第70話 奴隷商人を探して
ホワイトコーストに来て5日目。
いまだにゼロの姉メイズの手がかりは見つかっていない。ホワイトコーストでゼロの姉を売った奴隷商人を探す──このミッションは想像通り大変なものだった。
まずは奴隷商人を見つけることから始まる。
これがすでに難しかった。
なんでも奴隷取引はレバルデス世界貿易会社が禁止している取引品目なのだとか。7つの海で貿易を支配する巨大企業が「NO」と言えば、それはNOだ。貿易会社を通じて取引をしたい商人たちは、クリーンである必要があるため、表立って黒いことはしない。
調査初日、手分けして交易所に足を運んで、商人っぽいやつを捕まえては、奴隷取引をしているやつを知らないか聞いてみたが、ほとんどが協力的な態度をみせてくれなかった。
奴隷、人身売買、人売り、こうした単語を聞けば商人たちは決まって顔をしかめた。「うちには関係ない。よそをあたってくれ」と皆が俺たちを追い払った。
それでも、進展はあった。思わぬ場所での進展だったが。
調査2日目のことだ。思わぬ情報源となったのはなんと『牛と酒』の店長だった。俺たちがあの店に連日通ったためか、あるいは店長が子ども好きなのか、モフモフ好きなのかは不明だが、俺たちに好意的なのは間違いなかった。
彼の良さそうな人柄に期待して、ダメもとで行方不明者を探していることを伝えてみた。すると、店長は難しい顔をしながら、同情の意を示し、とある情報をくれた。
「商売柄、酒飲みたちの話を耳にはさむ。毎日毎日、いろんな客の話を聞いていれば、そのなかに耳を塞げばよかったと思うような話題もあったりする。奴隷を買ったとかそういう話さ。──噂によればリーバルトとかいう男が、女の奴隷をあつかっているらしいぞ」
店長はカウンター席で蒸留酒をたしなむ俺にこっそりと教えてくれた。キーワードは『リーバルト』。その名前は奴隷関連の話でたびたび出てくるようだ。
そういうわけで、俺たちの調査対象はリーバルトという商人になった。
交易所で「奴隷商人知りません?」ではなく「リーバルトという商人をご存知で?」という聞き方をすれば、さして嫌がられることなく彼のことを教えてもらえた。
彼はホワイトコースト商人ギルドに属している二等商人とのことだった。
「筆頭商人がギルドの代表者クラス。都市長とかだ。一等商人はひとつ下だが、みんな豪邸をいくつも持ってる。二等商人はもうひとつしたの等級だが、それでも屋敷を持ってる本物の金持ちたちさ。二等以上は格がちがうね。どうすればあんなに儲かるんだか」
交易所で聞きこみに協力にしてくれた商人ギルド所属三等商人は嘆くように教えてくれた。
調査3日目はリーバルト本人に会うためにギルドに足を運んだ。本人には会えなかった。
調査4日目の今日、リバースカース号の船長室にて、リーバルトと接触することを目標に作戦会議が行われていた。いまは船長机を囲んで皆で、策士ラトリスの案に傾聴しているところだ。
「現状掴めている情報によれば、リーバルトはすごく金持ちの二等商人。商人ギルドの商館へいけばリーバルトと取引をしたいという人間を繋いでくれるらしいけど、実際はほとんど会えない。それなりに格がないと話をすることすらできない。これだけね」
金持ちの時間は貴重ってことだ。
よく言うやつだ。あの有名人は1秒間に数百万稼いでいるだとか、そういうの。その意味でいえば会う人間を選ぶというのは普通のことである。大企業の重役にいきなり会わせろといって会えることのほうが少ない。
「リーバルトはわたしたちが掴めている唯一の手掛かりよ。どうしても会わないといけない。リーバルトが噂通りの奴隷商人なのか、そうだとしたらゼロの姉メイズを知っているのか……すべて空振りに終わる可能性もあるけど、それでも近づいて確かめてみないことにはわからないわ」
