第69話 本当のさよなら

 ジパングのオーアライから船で大陸へと帰る事になった。

 私達はラディアンス王国へ一旦立ち寄り、元の世界へと帰る事になる。

 それまでは、お父様と一緒にいられるんだ。それがとても嬉しい。


 「ところでさ。」

 「はい?」

 「ディーナちゃんとシャルルちゃんがこの世界に来た本当の目的って、何なんだ?」

 「もう、お父様。ちゃん付けは直さないんですね。」

 「うーん、だってさ……」

 「あはは、お父様の気持ちはわかります。でも、できれば“ちゃん”は無い方が良いです。」

 「そう……そうだな。これは俺の気持ちだもんな。分かったよ、ディーナ、シャルル。」

 「「 はい! 」」

 「あはは、敵わないな。で、どうなの?」

 「私達の本当の目的は、修行なんです。」

 「修行、か。つまり、強くなるため、だよな?」

 「はい。昨夜話した“コア”の再封印ができるまで、私達が脅威を取り除こうと思って。」

 「何か、凄いよな、その考えがさ。でも聞いた限りじゃ兄弟姉妹もいっぱいいるんだろ?なぜ二人で?」

 「他の兄弟姉妹には、辛い想いをさせたくなくて……」

 「実際、この世界に来てとても辛い想いの連続でした。こんな辛さは他の人にはさせなくて良かったって痛感しました。」

 「そうか。強いな、ディーナ、シャルル。俺にもその強さがあればなぁ。」

 「お父様……」


 「何をぬかすかと思えば。二人のその強さは貴様譲りなんだぞ?」

 「あー、まぁ、そうなんだろうけどさ。」

 「それに、この二人に限らず貴様の子はみんなお前と同じくらいの芯の強さを持っているんだ。ミトを見てもわかるだろう?」

 「ミト、なぁ。いや、ホントにびっくりしたけどな。まさかミトが姫神子だったなんて、な。」

 「想いは皆同じだ。それは皆お前から受け継いだものだよ。強さも優しさも、泣き虫もな。」

 「あはは、ひでぇな。そんなに俺って泣き虫か?」

 「「 はい! 」」 

 「即答かよ。」

 「ふふ、でもな、貴様は私にもそれを教えた。貴様のせいで私も涙を流すようになってしまったんだぞ?」

 「そうなのか。それは悪かった、のか?」

 「いや、感謝してるさ。」


 のんびりと、本当にのんびりと、船旅の時間を過ごせた。

 とても貴重な、とても大切な時間になったんだ。


 船は港町に到着し、馬車に乗り換えて今は一路ラディアンス王国を目指している。

 この旅も、もうすぐ終わる。

 ラディアンス王国に近づくにつれて、寂しさだけが募ってくるようで、何だか気持ちがざわついてしまう。

 だって、それはお父様との二度目の、永遠の別れの時が近づいているって事だから。


 「ねぇ、お父様。」

 「何だいシャルル?」

 「今お父様ってギター持ってるの?」

 「ああ、ラディアンスに置いてあるよ。何で?」

 「カスミお母様から聞いたの。お父様ギターが上手だって。」

 「そうなのか。そっちの俺はお前達に弾いて聞かせたの?」

 「ううん、一度もなかった。ギターが無かったから。」

 「そうなのか。」

 「私、お父様のギターが聴きたい!」

 「あはは、わかったよ、ラディアンスに着いたら聴かせてあげる。あんまり巧くないけどな。」

 「たしか、“ポジティブ・フォワード”って言う曲だったはずです。」

 「へー、また渋い選曲だな。オッケー、任せなさい!」


 そんな話をしていると、ラディアンス王国の王都が見えてきた。

 城壁をくぐり、城の前まできた。

 なぜかとても寂しい、そんな気持ちが心に満ちている。

 それは、私とシャルルだけじゃないみたい。

 ルナ様もウリエル様も、言葉少なにそんな表情を見せている。


 そして、城門を過ぎたところで……


