残念。彼女は偽物ですわ。

川島由嗣

残念。彼女は偽物ですわ

「イザベル・モンクレール侯爵令嬢!!貴殿との婚約を破棄させてもらう!!」

(あらあら。本当に実行するのですのね。)

 私は思わずため息をついた。今日は貴族学院の卒業式。卒業式は無事に終わり、学院のホールでパーティが行われていた。パーティも順調に進み、卒業生代表として殿下からひと言貰う流れとなり、殿下が壇上に上がった。だがその際、殿下一人ではなく一人の女性をエスコートしていた。殿下が挨拶をするかと思ったら先ほどの発言だ。皆唖然とした表情で殿下を見つめている。


「な・・・・なぜですか?私に何か不手際がありましたでしょうか。」

「何をしらばっくれている!!貴様はこのシャーリー・ホリング男爵令嬢を虐めたではないか。」

 殿下はご自身の隣にいる令嬢を指差しながら怒鳴った。

(人に向けて指を突き付けるのはマナー違反だと思うのですが・・・・。)


「殿下~。私怖いです~。」

「大丈夫だよ。シャーリー。私がいる限り、あいつには手を出させない。」

 殿下が満面の笑みを見せる。端からみたら三文芝居だ。殿下を張り倒したい気持ちを必死に堪える。


「いじめ・・・ですか?いったい何のことでしょう?」

「白々しい!!彼女のノートを破り、人がいないところでは足を引っかけて転ばせたりしていただろう!!」

 その言葉に周りは主に3種類の反応に分かれた。嘲笑している人、青ざめている人、呆れている人だ。私は素早く目線を周囲に向けて卒業生達を観察する。

(なるほど・・・。これほどわかりやすい選別はありませんわね。次世代の者達が無能か有能か。そして敵か味方か。我慢したかいはありましたわね。)


「そのような事、私はしておりません!!」

「殿下~。わたくしとても怖くってえ。」

「おお。シャーリー。泣き顔も可愛いが、そなたには笑顔がよく似合うのだ。心配しないでおくれ。私が彼女を断罪してやる。」

 殿下が隣の令嬢の頭を優しく撫でる。殿下は容姿が整っているので、何もない時であれば絵にはなるかもしれないが、このような場では異常にしか見えないことに本人は全く気がついていない。


「そのような性根の腐った女とは結婚できぬ!!だからお前とは婚約破棄し、私はシャーリーと結婚する!!」

「な・・・なにをおっしゃるのですか!!殿下!!それはあまりにも」

「くどい!!これぞ真実の愛だ!!我々を止めることは誰にもできない!!貴様は誰かの後妻にでもおさまるがいい!!貴様のような性悪女を引き取る人間がいるかは知らんがな!!」

 殿下の笑い声が講堂に響き渡る。

(さて・・・。茶番はもういいでしょう。)

 私はため息をつきつつ、合図を出した。


「殿下・・・・。最後に1つだけよろしいでしょうか。」

「・・・なんだ?急にしおらしい態度で。罪を認める気になったのか?」

「最後に1つだけお教えください。私と最初にお茶会でお会いした時、殿下にお尋ねした言葉を覚えておりますか?」

 尋ねられてその時のことを思い出したのだろう。殿下は顔を真っ赤にして怒り始めた。

「ああ・・・・!!覚えているとも!!私を見下すような質問だったからな。あの時からお前の事は大嫌いだ!!」

「ではその質問をこの場でおっしゃってくださいますか。」

「何だと!!何故そのようなことをしなければいかん!!」

「哀れな女にどうか最後の情けをいただけないでしょうか。」

「殿下~。情けとおっしゃっていますし、答えてあげればいいのではないですか?」

 その言葉に殿下も情けをかける気になったのだろう。それが地獄の入り口だと知らずに。


「ふん!!何を考えているか知らんが答えてやろう!!貴様は「私の名前を言えますか?」と聞いてきたんだ!!一回目だけではなく二回目も聞いてきたではないか!!私が名前すら覚えられないような馬鹿だとでも思ったのか!!」