「でも、会ってくれないのならこの線で追うのは無理なんじゃない~?」
「普通の手段ならね。ふふん、昨晩、わたしはベッドのなかで頭が痛くなるほど考えたのよ。奇策を。そして見いだしたの。メイズへと至るリーバルト垂らしこみ作戦を」
「「リーバルト垂らしこみ作戦ー?」」
クウォンとゼロは首をかしげた。
ラトリスは腕を組んで得意げな表情で答える。
「そうよ。リーバルトが商人なら、こちらも商人として接触すればいいのよ。昨日は海賊として接触してしまったのがよくなかったわ」
「商人として接触すればいいって言っても、あたしたち海賊じゃん?」
「まったくわかってないわね、これだから馬鹿狼は」
「なにをー‼ この意地悪狐‼」
「身分なんてものは服装をかえれば手に入るものなのよ。防具を着れば冒険者に、変な帽子かぶって弦楽器を弾いてれば音楽家、ブラウスに綺麗なニットジャケットを着こめば貴婦人よ」
クウォンは手をポンッと打ちながら「おお、なるほど‼」と感心した様子だ。
「変装で格のある商人になりすまし、メイズの情報を探る。これが作戦の全容か」
「どうでしょうか、このアイディア」
「いいんじゃないか? リーバルトと面と向かって話をできそうだ」
それにスパイ映画みたいで楽しそうだ。
と内心思っていたりする。
「それじゃあ、あたしが変装するよ! なんだか面白そう‼」積極的な狼。
「あんただけはないわ、クウォン」否定的な狐。
「また独占するつもり⁉ ラトリスだって無理だよ、無法者が毛並みにまで染みついてるもん」
「まぁわたしは一流の無法者であることは認めるけど、商人になろうと思えばなれなくはないけど……でも、今回はわたしの出番じゃないわ。獣人だとちょっと不利だもの」
ラトリスは涼しげに赤い髪を手ではらい、こちらを見てくる。俺は足を組んで椅子に座したまま、酒瓶をかたむけていたので、視線で「え?」と問いかえす。
「いろいろ考えたけど、やっぱりオウル先生以外に商人役はありえないわ」
自信満々にラトリスは言った。俺は酒瓶を口元から離し、居住まいを正した。
そして「いろいろ考えた」部分についての説明を求めた。
────
世界からヒトとモノとカネが集まる港湾都市には、当然、裕福な者たちがいる。
新しい時代、新しいやり方で力をつけている者たちの名は商人だ。貿易をうまく利用することで莫大な富を築いた彼らは、決まって小綺麗な格好をしている。
決して汗の滲んだ着古したシャツなど着ていない。冒険者みたいに皮鎧を着ていることもない。靴の汚れにだって気を使い、帽子をかぶり、おしゃれに気を使っているのだ。
──その日の商館はいつもと変りなく忙しかった。
「失礼、お嬢さん、二等商人のリーバルト殿にお会いしたいのだが」
そうやって声をかけるのは訪問者だ。
商館の訪問客用の窓口でペンを走らせていた受付嬢は作業を中断させ、新しく受付にやってきた人物に対応しようとする。
受付嬢はギョッとした。
受付前にたっていた人物のその奇抜な装いのせいだ。
おおきな羽根つき帽子を被り、丸型サングラスのレンズに瞳をすっぱりと隠し、自信過剰なほどの笑みを張りつけていた。黄と赤のチャック柄ジャケットは目に痛々しい。尖がった革靴はピカピカに光っている。
彼は片手で狐族の娘をはべらせていた。胸元のあいたブラウスを腰までスリットのあるスカートを履いた蠱惑的な娘だ。腰に手をまわした状態で、まったく恥ずかしがる素振りもなく、それが日常であるかのように平然と受付嬢のリアクションを待っていた。
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