 「おかえりなさい、タカヒロ様、そして、ディーナ様、シャルル様、ルナ様も、ウリエル様も。」

 「ただいま、サクラ、みんな。」

 「サクラ様、いえ、サクラお母様、ありがとうございます。」

 「あら、お母様になりましたね、やっぱり。うふふ。」


 サクラお母様も、やはり気付いていたのね。

 もしかするとお父様から聞いたのかもしれないけど。


 「あなたが、ディーナ?」

 「お前がシャルルか?」

 「「 お母様!! 」」


 思わず言ってしまった。

 私のお母様、アルチナお母様とシャルルのお母様のシャヴィお母様だ。


 「うふふ、お母様だなんて、何か不思議な感じですね。」

 「ああ、まだ子を宿した事もないが、なんとなくわかるな、私の子だっていうのが。」

 「で、でも何で?」

 「あら、私の子なら分かるはずですよ?」

 「あ、使い魔!」

 「うふふ、そうです。あの山の時から見てましたよ。」

 「「 お母様…… 」」


 何か、不思議な感覚だなぁと思う。

 とっても若々しいお母様達。

 違和感もないし、いつものお母様のように感じる。


 「さ、まずは長旅の疲れと汚れを落とそう。温泉は無いけど、風呂でさっぱりして、その後でサダコの紹介がてら宴会だ!」


 そうして、お父様達との最後の夜を迎える事になった。

 その宴会が始まる前の事だった。

 姫神子様を伴って、シヴァ様が現れた。そのシヴァ様の横には、小さな女の子がいた。

 ネージュそっくりな、雪子お母様だ。

 これで、お父様が前に進むためのカギが全て揃った事になる。

 そして、その過程でピラトゥスお母様とネモフィラお母様も加わるんだろうな、きっと。


 「あなた達が……そう、そうなのね。」

 「「 ミト大お姉様…… 」」

 「初めまして、になるのかな。どう?あっちの世界は平和なままなの?」

 「はい、でも。」

 「お父様は……」

 「そう、なのね。でも、パパも幸せだったんでしょうね。あなた達やウリエル、ルナを見ればわかりますよ。」

 「あの、ミトお姉様はもしかして……」

 「そう、あっちの世界で姫神子として存在し、別世界へ戻った私よ。その別世界の未来がここなの。」

 「それじゃ、別世界の人じゃなくお父様の実際の?」

 「その辺はかなり複雑だよね。でも、そういう事よ。」


 何か、とても不思議な感じがする。

 ミト大お姉様だけは、この世界では私達と直接繋がりのある人って事だものね。


 その夜は盛大な宴会となった。

 お父様は約束通り、ギターを弾いてくれた。

 とても心に染みる曲だった。というか、ギターを爪弾くお父様の姿は新鮮だったし、きっとずっと記憶に残るだろうな。

 私もシャルルも大泣きしたのは言うまでもなかった。

 そして。


 「こ、これは?」

 「ああ、行き掛けの駄賃という事でな、拝借してきた金塊だ。純度は極めて高い。」

 「いや、そうじゃなくて、何で俺に?」

 「こんなモノは私達には必要がないモノだ。それにな、お前のこれからを考えると資金はあって困る物じゃない。」

 「だ、だけどさ。」

 「本当なら、こんなモノではなく別の形でお前に感謝をしたいのだが、あいにくもう私達は……」

 「あ、ああ、そうか……うん、わかったよルナ。これは受け取っておくよ。」

 「不要なら国民にバラまくなりしてくれ。」

 「それも良いけどな。でも、これはしかるべき時に有難く使わせてもらうよ。ルナの気持ちを想いながらね。」

 「ど、どうして貴様はそう……」

 「ん?」

 「い、いや、何でもない。すまないな、押し付けたみたいで。」

 「なに、いいさ。ルナ、ありがとう、本当に。」

 「……」



 そして、翌朝。

 とうとう、お父様とのお別れの時が来てしまった。


 「元気でな、二人とも。必ず願いが成就するよう、ここから祈っているよ。」

