異世界平凡お兄さんとモンスター娘ハーレムなラブラブダンジョン物語

RAMネコ

第1話「人とは違う同僚と恋する日常」

『人ではないものだけを愛しなさい』


 世界樹……宇宙樹の葉が、鐘を鳴らしたような音を響かせた。世界の全てが聞いていたと錯覚するような大気が震える音だ。


 ふざけた言葉だった。


 あの日の夢を、見た。


 夢が覚めるのがわかった。


「……」


「……」


 ケンタウロスがスカートをたくし上げている。ケンタウロスのスカートと言っても後ろ脚側じゃない、前脚部だ。


 ケンタウロスてのは人間の上半身で、馬の下半身なのだが、馬の正面を見せつけるようスカートをたくし上げているのだ。


「……勘弁してくださいよ」


 昼寝から起きて忙しいな!


 とか思っていたら廊下をドカドカ走る奴。


「昼飯だー!!」


 と、廊下にかけたワックスに爪をかけまくりのハーピーが丼物を抱えている。


「イクラ丼!」


 イクラ……。


 誰が用意したか知ってるぞ。


 あの! マーメイドだな!


 魚卵、食べるんですねぇ?


 とか、ニマニマするのが透けて見える!


 あとなんか腹の上にあるぞ?


……御守り? ちょっと動いてる。


 罰があたるかもだが中身を見た。


 小さな蛇が、こんにちわ、してくれた。


「メデューサァァァァ!」


 呪い……。


 祝と似た意味だ。


 祝も呪も同じだ。


 そう聞いたことがある。


 今の俺がそうなのか!?


 あの日以来、激変した普通の日々だ。


 頭が気持ち少し痛くなると思いだす。



「あちぃ……」


 夏──。


 夕方の筈だ。


 しかし強烈な暑さがオフィスを蒸していて、開けた窓からは日暮れの涼しさではなく、粘ついた熱風がなだれこむ。


 腕時計を見る。


「やってられっか! 人間の環境じゃねぇ」


 水冷の冷却スーツのチューブを、ぬるま湯が流れていた。氷はとっくに溶けて、沈めていた水の温度はグーンと上昇しているのだ。


 暑い。


 熱い。


「あっちぃんじゃボケェ!!」


「社長、お静かに」


 と、ラミア種属の社員が言う。


 彼女は四角いフレームの眼鏡をかけ、スーツの胸元はボタンで二つ開けていて、髪を高くアップに纏めていて、タイツを脱いで生足で、ミニなスカートを履くことで、多少なりとも涼しい格好はしている。


 だが汗一つかいていない!


 殺人的なこの暑さでだ!!


「汗かかないとか化け物か」


「ラミアですので」


 と、言われてしまった。


 彼女の下半身は長大な蛇の下半身だ。


 爪みたいに退化した足の痕跡があり、鱗でびっしりと覆われていて、上半分は固く、下半分は柔らかで明るい色をしている。


「じゃあリザードメイドは真夏のが元気か?」


「彼女は日射病で欠勤中ですよ」


「もろ影響じゃん」


 変温動物や爬虫類とか関係ないじゃん。


 耳を澄ませば。


 シュル、シュルと聞こえた。


 ラミアが悪戯が成功したかのように、床の上を控えめに擦る音だ。騙されんぞ! 暑さに耐える秘策があるはずだ!


 その時である。


 ポンッとラミアが白煙に包まれた。


 なんと!


 正体はラミアではなかったのだ!!


 白煙が晴れる──。


 白々した毛並みが凄まじい熱を蓄えた尾っぽが九つ、線目細目の中に青い瞳を光らせ、太眉短眉が夏の太陽も眩く反射する『お狐さん』が正体をあらわす!


「アオさん。暑くないすか?」


「死ぬほど暑い……」


 温度計は二九度を示していた。


 湿度は六〇パーセント超えだ。


 殺人的である。


 俺はワーフォックスというお狐種属であるアオに、カルピスを作る。オフィスに置いた小型冷蔵庫には、キンキンに冷やしたマグカップ、水、カルピス原液があるのだ。


 オフィス……というか我が家の二階、畳の上でちゃぶ台を前に仕事をしているわけだが、しかし暑い。


 網戸お隣は『死亡!』張り紙のエアコン。


 故障中なのである。


「一階のエアコンも全滅したのは、二四時間働けますかとばかりに酷使しながら半年も連続稼働させたからだぞ」


「部屋全体を涼しくしたかったんだよねぇ」


 と、アオにマグカップを渡す。


「冷たい!」


 と、アオの顔はゆるんでいた。


 汗ばんだ匂いが部屋にこもる。


 畳の匂いと混じるアオの汗だ。


「あッ、ずりー」


 俺は頭によぎったものを振り払いながら、アオの足にあったズルを見つけた。タライに入った氷、そして冷えた水だ。


 そこにはアオの足がつかっていた。


「うらやましかろ〜?」


 と、アオはぴちゃぴちゃ控えめに鳴らす。


 アオの濡れた美脚から滴が垂れていく。


 舐めた……いかん、いよいよやられてる!


