第37話 力なき正義と正義なき力


 山賊団の本拠地へと着いた。

 王国の兵士による攻城戦が展開されている真っ最中だった。


 「これは!ローズ達は無事なのか!?」

 「これだけの兵力を向けていただなんて!」


 規模としてはざっと見ても300人程は居る。

 王国側は皆鎧をまとい剣を装備した、正規兵のようだ。

 固く閉ざした門の上から、山賊団の人が矢や投石、魔術で応戦している。

 とはいえ、木材とかを組んだ柵と石垣だけなのでかなり心もとない感じだ。

 脆弱な柵でも持ちこたえているのは、ローズお母様達の魔術のお陰なのかも知れない。

 でも、援軍、はないんだろうか。


 お父様は素早く、兵の中へと向かって言った。

 サクラお母様と英雄様一行も同様に、攻城戦を仕掛けている兵の背後から襲撃する。


 300人の兵とはいえ、英雄様一行や、今のお父様相手ではものの数じゃないかもしれない。

 とはいえ、多勢に無勢だし、ここは私達がいかないと……


 「それはいいけどよ、お前ら、人間を殺す事に戸惑いはないのか?」

 「人間を殺める事はできません。可能な限り、動けなくなるように無力化するだけです。」

 「まぁ、それもできるんだろうけどな、いいか、人間同士の殺し合い、よく見ておけよ。これが人間本来の姿、世界だ。」

 「……はい。」


 私達が乱入して、ものの15分くらい。

 本拠地を取り囲んでいた王国兵士は、一人残らず無力化された。

 私達が相手をした兵士以外は、全員、殺されている。

 動かない骸が目に入る。

 年若い、まだ青春真っただ中であろう青年も、無残に切り刻まれている。

 

 気持ち悪かった。

 吐き気がした。

 眩暈がした。

 体の震えが、止まらない……

 これが、戦争。

 これが、人間。


 「お前達が生きるあの世界は、こういう無意味な惨劇を起こさぬよう、あのコアがある。」

 「そしてな、あいつはこんな世界を知っていたから、こうならないように命を削り続けたんだよ。」


 体に力が入らない。

 涙が頬を伝う。

 涙の意味が、解らない。

 だけど……


 「しかし、な。今のままだと、タカヒロも同じように殺される可能性もある。

 人間同士が殺し合う事になど、何の意味もない。それがたとえ何かを、誰かを守る為だとしても、だ。

 かつての私がそうだったように。」

 「ルナ様……」

 「だが、タカヒロはそれを知っている、いや、知っているはずだ。それを無意味な悲劇であると私に教えてくれたのは、あいつなんだから、な。」

 「……」

 「だから、だ。この世界のアイツには、これ以上人々の罪を背負わせちゃいけないんじゃないかな。」

 「ウリエル様……」

 「実際アイツには見ず知らずの他の人間のことなんざ全然関係ない事かも知れない。けどな、アイツはそれを背負い込んでしまう。

 愚かなくらいにお人よしで優しいアイツだ。その想いに、押しつぶされちまうかもしれない。」


 コアが存在しないかも知れないこの世界。

 こんな世界で、お父様一人が気を吐いたところで、この世界は変わらない。

 なら、この世界のお父様がすべきこと、進むべき道って……

 

 「ルナ様、ウリエル様。」

 「私、お父様が行くべき道を示してあげたい。」

 

 「ああ、このままじゃアイツは潰れるだけだ。なら、だ。」

 「あいつには仲間が、目的が必要だ。それを、お前達が示してやるんだな。」


 「「 はい! 」」


 ―――――


 戦いの後始末も終わり、私達を含めた全員が大きめの建物に集められた。

 サクラお母様が全員にこの騒動の顛末を話し、その中で仲間に加わった英雄様の紹介をした。


 「此度、経緯は先の話の通りですが英雄様達は私達の側に付いて下さることとなりました。」

 「おおー……」

 「既に旧知の者もいると思いますが、新しい仲間として迎え入れてください。」

 

 そして


 「さらに、その途中でこちらに合力してくれた方がおりますので、こちらの方も紹介します。」


 と、全員がこちらを見る。

 ちょっと、緊張する、けど……

 