 「う、うん、あ、ありがとう…うう…お父様……」

 「グスッ、ありがとう、お父様ぁ……」


 私とシャルルは、お父様の胸に飛び込んで泣いた。

 これで、本当にお別れなんだ。

 ひとしきりお父様の胸で泣いて、そして離れた。

 悲しさはない。寂しさはある。

 でも

 今は感謝の気持ちの方が大きい。

 お父様に、だけじゃない。今ここに居る、そしてここへ連れて来てくれた方々に対しても。


 「いろいろとすまなかったな。もう二度と逢う事はないが、元気でな。」

 「もう一人のアタイに、よろしくな。」

 「ああ、ルナもウリエルも、ありがとうな。」

 「何、礼を言うのはこちらの方だ。それと、な……」

 「お前ら、ごめんな。ちょっとタカヒロを借りるぜ!」

 

 お母様達に向かってそう言うと、ルナ様とウリエル様は、順番にお父様に抱きついて口づけを交わした。

 

 びっくりするお母様達。

 というか

 私もシャルルも驚いた。

 口づけもそうだけど、ルナ様もウリエル様も、涙を流したから。

 ルナ様の涙は見た事あるけど、ウリエル様の泣いたところは初めてだ。

 やっぱり、ルナ様もウリエル様も、お父様をとても深く愛していたんだね。

 

 「それじゃ!お元気で!」

 「お母様達も、ありがとうございました!」

 「ああ、元気でな!」

 「さよなら!」


 笑顔でお別れできた。

 それが、何よりも心に残る。とても安らかな気持ちになる。

 私達は、見えなくなるまで手を振りあったんだ。




 「ねぇ、何て言うか、寂しいけど、嬉しい気もち、だよね。」

 「うん、何か不思議な気持ちだよね。でも……」

 「お前達、吹っ切れたような感じだな。」

 「そうですね、吹っ切れたというか、お父様と笑顔でサヨナラが言えたことが嬉しいのかも知れないです。」

 「私も、そんな感じです。」

 「そうか、お前達もか。」

 「そういうルナはまだ未練もあるんじゃねぇのか?」

 「ん?そうかもな。でも、お前もそうなんだろう?」

 「ア、アタイはその、そんな事……」

 「お前がアイツにキスするとはなぁ。」

 「な!ばッ!お前だって!」

 「私達、びっくりしました。」

 「ルナ様もウリエル様も、本当にお父様を愛していらっしゃるんですね!」

 「「 う…… 」」


 馬車はミノリさんの森まで来た。

 ここから、元の世界に戻るんだ。


 「お疲れ様でしたね、皆様。ディーナさんもシャルルさんも、見違えましたね。」

 「ミノリさん、色々お世話になりました。」

 「いいえ、私はそれほど大したことはしていませんよ。むしろ、貴女方にお世話になりましたし、ね。」

 「まぁ、今になって思えば、最初にここに来たというのは僥倖ではあったな。」

 「ええ、やはり何かに導かれているのですね、皆様は。」

 「そう、かも知れないな。」

 「うふふ、さて、間もなくお別れのようですね。あ、出現したようですよ。」


 ミノリさんの木の隣に、白い渦が出現した。

 あれが、帰るための渦、みたいだね。


 「それじゃ、ミノリさん、ありがとうございました、あ、あの……」

 「お父様達の事、よろしくお願いします。」

 「はい。承りました。あなた達も、頑張ってくださいね。」

 「「 はい! 」」

 「ルナ様も、ウリエル様も、ね。」

 「ああ、世話になった。ありがとう。」

 「あんまり話もできなかったけど、まぁ、アイツをよろしくな。」

 「さよなら、ミノリさん!」


 こうして、私達は白い渦へと飛び込んだ。

 長かった修行の旅は、これで終わったんだ。



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