「俺の足も入れさせてくれよ!」


「嫌じゃ! 水虫がうつる!!」


「なにお〜! パンツ臭いくせに!」


「わしの洗うなと言うておろう!?」


 きゃいきゃい。


 なんとか、俺は足を滑りこませた。


「…………冷たい…………」


 俺の熱波に晒されていた足先から、冷たさが駆け上がってくる。冷めた血が循環するのがわかる。


 水虫なんてものいるかよ。


 足ちゃんと洗ってんだぞ。


「むぅ」と、アオは狭さに不服らしい。


 畳の上のタライだ。


 ジリジリと太陽だ。


 俺もアオも体育座りで膝をたてて、足を冷水につけていた。アオの足が、俺の足に触れる。


 一瞬だ。


 柔らか。


「!」


 途端、アオは、背後にキュウリを置かれた猫みたく驚いて、タライの水を跳ねさせた。


「アオ、畳なんだから濡らすなよー」


「わ、わかっておる!」


 と、アオは反射的に動いていた足を、まるでぎゅうぎゅうのトランクにさらに押しこむかのようにしてタライに戻す。


「こやつ、わしがいながらなんでこんな冷静なんじゃ」と、アオは文句をつけていた。


「狭いんだから詰めてくれ」


 と、俺はアオの腰を抱いた。


 タライには垂直に足を!!


 アオの生足は長すぎて、俺がタライから追い出されてしまう。仲良く肩を並べようぜ。


 キュッと、アオの筋肉が張るのがわかった。


 だがアオも涼しいのかすぐにゆるんでいく。


「熱いな」


「熱いの」


 肌が触れる距離だ。


 熱くて当然だろう。


 アオは、綺麗な女性だ。


 アオの瞳は、暑苦しい太陽を浴びて、しかし、凪いだ、静かな蒼の瞳が広がっている。


 人間の瞳と違い、それは鋭い。


 アオの特徴的な短眉てどんなだろう?


 特徴的な白い九尾が自慢気に揺れる。


 俺は──アオに見惚れていた。


 タライの中で氷が音をたてた。


 巨大な太くて長い尻尾。


 それと比べればアオの体はずっと小さくて、華奢だ。だが手足が細い、男の俺から見ると折れてしまいそうだ。


 アオの太腿はちょっとモチモチしている。


 重そうな尻尾を揺らしてよく歩くからだ。


 アオの足の指が、俺の同じところを掴む。


 アオは足の指を器用に使ってきた。


「なんだ?」


「えいえい」


 他愛ない。


 意味ない。


 なんとなく。


 アオはそう言えんばかりだ。


 俺だってそうかえしていた。

 

 アオはワーフォックス種属。


 俺が気になっている女性だ。



「あ゛〜」


「アオ! 扇風機の前に立つな!」


「あ゛ぁッ!?」


 アオから扇風機を取り上げる。


 断固。俺は扇風機の前に立つ。


 シャツの中に冷たい風を入れた。


 部屋にはありったけの氷とタライを並べて、冷ましきっている。冷たい風は気持ちが良いもんだなァ!


「……」


 アオが倒れた。


 暑さにやられたか。


 もふもふだからな。


「ごめんて」


 と、俺は扇風機をアオに向けた。


 アオの白々な九尾が風になびく。


 だがそれでも、アオは動かない。


「暑さで死んだか」


 と、俺が扇風機を自分に向けようとした瞬間、アオの尻尾の一本が扇風機を掴んだ!


「死体が風を浴びるな線香くれてやるから!」


「死体だと思うならもっと冷ますのじゃー!」


「うぎぎ!」


「ぐるる!」


 俺とアオの扇風機争奪戦は続かなかった。


 不毛な争いでまた体温があがっちまった。


「他の社員はもうこれサボじゃろ」


「暑いんだから仕方ねぇじゃんか」


「わしもサボればよかったのじゃ」


「えぇ? それ俺が寂しいじゃん」


「なぁにが寂しいじゃおっさんが」


「可愛いアオさんと一緒にいられなくなる」


「わしが可愛いというのは当然の事実じゃ」


「アオはほんと可愛い。美狐ちゃんだ。もっと遊んでくれよアオ、撫で撫でしてやろう。おバカ狐ちゃんめ、もふもふしてくれる」


「想うとったがスキンシップえぐいのじゃ」


 俺はコンミネーターという、ブラシでアオの尻尾の毛並みをすくう。ついでに撫で回した。ふわっふわのボリュームなのである。


「アオさんの尻尾、針金入ってるみたい」


「毎度、毎度、よく飽きないものじゃよ」


「良い匂いがするー。温かい太陽みたい」


「他の娘にやったらセクハラじゃぞ?」


「アオは本当に美狐だな。日に日に毛艶も良くなるし、まるでぬいぐるみみたいで可愛い」


「妙齢の乙女にぬいぐるみはどうなのじゃ」


 俺はアオに可愛い、可愛い、と連呼する。


 それにアオは照れず当然とばかり胸を張る。女のボリュームの無い胸はスレンダーであり、艶かしい色艶なエロさがあった。


 スキンシップには過激だろうか?