 「では、すみませんが、自己紹介をお願いできますか?」

 「ひゃ、ひゃい!」


 思わず声が裏返ってしまった。


 「あ、あの、私はディーナと申します!」

 「わ、私はシャルルです!」

 「ルナだ。」

 「ウリエルってんだ、宜しくな。」


 「この方たちは遥か遠い国から冒険の旅で世界を回っているのだそうです。

 今回、事情を聞いていただいて、つかの間ですが私達の力になってくれるとの事です。」

 「私はローズよ。サクラお姉様の妹です。あなた達は当面私の指揮下に入ってもらうわね、よろしくね。」

 「「 はい、ローズおか……ローズ様! 」」

 「おか?」

 「あ、いいえ、ちょっと、時々地の方言が出てしまうので……」

 「ごめんなさい……」

 「あはは、まぁ、いいわよ。」


 一通り話も終わり解散となって、私達、英雄様、そしてお父様たちとの話し合いとなった。

 会議に使われている広い部屋に入ると、いつの間にかお父様の首回りにヘビが輪っかになってかかっていた。

 白地にライトブルーの、奇麗なカワイイヘビ。

 あ、もしかして、ピコお母様?


 「ああ、このヘビね、怪我してたんで治してあげたら懐いちゃってね。」


 だって。


 「で、だ。英雄さん達はこれからどうする?」

 「タカヒロ様、ファルク、とお呼びください。サクラ姫もそれでお願いします。」

 「は、はい。宜しいのですか?」

 「僕達に敬称は不要です。それで、なのですが、僕達をこの山賊団の一員として、王国奪還に参加させてください。」

 「ですが、失敗したらあなた達も反逆罪で死刑になるかも知れませんよ?」

 「もとより覚悟の上です。それに、タカヒロ様に言われた事こそ、僕達が取るべき道だと諭されました。」

 「そう、ですか。わかりました。歓迎いたします、ファルク様。」

 「ありがとうございます。」

 「それで、ですけれど……」


 サクラお母様はこちらを見て


 「ディーナ様とシャルル様、ルナ様とウリエル様、貴女方も私達に助力して下さるのは良いのですが……」

 「えーっと、ですね……」

 「一つだけ確実な事がありますので伝えておきます。私達は存在そのものが極めて特殊ですので、結果云々の事は心配ありません。」


 珍しくシャルルがはっきりと発言し断言した。

 気持ちは固まったんだろうな。

 

 「まず、この山賊団に加勢することで、私達の目的に一つ近づくんだ。その為の協力だと思ってくれ。」

 「君たちの目的?」

 「ああ、そうだぜ。タカヒロ、お前がこの世界に来た理由って、何だと思う?」

 「俺が、来た理由、か……。 実は、そこが良く解らないんだよ。」

 「だろうな。だから、アタイ達はそれを明確にすること、が目的の一つなんだ。」

 「でも、なぜそこまで俺を?」


 不思議に思うのは無理もない、よね。

 いきなり、会ったばかりの人にそんな事を言われて、戸惑うに決まっている。


 「あの、タカヒロ様。」

 「ん?ああ、何?」

 「今、あなたが考えているのは、人間同士、異種族間の争いがない世界にしたい、という事ではないですか?」

 「……そ、それは、そうなんだけど……」

 「私は、完全でないにしろ、それに限りなく近い世界を、あなたなら指し示す事ができるんじゃないか、と思っています。」

 「い、いや、でも俺にそんな力が……」

 「ですから、リサ様に噛まれてもらいましたし、大精霊様にも逢っていただいて、その力を得て欲しいと願っているの。」

 「ディーナちゃん……」


 お父様にディーナちゃん、なんて呼ばれると、何かこそばいなぁ。

 でも


 「タカヒロ様、あなたなら解るはず。力なき正義は、押しつぶされてしまう。」

 「でも、正義なき力は、何も生まない、何も救わない、ですよね?」

 「君たち、なぜそれを……」

 「これは、ある人からさんざん聞かされた事です。その人はその意味も現実も、その具体例も良く知っていました。」

 「……」

 「ですから、私達は、その人の意志を継ぐためにも、あなたの力になりたいんです。」

 「……そう、か。それなら、俺からもお願いしたい。協力してくれるかな?」

 「「 もちろんです! 」」


 こうして、私達はサクラお母様の王国奪還に正式に参加する事となったんだ。


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