「そうでしたね・・・・。では改めて同じことを問いましょう。貴方は私の名前を言えますか?」

「最初に言っただろう!!イザベル・モンクレール侯爵令嬢と!!それに何の意味が」




「残念。はずれです。それは私の名前ですわね。」




 私は殿下の隣でにっこりと笑った。

「は?・・・・・え?」

 殿下にシャーリー・ホリングと呼ばれていた私は、殿下から離れ一歩ずつ壇上から降りて行った。油断すると大笑いしてしまいそうになるのを必死に堪える。

「シャ・・・・シャーリー・・・。」

「ですから私はシャーリーではありませんわ。そもそもシャーリー・ホリング男爵令嬢なんて人間はこの世に存在しませんわ。」


 私の発言に周りがどよめく。それを無視し、私はカツラや派手なアクセサリー等を外した。顔は違うが、似た格好の2人が並ぶ。

「レイナ嬢が2人・・・・。」

「残念。彼女は偽物ですわ。」

 私の言葉にレイナと呼ばれていた女性もカツラやアクセサリー等を外す。すぐに1人の男性が私達に近寄り、私達のカツラ等を回収して去っていった。


「お嬢様。長い間のお勤めご苦労様でした。」

「本当に。泣きまねやら偽物の笑顔をするのは本当に疲れましたわ。でも貴方もお疲れ様。面倒な役目をやらせたわね。」

「いいえ。お嬢様のためであれば、この程度の事造作もありません。」

 私のふりをしていた女性はカルラ。令嬢ではなくただの平民だ。小さい頃行き倒れていたのを私が拾ったのだ。そして私のメイドとして面倒を見ることにした。そして何かあった時、私の影武者になるという名目で侯爵令嬢の振る舞い等を一緒に学ばせた。私にとってはメイドというよりも大切な友人だが。


「な・・・・なんだと!!何を馬鹿げたことを。本物のシャーリーをどこへやった!!」

 殿下は目の前の事実が信じられないのだろう。まあこのような場で婚約破棄を言い出すような男だ。一度信じたことは変えられないのだろう。


「だから本物等おりませんのに・・・・。そもそも私はあなたの前で一度もシャーリーと名乗っていませんわ。」

「え?」

 殿下があっけにとられている。だが事実だ。今回の事に関して、私もカルラも一度も嘘は言っていない。


「よく思い出してください。半年前にあの姿で殿下と初めてお会いした時、隣の女性の方が「彼女はシャーリー・ホリング男爵令嬢。どうやらいつもイザベル・モンクレール侯爵令嬢にいじめられているようでして・・・」と伝えたはずですわ。私からは一言も名乗っていません。」

「あ・・・・ああ!!」

 心当たりがあっただろう。そう。最初の紹介の時だけ私以外の方に嘘をついてもらったが、それ以外、私は自分の名前を言っていない。殿下の事も名前で呼んでいない。呼んでくれと何度か言われたが、婚約者がいる限りはお呼びすることは出来ませんと避け続けた。

 殿下もようやく現実を理解したのか、怒りで顔を真っ赤にした。


「この嘘つき女が!!」

「失礼な。私はあの姿でいた時も、本来の姿でいた時も、一度も嘘はついておりませんよ。会話で殿下の思考を誘導はしましたが。いじめの事も最初の時以外、誰かにやられたなども言っておりません。殿下が勝手に私を悪者にでっちあげただけではないですか。」

「なんだと!?」

「それに、彼女が私の姿で通っている時も一度も嘘はつかせていません。何名か私達の事に気づいた方もいましたが、聞かれたら本当の事を答えておりましたし、カルラにも答えさせていましたよ。口止めはしましたが。」

「ぐ・・・・。こ・・・こんなこと父上が許すはずがない!!」

 自分の事を棚に上げてよく言えるものだとため息をつく。王太子とあろうものがこんな事をしでかしたのが知れたら廃嫡は免れないだろうに。


「国王陛下は今回の事はご存じですわ。陛下だけでなく、校長や教師陣も話を通してありますわ。」

「な・・・なんだと!!」

 冷静に考えればわかるはずだ。平民を学園に紛れ込ませる等、本来であれば許されることではない。事前に国王陛下と交渉の上、学校の根回しを行った。あれは本当に大変だった。


「疑問に思いませんでしたか?こんな暴挙、いくら殿下とはいえ普通は大人が諌めます。それなのに、この場に大人達は最小限の人数しかおらず、今になっても何もしていません。」

