赤い着物の女の子

赤い着物の女の子

 マンションの管理人をやっていると、時々奇妙な出来事に会う。これは、私がまだこの仕事をはじめたばかりのことだ。


「知らない人がマンションに出入りしている」


 住民たちからこんな触れ込みが、一ヶ月で何件も入るということがあった。全員に詳しく話を聞いてみると、その人物は二十代ぐらいの女性で、赤い着物を着ており、古い民謡のようなものを口ずさんでいたという証言で一致した。さらに、午前一時頃に目撃したという点でも共通していた。

 私は設置されている監視カメラを確認してみた。だが、その存在を見つけることはできなかった。私は住民たちにそのことを伝えたが、皆間違いなく女を見たのだと言って認めなかった。だとしたら、その女はどうやってマンションに出入りしていると言うのだ。

 私は住民たちが手を組んで、私を騙しているのだと思った。そのため、「知らない人がマンションに出入りしている」という案件に対して、私はしばらく何の対策も取らないでいた。“しばらく”と言ったのは、ある事件が起きて対策を取らざるを得なくなってしまったからだ。


 人が死んだのだ。原因不明の突然死だった。


 死んだのは四十代の主婦で、生前はパートで働いた後にママさんバレーに参加したりするほど、健康的な生活を送っていた。確かに奇妙な事件だが、それだけなら例の案件と関係があるとは誰も考えなかっただろう。しかし、二つを結びつけるようにして、死亡した主婦の部屋の前に着物を着た女が突っ立ているところを見たという証言があったのだ。

 警察はもちろんその証言に目をつけた。だが、私がその女についてのこれまでの話を説明すると、警察はその証言を確かな情報として見なすことはできないとしてしまった。


 この事件によって私は強く非難されてしまった。住民たちの意見を無視してしまっていたのもあって、反論の余地はなかった。結果、私は午前零時から午前二時までの二時間、マンションの見回りをすることになった。


 見回り初日、私はもしもの時用の警戒棒を腰にぶら下げながら、深夜のマンションを歩いた。

死亡した主婦が住んでいた部屋の前を通るときは緊張したが、何も起こることはなかった。私は順調に見回りを進めた。

 見回りを始めて一時間程経ったころ、私は結局、ただの思い込みに過ぎなかったのだろうと思った。主婦が突然死したのは、そういう運命だっただけで、着物を着た女というのも、幻覚や見間違いで初めからいなかったのだと。


 しかしながら、その考えはすぐに打ち消された。まもなく二時になるという時分、三階のエレベーターの近く、電灯の薄いあかりの下だった。カツカツと下駄の音を鳴らして、赤い着物を着た女が、俯きながら歩いていたのだ。そして、古い民謡のようなものを口ずさんでいたのだ。



あかいきもののおんなのこ 


みなにいみきらわれてた 


おんなにだまされ おとこにおかされた 


あかいきもののおんなのこ 


おなかがおおきくなった


やまにすてられ しんじゃった


かわいそ かわいそ



 私は慌てて壁の陰に隠れた。恐ろしかった。今すぐこの場から立ち去らなれけば、命の危機に関わると直感的にわかった。だが、唯一の逃げ道である階段まで行くには、女の前を通らなければならなかった。それでも、ずっとここに居るよりかはよかった。

 私は走り出す体勢を取った。そして、高鳴る鼓動を抑えつけた。私は意を決し、階段を目がけて全力で走った。絶対に女を見てしまってはいけないと思ったので、階段だけを見ていた。しかし、あと一歩で階段に着くといったとき、油断してしまったのか、不意に女の方を振り向いてしまった。


 女と目があった。女の目は真っ黒で、大きい穴がぽっかりと空いているようだった。


 次の日の朝、私は適当な理由をつけて、そのマンションの管理人を辞めさせてもらうように頼んだ。監視カメラで昨日あったことを確認することもできたが、私はそんなことをする気は起きなかった。私は少しでも早く、あの女のことを忘れたかった。しかし、私はあの女の目がずっと頭に焼き付いて離れなかった。

 それからというもの、そのマンションに訪れることはなかった。しかし、噂で聞いた話では、まだそのマンションは存在しているらしい。私は時々、こうしてこの話を思い出す。そして、今でもあのマンションでは、赤い着物を着た女が現れるのだろうかと考えるのだ。

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