第26話 悔し涙を拭ってくれたのは誰?

 ディーナとシャルルを襲った襲撃者は、ちょっと離れた場所でその歩みを止めた。


 「っつ……」

 「ヒエン様?」

 「お前ら、襲撃かまさなくて正解、だったな。」

 「と言いますと?」

 「これ、見ろよ。」

 「ヒエン様!」


 ヒエンと呼ばれる者は、来ている上着をはだげて裸体を露にした。

 

 「ヒ、ヒエン様、その、相変わらずご立派な……」

 「バカ者、そこじゃない。これだよ。」


 肩と左わき腹に、赤く内出血したアザが出来ていた。

 ヒエンは、元フラン直轄の忍衆の頭株でもあった強者だ。

 おまけに人間と魔族とのハーフでもあり、その力はまさにこの世界でもトップクラスにあると言える。

 過去にトキワとの手合いで惨敗したものの、トキワをして「最強」と言わしめた者なのだ。

 

 「私にこんなアザを付けるなんて、我が特殊部隊の中にはおらんぞ。」

 「しかし、何時の間に……」

 「あの方たちな、躱しながら打撃を繰り出してるんだよ、無意識に。」

 「そりゃあ……」

 「ま、ともあれ今後の事も少し考えないとな、それと」

 「それと?」

 「私の胸を見た者の処罰も、な。」

 「ええー!そんな理不尽な!」



 私とシャルルは、まだその場で佇んでいる。

 無言で、涙を流す。

 涙が止まらない。

 でも、その訳もわかる様なわからない様な、そんな気持ちで。


 何が違うんだろう、あの人達と。

 どこがいけないんだろう、私達の。

 どうすれば、もっと強くなれるんだろう。

 そんな事ばかりが、頭の中をよぎる。


 ふと、こぼれる涙をぬぐう手が、私の頬に触れた。

 びっくりして、顔を上げる。

 と


 「おお、すまない、驚かせてしまったか。いや、つい、な。」


 え?

 誰?

 というか、何時の間に?

 それに気づいたシャルルも、驚いた顔で立ち上がった。


 「え?え?だ、誰なの?」

 「ああ、悪かったな。出てくる気はなかったんだが、どうにもその涙を拭きたくなってな。」

 「あ、あの?」

 「何、怪しい者じゃないし、敵でもない。」


 いや、メチャクチャ怪しいですけど……


 「君たちに会うのはまだまだ先だと思っていたんだがな。思ったよりも事態は進んでいるようだな。」

 「というか、貴女は……」

 「ああ、私の名はアズライール、そこにいるウリエルの仲間、みたいなものと思ってくれ。」

 「そこにいる?」

 「おい、てめぇ誰だ?アタイはてめぇなんざ知らねぇが。」

 「言ったろう、まだ出てくる気は無かったと。お前に会うのはこれが初めてだ。」

 「何だと?」

 「一応、ルナも仲間、になるのかな。今はまだ違うが。」

 「私の仲間だと、貴様、何者だ。」

 「ルナ様も?」

 「まぁ、その内また会う事になるだろう。今日はつい出てきてしまっただけだ。他に用はないんだ。」

 「アズライール、様、というのですか?」

 「ディーナ、シャルル、その涙は無駄じゃない。流した分だけ、お前たちは強くなる。力の解放もすぐにできる様になるだろう。いいか、前に進め。止まるなよ。」

 「え?」

 「では、な。」


 それだけ言って、アズライールという人は消えた。

 どことなく、懐かしい感じもした。

 というか

 暖かいものを感じた。

 これは、私もシャルルも、よく知っている、気配?みたいなものだった。

 

 「ウリエル。」

 「何だ?」

 「アレは、お前の仲間なのか?」

 「いんや、あんなの知らねぇな、というか、見たこともないんだけど……」

 「敵意は感じなかった、というよりも……」

 「お前も思ったか、という事は、間違いないな。」

 「ああ、だが、複雑な気持ちにしかならない、な。」

 「えーっと、どういう事ですか?」

 「あー、なんだ、あいつは油断ならねぇってこった、気にすんな。それよりも、だ。」

 「え?」

 「まー、こっぴどくドツかれたな。でも、確実に強くなってるな、お前ら。」

 「そう、でしょうか……」

 「ああ、それは間違いないだろう。ただ、な」

 「ただ?」

 「この森での試練が終わったら、一度エイダムに突きや蹴り、受けの基本を教わることだな。」

 「そーだな、でも、今はそのまま続ければいい。ココでの目的は地の力を上げる事だからな、どんどんドツかれろよ。」

 「ええー……」

 「ははは、それだけでも充分糧になるだろう。大丈夫だ。私達が言うんだ、間違いない。」


 こうやって笑うルナ様を見るのは久しぶりだなぁ、と思った。

 滅多に笑顔を見せないルナ様、こういう時は本心を表にだしているっていうのも知っている。


 「ひとまずは、今日は休んどけ、な。」

 「はい、というか……」

 「うん?」

 「お二人とも、いつも見守ってくれているのですね。」

 「あ、あたりめーだっつーの。言っただろ、ちゃんと。」

 「はい、ありがとうございます。」


 そうして、私達は深い眠りについたんだ。




 その頃、魔王官邸。

 深夜にも関わらず、エイダムはエヴァと共に応接室に居た。

 あの二人が試練の森に入ってから、仮眠をとる以外殆ど寝ていない。

 何だかんだ言いながら、エイダムは二人が心配でならないらしい。

 そこに入ってきたのは、ヒエンだった。


 「ご報告します、魔王様。」

 「うむ、どうであったか?」

 「まずはこれを。」


 そう言うと、さっきと同じように服を脱ぎ裸になった。

 その裸を見たエイダムは、顔をしかめた。


 「ヒエンよ、そのアザはまさか……」

 「はい、あの方たちの攻撃をうけました。」

 「お前にアザをつけるほど、いや、それ以前にお前に攻撃を入れるほど、なのか?」

 「はい、正直申しまして、これ以上は部下たちだけでは厳しいかと。事実、すでに二人負傷しています。」

 「そ、そうであるか……」

 「ですので、これより残りの数日は、私とキッカの二人で担当したいと存じます。」

 「ヒエンとキッカ、でか……まぁ、よいであろう、許可する。が、死ぬなよ。」

 「はい。キッカにも充分注意しておきます。しかし、その心配はないかと……」

 「まぁ、念のため、である。」

 「御意。」


 そう言ってヒエンは出て行った。

 

 「魔王様……」

 「うーむ、もう少しかかると思っていたが、思った以上に成長が速いな。」

 「ですが……」

 「エヴァ、心配であるか?」

 「心配と言いますか、正直な所、追い込み過ぎるのも逆効果になるのではないかと思いまして。」

 「まぁ、その心配はないであろう。アイツの子だ、メンタルも並ではない。なにせ、コアを再封印するとまで決意したほどなのだ。」

 「そう、ですわね。あの方も、瀕死の目にあってもくじけない方、でしたね。」

 「ああ、あの時に比べれば試練の森での試練など、児戯に等しいと言ってよいであろう。」

 「ふふ、本当にあなたはあの二人が好きなのですね。」

 「あの二人だけではないぞ。あの家族連中、我が家族全て等しく好きなのだ。」

 「私もです、魔王様。」


 こうして、試練は折り返しを迎えた。


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