第37話 レモール島上陸

 ヴェイパーレックスの渦潮で数日休息をとったのち、俺たちは再び海に漕ぎ出した。海の果てを目指して航海すること10日、俺たちはお宝の眠る島にたどり着いた。


「ここがレモール島か。わりと栄えているな。建物がいっぱいだ」


 沖から単眼鏡をつかって眺めた感じ、島の沿岸部はけっこう発展しているように見える。おおきな埠頭には、大型の帆船も停泊しているようだ。


 船を停泊させて、俺たちはさっそく埠頭におりた。


 目につくのは港周りのおおきな倉庫群。

 木箱と樽を椅子と机代わりにしてカードで遊ぶ水夫たち。漁業用の小型の船。それらは外海からきた帆船と対を成すようにずらりと並び埠頭の一角を占領していた。小舟のまわりでは、漁師たちが竿やら網やらを手慣れた所作でいじくっていた。


「田舎って感じする~‼ 旅の思い出ゲットなのですっ‼」


 パシャ。セツはシャッターを切りまくっていた。

 停泊するリバースカースや他の船、埠頭の風景に、歩いている俺たち、海鳥、現地の漁師など、いろんなものフィルムに収めていく。


「ひとまず母なる大地に戻ってこれたお祝いに美味い飯でも食いたいところだが」

「名案ですね。でも、わたしは遠慮させていただきます。ご飯なら3人で行ってきてください」

「それはまたどうして? ラトリスも食べればいいじゃないか?」

「わたしはブツについて調べたいので。現地で人をあたろうと思います。資源島と違ってここには島民がいます。話を聞けばこの島について知ることができると思いますから」

「もっとゆっくりしてもいいんじゃないか?」

「滞在時間は多めに見ても8日程度です。時間に余裕を持ちたいので」


 なんてしっかりした子なのだ。真面目だ。本当に無法者なのか?

 真の船長たる彼女の意思を尊重し、俺たちは別行動をすることになった。


「ねぇ、おじちゃん知ってる? この島の特産はレモンと羊毛らしいんだよっ‼」

「レモンと羊毛、ね。へえ、知らなかったな。セツは物知りだな」

「にひひ、それでね、レモンとお肉を一緒に食べるとすごく美味しいんだってっ‼」


 セツが尻尾をフリフリしながらそう言ってきた。

 ナツも無言で見つめてきている。


「ならレモンを使った料理を振舞ってくれる店を探そう」

「やったぁ‼」「おじいちゃん、好き」


 レモン料理はすぐ見つかった。

 港近くの酒場『黄金の羊毛亭』という怪物の骨が来訪者を迎えてくれる店に俺たちは入店。店主と嫁のふたりで切り盛りしているというお店で、気さくでよい夫婦だった。話せばすぐに仲良くなることができた。


 何品か食べたなかで俺の一押しはレモンあえ蜂蜜酒ステーキだ。

 島のもうひとつの特産である羊──つまりラム肉を使った品だ。


 塩と胡椒とニンニクで味付けをし、オリーブオイルを塗りたくってレアに焼く。ソースは肉汁の残ったフライパンで蜂蜜酒とレモンを煮たせてつくる。ラムステーキに香り高いソースをかけ、最後にレモンを適量しぼり、ともに口に運ぶ。


 極上の味わいだ。

 店主の嫁にレシピを聞くほどだった。


「レモンを育てたことあります?」


 ご教授いただいたレシピを書き留めつつ、カウンター越しに店主の嫁にたずねる。


「もちろんよ。この島じゃどこの家にもレモンの木があるわ」

「見せてもらってもいいですか?」

「どうぞ、裏手にあるわ」


 酒場の裏庭にまわると、立派なレモンの木がたくさん生えていた。


「立派な菜園ですね。羨ましい」

「ありがとう、うちのは全然ちいさいくらいだけれどね」

「レモンの木の育て方にコツとかはあったりします?」

「おじちゃん、どうしてそんなこと聞くの?」セツは不思議そうな顔で見上げてきていた。

「うちには菜園あるだろ」

「わぁ‼ もしかしてレモンを育てようと⁉」


 そのための菜園だ。

 このレモンの木を見たところ、菜園の天井なら高さが足りるだろう。


 俺がレモンを求めるのには理由がある。美味しいということや、船で使える食材に選択肢を持たせたいのももちろんある。

 

 でも、もっと欲しいのはビタミンCだ。

 前世の知識のなかに大航海時代、船乗りを恐怖に陥れた壊血病というものがあった。社会科の授業が俺の頭に残した数少ない知識のひとつだ。


 ビタミンCが不足して起こるらしい。博識ではないので、それ以上のことは知らないが、とにかく解決策のほうは馬鹿でもわかる。ビタミンCが不足して起こる病は、ビタミンCを摂取すれば予防できる。


 食が不安定になる航海生活を少しでもいいものにしたい。リバースカース号の食を預かる者として、レモンの木は必ずや菜園で育てなければならない。


「枝の剪定はとても大事よ。木の体力を無駄遣いさせないためにね」

「剪定基準とかあったりするのですか、教授」

「株元から生えている枝や、日当たりを邪魔している枝、細くて元気がない枝、下向きに伸びている枝と、あとは前年に実をつけた枝も弱ってるから切っちゃうといいわ」


 レモン使いの女からレモン育成に必要な知識を手に入れることができた。「いやはや勉強になります」俺はメモをしまい、お礼にいくらかのシルバーを渡し、素晴らしい酒場をあとにした。


 次はレモンを手に入れることにした。

 実際にレモール島の地元料理を食べたおかげでアイディアが浮かんでいるのだ。ここらで釣れる魚とあわせて美味い物が作れないかいろいろ試したい。


 向かった先は市場だ。

 2階建ての建物にはさまれた通りに露店が並んでいた。


 ヴェイパーレックスの市場ほどおおきくはないが、あそこほど治安は悪くない。

 人が少なくて寂れた雰囲気がどことなくあるが、それもまたいい。穏やかな時間がここにはある。


 刀の柄に手を置いていなくても買い物ができることは素晴らしいことだ。俺はわくわくした心持ちで物色を始める。なお、あっちこっちを駆けまわる子狐たちから5秒以上目を離さないことも忘れない。ラトリスにお願いされているのだ。


 露店には今朝獲れたのだろう新鮮な魚が並び、果物が様々と籠に盛られていた。

 選択肢が溢れている。俺は自分が試されているような気がした。

 これだけの食材を使いこなすことができるのか、このなかから素晴らしい組み合わせを発見できるのか。料理人への挑戦だ。


 無人島サバイバル料理人の腕が鳴るぜ。


「きゃぁああ!」


 そんな時だった。

 悲鳴が聞こえたのは。事件発生だ。


 市場に緊張感が走った。

 俺はセツとナツがすぐそばにいるのを確認する。


 この子たちじゃない。

 であるならば、よそのトラブルか。


 俺は視線を走らせた。人々が騒いで逃げる騒動の中心地、粗野な男たちがカットラスやら短銃やらを手にして声を荒げていた。悲鳴はあそこからか。


「この小娘がぁ‼ ぶっ殺されてえみてえだな‼」

「死ぬより酷い目にあわせてやるぜっ、ぐっへっへ」


 暴力の香りを放つ男たちが群れている。

 そこに相対するのはひとりの少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る