 殿下が慌てて周りを見渡すが、卒業生や在校生に混じっていた大人達は、皆冷ややかな視線を殿下に向けていた。殿下の顔がどんどん青くなっていく。


「な・・・なぜそんなことを。」

「理由は2つ。1つは貴方と婚約破棄をしたかったから。もう1つはこの場にいる方々を見極めたかったからですわ。」

 私の言葉に皆が再びざわめき始める。まさか自分達にまで飛び火するとは思っていなかったのだろう。


「み・・・見極める?」

「今日は卒業式。これが終われば私達は大人の仲間入りですわ。つまりもう甘えは許されないのです。そのために、卒業生達がどのような人間なのかを知りたかったのですわ。」

 改めてぐるりと周りを見渡す。卒業生の生徒達もほとんどが真っ青になっていた。ようやく私の真意に気づいたのだろう。

「この卒業式が最後の試験。彼らの態度が今後我が国にどう影響を与えるか。また彼らを通して、彼らの親がどのような育て方をしていたかを見極めていたのですよ。」

「もちろん私をお嬢様と勘違いしていた方達、学園でも目に余る行動をされていた方々の情報はお嬢様にお伝えしております。」

 彼らはこの卒業式が終われば、一人前の人間として扱われる。彼らがまともな人間でなければこの国は衰退する。無理矢理にでも危機感を持たせ、怪しい時は矯正しなければいけない。また育て方を誤っているようであれば、大人達も指導しなければいけない。そうしなければ一族全員が腐ってしまう。


「ああ。それと殿下。今回、もし婚約破棄が実行されるようなことがあれば、陛下は殿下を廃嫡するとおっしゃっていましたわ。この後、沙汰が下されるでしょう。」

「そ・・・・そんな。」

 殿下ががっくりと膝をつき項垂れる。卒業生達も真っ青になっている。私の役割はここまでだ。後は国王陛下を含めた大人達がよしなにするだろう。


「さようなら殿下。婚約破棄、承知しました。これからはお互い良き人生を。」

 それだけを言い残し、私は、カルラと一緒に講堂を後にした。



「ようやく婚約破棄できたわ。改めてお疲れ様。カルラ。」

「いいえ。お嬢様。無事に終わって何よりです。」

 講堂の外に出たところでカルラに礼を言う。カルラは嬉しそうにで笑っていた。


「それにしても結局1度も気づかなかったとは。」

「しょうがないわ。婚約者の仲を深めるお茶会が開催される度に入れ替わっていたのに全く気付かなかったもの。」

 殿下とは私が15歳の時に婚約した。婚約してからは、毎月仲を深めるという名目でお茶会が開かれていた。その会には私とカルラが交互に出席していたのたが、殿下は全く気がついていなかった。姿は同じとは言え、私とカルラの顔は瓜二つというわけではない。かつ卒業式の半年前から、私はシャーリーとしてほぼ毎日殿下と会っていたのだ。本当にシャーリーが好きなのであれば、気付きそうなものだが。つくづく私に興味がなかったのかがわかる。


「まあ、お茶会でもほとんど会話しませんでしたしね、」

「それに、最初の態度の時点でまともな話は無理と分かった時点で会う意味がなかったわ。」

 一回目に殿下とお会いしたときの印象は最悪だった。高圧的で人を見下した態度。その時点でこの人と婚約するのなら死んだ方がましだと判断し、婚約破棄に向けて動き出した。正直、この国の事などは後付けで国王陛下を説得する材料でしかなかった。


