第47話 青龍刀の剣士

 ラトリスを探す。いた。

 レモン羊の足元でうまいこと蹄を避けながら立ち回っている。


 セツとナツはどこだ。いた。

 セツのほうは安全地帯からシャッターを切り、目を輝かせ、ナツは棍棒を振りまわし、海賊をたたいてまわる。ナツは普通に戦えているな。


「クウォンは……」

「うらぁぁあ、死ねやこのじじい‼」

「言うほどじじいじゃねえだろ」


 背後から俺を襲ってくる海賊。

 剣を避けて足で蹴っ飛ばした。


「へへ、じじい、かかってこいよ、びびってんのか? ぶっ潰してやるよ‼」

「そこ危なそうだぞ」

「あぁぁ? 何言ってやが──」


 上方からおおきな蹄が降ってきた。

 海賊はぺちゃんこになり静かになった。


「あぁ……お大事に」


 俺はいって引き続き、クウォンを探す。


「暗黒の秘宝の魔力、思いしれい‼」


 ちょっと離れた場所にウブラーを発見。彼はおおきな羽根つき帽子を手でなぞる。

 すると足元の影が隆起し、立体的になり、触腕のように射出された。

 魔法だ。あんな学のなさそうな男が使える代物なのか?


「くだらない技だね」


 相対するのはクウォン。

 彼女はグレートソードで凪ぐように影の触腕を斬りはらった。


「っ、そんなバカみてえな剣を振りまわせるのか……生娘がァ、少しは遊べるなァ‼」


 見た感じあっちの戦いは大丈夫そうだな。

 と、思ったその時だった。


「めぇええ‼」


 レモン羊の体勢が崩れた。

 おおきな身体が傾いて、どしゃーんっと音をたてて倒れた。俺のほうには倒れこんでこなかったが……代わりに一人の男がこちらにやってきた。


「うるせぇ獣だ、邪魔くせえ」


 男は青龍刀っぽい剣についた血糊をはらう。

 鋭い視線が俺のほうを見てくる。


 全身古傷まみれだ。片耳もそぎ落とされている。

 嫌でも目をひくのは悪趣味なネックレス。人の指に紐をとおした品で、繋がれている指は数える気にならないほどおおい。


 こいつからは血の匂いがする。

 濃密な血の匂いが。


「あんたらヤレる口だな。いい剣士がそろってるじゃねえか、そそるぜ」

「見る目あるな。アクセサリーのセンスは壊滅的だが」

「無駄口はいい。まずはてめえからだ、じいさん、せいぜい俺を楽しませてくれよ」


 嗜虐的な笑みを浮かべ突っこんでくる男。コンパクトに振り下ろされる青龍刀。受け流し、すれ違いざまに腹を薄く斬りつけた。血がピシャッと飛散する。


「っ‼ やるな、じじい‼」

「じじいって年齢じゃないんだけどな」


 戦闘狂だ。これはしっかりと戦意を削ぐ必要があるかな。

 俺は激しい剣をいなしたのち、やつが剣を握る手へ狙いをつける。一閃。親指が血の尾を引いて宙に弧を描いた。


 思ったより反応速度は鈍い。

 見た目ほど強くなかったな。


「ぐあぁあああ⁉ 馬鹿な、俺の指がぁあ‼」

「終わりだ。親指がなければもう剣は握れない」


 俺は刀についた血糊を斬りはらい落とす。

 男のほうは青龍刀を取り落とし、膝をついた。


 揺れる瞳孔。脂汗にまみれた苦悶の顔。

 かすれた声を紡ぎ出した。


「その太刀筋……てめぇ、ぇ、何者、だ……」


 どういう質問だ。何者と聞かれても身分などないが。

 クズでカスで悪党とはいえ、剣士としての死を与えた手前だ。何かそれらしい返事はないか、顎をぽりぽり掻き、少し思案した。


「剣聖」

「……けん、せい……まさか、お前が、あの伝説の──」

「っていうのは冗談なんだけど」


 ズド───ンッ‼ 


「めええええええ‼ めえええっ‼」


 茶目っ気を訂正しようとした時、親指を失った剣士の上に蹄が落ちてきた。


 レモン羊は前脚を懸命に動かして、何度も踏みつけて念入りにトドメを刺すと、ついぞ力尽きたように再び横になった。

 苦しそうに「めぇぇぇ、ぇぇ……」と細い鳴き声をあげている。


「因果応報、か。レモン羊の怒りを買うようなことするからだぞ」


 俺は刀についた血糊をはらって綺麗にしたあと鞘におさめた。

 倒れたレモン羊の顔のあたりにいく。苦しそうにするレモン羊。じーっと動かないでいる。先ほどの攻撃にすべてを注いだらしい。


 おおきな瞳からは涙がこぼれている。

 痛いのだろう。


「可哀想に。大丈夫だぞぉ、よしよし、ほら俺が一緒にいてやる」

「めぇぇええ……」

「大丈夫大丈夫、お前はこんなにおおきいんだ、ちょっと斬られたくらいで死にやしない」

「めぇぇぇ、めぇぇ、ぇぇ……」


 おおきな鼻頭を、子供を寝かしつけるようにトントンして落ち着かせる。

 だんだんと争いの音もちいさくなってきた。戦いが終わりかけている証だ。


 肌をピリッと焼くよくな感覚を覚えたのはその時だった。

 産毛が逆立つような、ある種の力が解き放たれ、空気が引き締まったような、そういう言語化できない場の変化。


 何か起こった。あるいは何かが起こる。

 そう思って「すぐ戻るよ」と、レモン羊につげ腰をあげた。その直後だった。身体が地面から浮くほどの衝撃が突きあげてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る