。
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