家出した俺が拾われて、女の子の家に住むことになった

ねんねいふぁ

第1話 土砂降りの雨の日の事

 俺が、彼女と出会ったのは雨の強い金曜日の放課後のことだった。

人気のない公園で、一人ベンチに腰を掛け土砂降りの雨に打たれながら

涙をこぼしていた。

雨の音とたびたび通る車、気にさえしなければとても静かに感じる。

一面を黒で埋めた空を眺めながら、これからのことで頭が痛くなる。

両親と喧嘩をした。軽いことで揉めていたが、それが次第に大きくなり

嫌になった俺は家を出た。

行くあてなんかあるわけもなく、ただただ遠くへと歩いた。

頼れる友人なども居ない。気づけば人気のない公園で、

一人土砂降りの雨に打たれながら、空を見ていた。

スマホと教科書やノートといった用具の入ったバック以外の持ち物はない。

せめて財布だけは持ってくるべきだったと後悔している。

もう何も考えたくない、考えれば考えるほど冷静になり

自分がどれだけ勢いでここまで来たのかを理解してしまうから


「先客が居るのは珍しいですね」


呆然と雲を見ていると、俺の視界に赤色の何かが映り込み

優しい声が聞こえた。


視界に入ったのは傘だった。

それでもずっと上を向いていると

俺の顔を覗き込もうとしている彼女の顔が見えた。

ちらりとのぞき込む顔には見覚えがあった。俺の通う、学校内で知らない人がいないほどの

人気を持つ、学年二番目の天使 色兎瑠いろうる 昼音ひるね

容姿端麗、学年二位の成績でスポーツもできる才色兼備な少女

色白の肌、整った顔、つやの見える長い黒髪

亜麻色に輝いて見える瞳、翼でもつければ天使に見えることと

学年二位から二番目の天使と呼ばれている。


「家は近いですか?風邪ひきますよ」


引き寄せられるような優しい声色が頭上から聞こえる。


「近くはない…」


「うーん、なんとなくですが、分かった気がします。隣、いいですか?」


そういいポケットから、ハンカチを取り出し

ベンチへと引いて有無を聞く前に隣に座った。


「じゃあ!はい」


と目の前に傘を差し出す。

なにもせず、ぼーっと前を見ていると

傘を持っていた手がぷるぷると震え始める。


「寒いのであまり力が入らなくて、えっと持っていただけると助かります」


「そう…」


傘を手に取り、彼女のほうへと寄せる。

隣を見ると、ハーハーと手に息を吐き温めようとしていた。

仕草が可愛いと思ってしまう。

じっと見ていると彼女と目が合った。

俺の顔を見て、にぱっと微笑みを浮かべた。


「その制服は同じ高校ですよね?」


「多分」


「なら、私のことは知っていると思いますが自己紹介しませんか?」


こくりとうなずくと、彼女は笑みを浮かべ話し出す。


「私は、色兎瑠 昼音です。あなたは?」


燈猪ひい 七緒なおです」


「何か好きなことありませんか?」


「特には…ないです」


「そうですか、私は食べるのが好きです!落ち込んだ時とか

美味しいものを食べて寝ると元気が出ます!」


やや興奮気味にそう言った。

俺を見て元気がないと判断したのだろうか。

元気づけようと話を続けてくれた。

スイーツの話や学校での話、友達がやらかしてしまったなど

色々と話をしてくれた。

聞いているうちにどん底だった気分は少しだけ楽になった気がした。


「やはり食べている時が一番幸せだと感じます

でも私、料理はできないんですよね」


「できないこともあるんだな」


「人間ですから、私にもできないことの三つや四つ数えればもっと出てきますよ」


ニコリと笑いそういう彼女を見ているとなんだか心にある

暗闇が照らされているような気がする。


「燈猪さんは料理できますか?」


「できるけど」


「それは羨ましいです」


「できると言っても簡単なやつだけで…」


「それでも十分凄いと思います。私なんて、友人に二度と

キッチンに近づくなと怒られるくらいにはできませんから」


悲しそうな顔を浮かべてそう言った。

もじもじと手が動くのが目に入る。


「あ!とても良いことを思いつきました!」


そう言って、傘を持つ手を引っ張られる

力が入らないと言った割には物凄く力強く、座っていた俺は引っ張られるまま

立ち上がる。


「燈猪さんは今日、帰りたくないように見えます

なので休みの間、私の家に来ませんか?」


「え?」


いきなりの提案に俺は困惑する。

困惑している俺の顔を見て、彼女は微笑んだ。


「一人暮らしなのに料理ができなくて、困っていたんですよね

ですので何か作ってください。どうですか?」


俺が帰りたくないことは正解だ。

何があったのかまで聞かない辺りに優しさを感じる。

この状況の俺からすれば、出された条件はいいものだった。

それにしてもだ、同じ学校の男子、それを泊めようとするのは少し

危ないのでは…そう言葉が出そうになるのをぐっと飲みこむ。


「お願いします」


少し頭を下げ、そう言った。

俺の言葉を聞いて、彼女は笑みを浮かべる。


「夕食は何にしますか?この後、買い物にでも…」


何かを言いかけた彼女が途中で止める

俺の全身を上から順に見て、まぁそうだよねと言った顔をした。


「ずぶ濡れのままだと風邪をひきますから、先に私の家に