「そのわりには、妃教育は熱心に受けていらっしゃいましたよね。」

「もちろんよ。知識は宝だわ。機会があるのならば少しでも吸収しなければ。国家機密関連は、今回の事が全て終わった後にと言って逃げていたけど。」

「なるほど・・・確かに最高級の教育を受けられる機会を逃すのはもったいないですね。」

 国家機密の情報を知っているから離さないと言われても困るし、命を狙われても困る。知識は大事だが、知ってはいけない知識は不要だ。


「これからどうなさるのですか?」

「別に時間はあるし、のんびり結婚相手を探すわ。傷物と言われるかもしれないけど、まあ最悪私が当主となって、適当なところから婿を取ってもいいでしょう。」

 例は少ないが、女性の当主がいないわけではない。知識は妃教育のおかげであるし、地頭は悪くないと自負している。


「そんなことよりカルラ。これから大変なのは貴方よ。」

「私がですか?」

「貴方も私と同い年じゃない。これから婿探しよ。」

「・・・そう言われましても。私は平民ですし。慌てることはないかと。」

 カルラが不思議そうに首をかしげる。そういえば話していなかった。心の準備をさせておかないといけない。


「そういえば伝えていなかったわね。貴方はアルタ侯爵の養子になるのよ。」

「はあっ!?私がですか!?」

 カルラが珍しく大声をあげた。令嬢らしくないと思ったのか、慌てて口を塞いであたりを見回す。私達しかいないとわかると安堵していた。


「珍しいわね。貴方がそんな風に大声をあげるなんて。」

「当たり前です!!どうしてそのような話になるのですか?」

「何のために貴方を学園に通わせていたと思うの。婚約破棄をするだけなら他にもいくつか手はあったわ。それなのに今回の方法を選んだのは、貴方を侯爵の娘として振舞えるようにするためよ。」

「そんな・・・・」

 カルラが頭を抱える。その姿を見て少し笑ってしまう。なんだか悪戯が成功した気分だ。


「貴方を拾った時には決めていたし、最初に伝えたじゃない。貴方には私の一番の友人になってほしいと。そのためには私が平民になるか、貴方を侯爵家の親族にするしかないじゃない。」

 カルラは頭もよく覚えもよい。侯爵令嬢としてやっていける素質は十分ある。何よりカルラとの関係がメイドと雇い主という状態は嫌だったのだ。拾ったときに最初に伝えた。貴方には私と友達になってほしいと。友人であるためには、彼女を対等な関係にしなければいけない。

「お嬢様・・・・・。確かにおっしゃっていましたがそこまでなさるとは・・・。」

 カルラは私の考えに絶句していた。だがこればかりは譲れない。今回の婚約破棄もそうだが、私は妥協なんか絶対しない。やると決めたことは必ず成し遂げる。


「あ、お迎えが来たわよ。」

 ふと見ると、学園の入り口から一人の男性がこちらに向かって走ってきた。

「お疲れ様です。モンクレール令嬢。こちらにいらっしゃるということは、無事終わったという事でしょうか。」

「ええ。つつがなく。」

「お嬢様。こちらの方は?」

「彼はアルタ侯爵の息子のケント様よ。」

 カルラにケント様を紹介する。カルラが私に変装していた時は、誰かと話す機会は極力なくしてもらっていた。ケント様とは今後兄妹となるのだから、早いうちに仲良くなってもらうとしよう。


「お話させていただくのは初めてですね。私はケント・アルタと申します。遠慮せずケントとお呼びください。学園で姿はお見掛けしておりましたが、お話しできず残念でした。」

「お心遣いありがとうございます。ケント様。初めまして。私はカルラと申します。平民ですので、遠慮せずカルラとお呼びください。」

 カルラはすぐに立ち直り、優雅に挨拶をした。うん。礼儀作法は十分だ。これなら侯爵家でも問題なくやっていけるだろう。


「ありがとうございます。カルラ様。直接お話しできる日を楽しみにしておりました。遠巻きに見ることしかできませんでしたが、本当にお美しい。まるで天使のようだ。」

「そんな・・・。」

 カルラの顔が少し赤い。あら?これは脈ありかしら。カルラの養子先にアルタ侯爵家を選んだのも理由がある。アルタ侯爵家にはケント殿を含めて二人の息子がいるが、二人とも一目でシャーリーが私であることを見抜き、それぞれ私に事情を聞きに来たのだ。正直に答えた時に今回の試み、そしてカルラの事を相談した。二人の協力を得て、カルラ侯爵から養子の話を取りけたのだ。


「カルラ。もしケント様と結婚したいのなら、養子先を変更するから早めに言ってね。」

「お嬢様!?」

 カルラは顔を真っ赤にして、俯いてしまう。揶揄ったつもりだったが、意外な反応だ。これは本格的に養子先の変更を考えた方がよいかもしれない。結婚して侯爵家の一員になるのであれば、養子先は侯爵家にこだわる必要もない。頭の中で色々と候補をあげ始める。

