第56話 怒りと悲しみ、そして……

 コアが存在しない、という事が確認できたのが成果といえば成果なのかな。

 そんな世界で、こんな世界を、お父様はどうしていくんだろう。

 それは、どれほどの苦難の道なんだろう。


 私もシャルルも、そんな事ばかり考えてしまう。

 ルナ様もウリエル様も、おそらくはお父様の行く末を案じているんだと思う。


 ただ一つ言えることは、お父様一人では絶対に成しえないだろうという事だ。

 どんなに頑張っても、魔族や龍族、シヴァ様達、それに人間の協力なしでは不可能に近い、とルナ様は言う。

 ただ、その絆を結ぶ事こそが、お父様がここに来た理由なのかもしれない、とも。


 少し残念な思いを引きずりながら、私達はカルメンへと向かっている。

 明日にはカルロのいる集落に辿り着くと思う。

 野営の準備をしていると、カルロの集落方向から2人の人が走ってきた。

 着の身着のまま、というか、所々怪我もしているようで疲労困憊の様子だ。

 よく見ると、カルロの近所の、挨拶を交わした人たちだ。


 「ど、どうしたんですか!?」

 「あ、あ、き、君たちはあの時の……」

 「怪我をしているじゃないですか!え、これって!」

 「わ、私達の集落は、盗賊集団に襲われました……」

 「「「「 !! 」」」」

 「何とか私と彼だけが逃げきれましたが、集落の他の者は……」

 「カ、カルロ……」

 「あ、えっと、ひとまず怪我を!」


 二人の男の人に治癒の魔法をかけて怪我を治した。


 「こ、これは!」

 「魔法、なのですか?」

 「これは他言無用でお願いします。」

 「ルナ様、ウリエル様!」

 「ああ、今すぐ向かおう。」

 「あなた達はこのままクッタの街へ。」

 「この食料はあなた達で食べてください。」

 「え?集落へ向かうのですか?」

 「行かなくちゃ……」

 「じっとしていられない!」


 彼らを残し、そのまま集落へと馬を走らせた。

 ただならぬ雰囲気を察してくれたんだろう、馬さん達は全速力で月明かりの闇夜を駆け抜けてくれた。

 そして、東の空が明るくなる頃、集落の入口に到着した。

 そして、絶句した。


 ある家屋は壊され、ある家屋は火に包まれている。

 その周辺には、無残にも殺された人々が……

 生存者は、生存者の気配は感じられない。


 頭の中が真っ白になった。

 血の気が引いていくのがわかる。

 私達は、そのまま一目散にカルロの家へと走った。

 そこで目にしたのは……


 「お、おじいちゃん……」

 「……」

 

 家の前で、斬られて絶命しているおじいちゃんの姿があった。


 「カ、カルロ……カルロは!」

 「カルロ!いるの!?」


 カルロを探しに家の中へと入った。

 そこには。


 「な、なんで……」

 「こんなことって……」

 

 私とシャルルは動けなかった。

 その場で立ち尽くしていた。

 カルロは、あの元気でかわいいカルロは、身体を斬られ目を開けたまま絶命していた。


 どれだけそうしていただろう。

 何も考えられなかった。

 何もできなかった。

 涙があふれているのが分かる。

 でも、私もシャルルも無表情のままだった。


 しばらくしてようやく体が動いた。

 私とシャルルは、動かない、冷たくなったカルロを抱き上げて目を閉じさせて、力の限り抱きしめた。

 ルナ様は無言で、やはり涙を流しそんな私達を見ていた。


 後頭部が熱い、全身の毛が逆立つ感覚がわかる。

 悲しみよりも、ドス黒い憎しみの感情だけが湧いてくる。

 でも、そのままカルロの亡骸を抱きしめて、涙を流し続けるしかできない。


 「ディーナ、シャルル、あ、あのな、カルロを、休ませてやらないか?」

 「「 ウリエル様…… 」」

 「おじいちゃんと一緒に、手厚く、な。安らかに眠らせてあげないと、さ。」


 そのウリエル様の言葉が切っ掛けだったんだと思う。

 私とシャルルは、冷たくなったカルロを抱いたまま大声で咽び泣いたんだ。





 カルロとおじいちゃんは、家の裏手に埋葬した。

 悲しみ、そして怒り。

 そんな感情が渦巻く。


 「ルナ様、ウリエル様。」

 「私、こんな事をする人間が許せない。」

 「二人とも……」

 「なぜ、なぜカルロが、おじいちゃんが、こんな目に会わなくちゃいけないんでしょうか?」

 「どうしてこんなにも軽々と命を消すことができるんでしょうか?」

 「これが人間、と言いたいが、もはやこれは人間の所業ではない。モンスターと同じだ。」

 「私、カルロとおじいちゃんの仇を取りたい。」

 「私も、カルロの、おじいちゃんの無念を晴らしたい。」

 「何より、この怒りをどうしたらいいかわからない……」

 「私とて同じ気持ちだ。だが……」

 「あー、良いんじゃないか。アタイは反対しない。だけどな。」

 「ウリエル様?」

 「怒りに、憎しみに飲み込まれるな。難しいとは思うがな、常にカルロの笑顔を思い浮かべておけ。」

 「そう、だな。二人とも、行くぞ。」


 ルナ様も、珍しく怒りの表情を露にして怒気を放出している。

 こんなルナ様を見るのは初めてだ。

 そして私達は、カルロと出会ったあの森の所へと走った。



 ―――――


 

 「まぁ、仕方がない、か。できればこんな思いはさせたくなかったんだがな。」

 「おばちゃん、誰?」

 「おば……ま、まあいい。私はな、あのお姉ちゃん達の知り合いだ。」

 「そうなの?」

 「ああ、だけど、済まないな。お前を助けることができなかった。」

 「あ、俺、死んじゃったの?」

 「そうだ。今のお前は魂だけ、そうだな、言ってみればお化けだ。」

 「はえー、お化けってこんななんだね。凄いよ、浮かんでるよ!」

 「お前、死んだのに悲しくないのか?」

 「うーんとね、ちょっと悲しいけど、でもこれで父ちゃんと母ちゃんに会えるんだよね?」 

 「あ、ああ、そうかも……知れないな。」

 「あ、俺カルロっていうんだ。おばちゃんは?」

 「私はアズラーイール。ルナおねぃちゃんの知り合いみたいなもんだ。」

 「お姉ちゃん達は?」

 「もうすぐまたここに戻ってくる。カルロ、ディーナとシャルルに最後の挨拶をしたいか?」

 「うん!」

 「わかった、じゃあ、ここで待っていような。」



 ―――――



 居た。

 見つけた。

 間違いなく、集落を襲った盗賊集団だ。

 30人程いる。

 と


 「誰だ!てめえら!」

 「へへへ、獲物だろうよ、お!女だぜ!」

 「いいおもちゃが自分から来たってか!」


 気配を消すなんてしていない。

 何しろ今は怒りが爆発しているんだ、そんな気は毛頭ない。 

 逃げようとしても逃がすことなんてしない。


 「あなた達に一つ聞きたい。」

 「あー?なんだと?」

 「あの集落の人たちはなぜあなた達に殺されなければならなかったんですか?」

 「なんだコイツ。」

 「そりゃな、俺らに金を出さなかったからだ、ひゃはははは!」

 「お前らはその体を俺らに寄こせ、可愛がってやるからよ!」

 「……わかりました。もう、良いです。」


 もはや怒りと憎悪は、突き抜けてしまったらしい。

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