行きましょうか」


彼女は傘を持つ手を握ったまま歩き始める。

公園から出て、少し歩いた曲がり角にある7階建ての

少し高そうなマンション

彼女の家はここらしい。


「傘、ご苦労様です」


エレベーターに乗り、傘を彼女に返す。

少し残念そうにお礼を言われると7階にある彼女の部屋へと向かう。

7階の一番奥にある部屋、それが彼女の家だ。

ポケットから鍵を取り出し、ガチャリと鍵を開けた。


「どうぞ、入ってください」


「お邪魔します」


玄関に入ると、靴を脱ぎ、足早に入り口付近の部屋に入る。

少しすると、大きめのタオルを持って出てきた。


「着替えはないですけど、お風呂入ってください」


「流石に…」


流石に女性の家の風呂場を借りるのには抵抗があった。

着替えがないのも一つの理由だ。

俺が渋っていると彼女がタオルを投げて言った。


「風邪でもひいたら大変ですよ、服は…サイズなどわかりますか?

少し買い物に行ってくるので、ついでに買ってきます」


「申し訳ないから…」


「これで風邪をひいたら私にもうつりますよ」


手を引かれ、案内される。言われるまま、お風呂場をお借りした。

ゆっくりと一時間くらい経っただろうか。

コンコンとノックがした。


「帰ってきました。サイズ合うかわかりませんが、一応、上下買ってきました

こちらに置いておきますね」


「分かった」


もうしばらく暖かい湯に浸かった。

着替えはぴったりだった。サイズは言っていないのに

天才は見ただけで、分かると言うのだろうか。

少し怖くなりながらも、廊下へと出た。

奥のリビングだと思われるところで彼女の姿が見える。


「上がった、なんか申し訳ない」


「大丈夫です、今日から三日、私の食事を作っていただけるのですから」


「あぁ、頑張るよ」


「顔色が少し良くなりましたね、もちろん、返却不可、返金不要なので安心してください!」


「そう…か、何か食べたいものはあるのか?」


「そうですね」


そう言い、袋に手を入れ、ガサガサと探しながら

食材を一つ一つ取り出している。

お肉、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、カレールー、その他調味料


「今日はカレーを食べたかったので色々と買ってきました」


「鍋はあるの?」


そう聞くと、指をさし教えてくれた。


「ありますよ、奥の戸棚にしまってあったと思います」


指をさされた戸棚のほうへ向かう。

戸棚を開けると、中には使われていないであろう

フライパンや、鍋が大量に見える。


「あるものは好きなのを使って大丈夫ですよ」


「この青いやつ借ります」


「はい」


俺は調理を始める、カレーは思っているよりも簡単に作れるし

長持ちする。

日を置くと少しだけ美味しく感じることもある。

だが量を見るに二人分一日、今日で食べきるつもりだろう。


ちらりと目に映る彼女はどこか子供っぽく見え

なんだが笑みがこぼれる。

何事もなく、無事にカレーを作ることができた。


「できたぞ」


「これは、凄い美味しそうですね」


お皿に盛り付け、並べると彼女がどこからかスプーンを取り出す

コンビニなどでもらえる、プラスチックのスプーンだ。


「こっちのほうが食べやすいですよね」


そう言い、俺にスプーンを差し出す。


「ありがとう…ございます」


「はい!燈猪さん、ちなみに敬語、無くても大丈夫ですよ?」


「あぁ……」


「もうお腹が限界です、とりあえずいただきましょう」


「ん」


「いただきます」


そう言って、大きく口を開け、カレーを一口食べる

瞳を輝かせ、彼女は初めて食べたかのような反応を見せる。


「凄く美味しいです!今まで食べたことないような味です」


「ありがとう……」


面と向かって言われると、少しだけ恥ずかしくなる。

美味しいといわれると、嬉しくもなる。


あっという間に食べ終わり、少しだけ楽しかった時間はすぐに

終わりを迎えた。

洗い物も終わり、立っていると時計を見て彼女が反応した。


「もうこんな時間ですか、とても眠くなりますね」


「少し眠いな」


「使っていないソファーを置いている部屋が空いているので

良かったら使ってください」


「ありがとう」


「美味しいものを食べて眠ることができれば悪い気分は晴れます

ゆっくりと休んでくださいね」


案内された部屋に入ると、ソファーと本棚で埋め尽くされていた。

部屋の半分がソファーで埋まっている。

ベッドといっても違和感がないほどでかいソファーは

横になると埋まるように沈み、温かく心地が良かった。


「寒いので、ちゃんと渡したブランケットはかけてくださいね」


「分かった、えっと、本当にありがとう…色兎瑠さん」


「はい、困って居るのを見かけたら助けるのは当たり前です」


「それじゃ、おやすみ色兎瑠さん」


「おやすみなさい」


バタンとドアが閉まると、どっと疲れが俺を襲った。

ここは暖かく、疲れを感じた俺は、重い瞼を落とすと

すっと眠りについた。











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