 猫はひっくり返して、腹だろうが撫で回し、頬擦りしてキスまで、有無を言わさず全身を触る。


 それに比べればセクハラの“セ”くらいだ。


……通報されるかな?


「はぁ……はぁ……どうしたのじゃ」


「セクハラだからやめようってな」


「そ、そうじゃな!? そうじゃとも!」


 と、アオは慌てふためきながら言う。


 アオは最初こそ嫌がっていたが、そういえばいつのまにか嫌がらなくなったな。さらに前からの付き合いで、何年も時間をかけたし、少しくらいは心を許してくれたのだろうか?


 俺はもう一方的に大好きなんだが。


 いや、それは怖いな。


 言わないほうが良い。


「むぅ?」


「あら、俺と遊んでくれるのか、アオ」


「散々尻尾を触らせたおかえしにな。しかし、お前には尻尾がない。脛の毛か髭の剃り残ししか触れる場所はないの」


「前に固くなる肉の尻尾ならあるぞ」


「最低じゃな」


 と、アオはペチンと股を叩く。


 アオとはラブホテルに行ったことはない。


 アオの経験人数は知らないが俺は童貞だ。


 時々、週に九回程度はアオとの行為を妄想しながら自慰をしている。アオはエロいし、エッチなこともしたい。


 アオのパンツを脱がせて組み伏せたい。


 欲望のままに襲いたくなる類の好きだ。


「なんじゃ?」


 と、アオが見上げる。


 そんな彼女はラフな服装だ。


 下着のパンツにタンクトップだ。


 アオは汗ばんだタンクトップの襟を掴んでパタパタと風を送っている。アオの慎ましい胸が隙間から見えていた。風が動く、そのたび俺の嗅覚と直結した脳は剣で刺されたような電撃が走る。


「アオ、エロいな」


 と、俺は素直に言ってしまう。


 アオは襟を手で隠して言った。


「…………エッチ」


 と、アオは豊かな尻尾で複雑なドラムを奏で始めてしまった。エッチは、良くなかったな。


 悶々とする。


 頭を変える。


 仕事の話だ。


 汗ばむアオは性欲に効きすぎる。


「うちの会社だが、給料ソフトウェアやAIの収益が膨らんでる。順調だ。大企業は、そんな手足を買おうとしているよ。共同運営の為の新しい会社で共同開発しようとな」


「わしの受け持ちは養子にはいかんぞ」


「まあ俺はサポートするだけ。作ったエンジニアの自由意志さ。少しは金を入れてもらうがな」


「欲の無い男じゃ」


「元々、大学生が考えた発明や技術をもっと実用化できないかてのからスタートだしな。俺は無能だし?」


 と、俺は小粋なジョーク。


 俺がやるのは人を見つけて、支える。


 その過程で利益の上前をはねるだけ。


 離れたくないと言える立場じゃない。


「アオが設計したオンラインショッピングモールだって独立したいだろ。もっと大きな可能性がある。新しい資本を借りて──」


 俺は、昔のアオが言っていたことを思いだす。インターネット……巨大な電子世界で、電話を掛けるような気軽さで、通信販売以上に巨大な商店街のようなものを作りたいと言っていたのをだ。


 仮想の商店街、あるいはショッピングモールを作るというのは、俺にはピンとこなかった。だから、アオは成功を収めたなら、もっと上手く活かせる場所に移住するほうがメリットは大きい筈だ。


 その筈なのだが……。


「──今、なんと言ったのじゃ?」


 尻尾の太鼓の音が腹を揺さぶった。


「ほほほ。わしに出て行けと言うのかや?」


「き、聞こえてんじゃん……」


 怖気のする恐怖だ!!


 アオは口を尖らせる。


 ぶー、と、ふくれっつら。


 青褪めた炎が。浮かんだ。


 狐火が一つ、二つとともる。


「あちち! ごめんて髪焼けちまうよ!」


 ちょっと焦げた。


 ワーフォックスの魔法だ。


 気軽に使われると困るぞ。


「おっと」


 俺の腰が何かに抱かれた。


 でっかくて白い、毛玉だ。


 アオの尻尾がそれとなく引っ掛けていた。


 だがアオは興味ありませんがてな顔だな。


「アオ〜、この寂しがり屋め、可愛いな」


 本当に。


 俺は心の底から感じた。


 アオは……可愛いのだ。


 いつか離れてしまう日が、悲しい。


 だから今だけはめいっぱい遊んだ。

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