 ふと気がつくと、ケント様がこちらをじっと見つめていた。


「ケント様?どうかされました?」

「いえ。カルラ様の事も大事ですが、モンクレール嬢も覚悟されたほうがよろしいかと。」

「?それはどういう事でしょうか?」

 意味が分からず首をかしげる。婚約破棄も無事終わったし、婿探しも慌てることもない。特に覚悟することはないと思うが。


「今回の件に関して、私の兄クリスと何度も相談されたそうで。」

「ええ。クリス様には色々お知恵を貸していただいて本当に感謝しておりますわ。」

 ケント様には二つ上のお兄様がいらっしゃる。とても優秀な方で、私が悩んでいた時に何度も相談に乗ってもらった。一人では視野が狭くなりがちなので、二人で話すのは知見を広げることができてとても楽しかった。


「兄はモンクレール嬢に惚れこんでいたようですよ。婚約破棄が成立したら真っ先に結婚を申し込むと意気込んでいましたから。」

「はぃい!?」

 思わず素の声が出てしまった。私に!?惚れこむ!?あのような素敵な方が?そんな馬鹿な。私なんて侯爵家出身であること以外はこれといった取柄もない。容姿も普通だ。カルラの方が美人である。卑下しているのではなく客観的な事実だ。


「そ・・そんなことは、さ・・さすがにないでしょう。あのような素敵な方にはもっと素晴らしい方がいらっしゃるかと・・・・。」

「その様子だと全く気が付いていらっしゃらなかったのですね。兄はよく私に愚痴を言っていましたよ。好意に全く気づいてくれないが、婚約者がいるから積極的にアプローチができないのが辛いと。」

「そ・・・そんな・・こと。」

 否定する声が震える。どうしよう。振り返ってみると心当たりがありすぎる。とても優しくしていただいたり、時間を見つければ少しでも長く一緒にいようとされていた。贈り物も多くいただいた。形に残るものは避けていたが。今までは婚約者がいたので意識したことがなかった。


「お嬢様!!私、お嬢様と本当の姉妹になれるのですね!!」

 カルラが満面の笑みで私を見ている。でも満面の笑顔が何か黒い!!引きずり込もうとしていない!?別に貴方の行く所は沼ではないわよ!!

 

「さて・・・・・。私、急用を思い出したのでお先に失礼しますわ。」

 私は動揺を必死に抑え込んで、馬車に向かって歩き出す。ケント様とカルラが笑っているが知った事ではない。とりあえず、家に帰って心を落ち着けたうえで今後の事を冷静に考えないと。


「お嬢様。逃げる気ですね。」

「カルラ様。大丈夫ですよ。兄は既にモンクレール嬢の家でモンクレール嬢をお待ちしていますから。」

「!!」

 ケント様の言葉に、思わず振り返ってしまう。ケント様は楽しそうに笑っていた。


「私の思いを知ったら逃げられる可能性がある。絶対に逃すわけにはいかないとのことらしいですよ。だから我々は婚約破棄の場にいなかったのですよ。私がここに派遣されたのは、他の者がモンクレール嬢に余計なアプローチをさせないためです。私としてはカルラ様にお会いしたかったので二人の利益が一致したのですが。兄は正装して大きな花束を持ち、モンクレール様をお待ちしていますよ。」

「あ・・・・ああ。」

 思わず私は頭を抱えて座り込む。別にクリス様が嫌いではない。むしろ好感をもっている。今までの婚約者が殿下だったので、冷静に対処できていたが、他の人に真剣に愛を囁かれた経験などない。正直、愛を囁かれたら、冷静に対処できずに顔を真っ赤にして慌てている自分の姿が目に浮かぶ。


「さあモンクレール嬢。参りましょう。諦めて兄の溺愛を受けてください。」

「さあ、お嬢様。帰りましょう。」

「どうして・・・・どうしてこうなったの!?誰か教えて!!」


 当然私の叫びに答える者はおらず、私の叫びだけが虚しく響いた。

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残念。彼女は偽物ですわ。 川島由嗣 @KawashimaYushi

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