第32話 ひと仕事終わり

「デカブツに慣れててよかった」

「せ、ぜ、ぜんじぇえ……」

「ん? うぉ、どうした、ラトリス」

「うぅ、ぐすん、まさしく神業です、素晴らしいです……‼ 流石はオウル先生です‼」


 ラトリスはポロポロ涙を流し、鼻をすすり、小刻みな拍手が止むことはない。

 喜んでくれるのは嬉しい。でも、そんなに感動したかね。高級技を使ったわけでもないのに。


「おじちゃんっ‼ 光石鷲獅子の横に立ってっ‼」


 セツはカメラを構えながら言った。


「記念撮影か。それならみんな一緒にどうだ?」

「それはあと‼ まずは世界最強の剣士と怪物を撮らないとっ‼」


 言われるままに、俺は怪物の隣でしゃがみこむ。

 パシャ。まず。目をつむったかも。


「みんなで撮るのですっ‼」


 張りきってそういうセツは、ハッとした顔になる。


「あれ? でも、誰かが撮らないといけないから、みんなは映れない……?」


 絶望の表情をするセツは、カメラを悲しげに見つめた。


「セツ、自撮りすればいいんじゃないか」

「はえ? 自撮り?」


 セツは自撮りを知らないようだった。説明すると驚愕の顔になった。天と地がひっくり返ったかのような、世界の真理を解き明かしたかのような表情だ。


「おじちゃん……天才……?」

「それほどでも」


 これで天才扱いしてもらえるのは気分がいい。

 しかし、自撮りを知らない、か。カメラは最先端の道具。使い方はわかっても自分で自分を撮るという発想って意外と出てこないのな。


「さぁ、おじちゃんの革新的な撮影方法、自撮りで撮影なのですっ‼ 枠に収まるようにぎゅーっとしないといけないから、もっと寄って寄って!」


 俺が片膝ついてしゃがんで待ってると、セツが膝の上に乗ってきた。桃色の尻尾が俺のお腹あたりから上方向に伸びてきて顎下あたりを筆先でくすぐってくる。


 ラトリスは右腕に抱きつくようにし、右肩に頭を乗せてきた。

 赤毛のお耳が俺の耳のなかにグサッと刺さる。凶器なら死んでいたが、モフモフなので痒くなるだけで済む。


 ナツは膝を立てているほうの足を椅子に選んだらしい。丸太に跨るみたいな姿勢。俺の左腕をとって「もっとちゃんと支えて、おじいちゃん」と言わんばかりにちいさなお腹にまわさせた。なお、お耳が俺の頬を叩いてきていてわずらわしい。


 あらゆる方向からモフモフで攻撃され、俺は大変な辛抱を要求された。


「このっ、くっ、ええい、くすぐったい……っ、ぴょこぴょこ動かすな……っ」

「あー、おじちゃん動いたっ‼」

「これは撮り直しですね。さあ先生、もう一度、大人しく密着しててください」

「今度は動いちゃダメだよ、おじいちゃん」


 おかしいな。こんなのおかしい。

 絶対におかしいことが起こってる。


「ちょと待て、これは……本当に俺が悪いのか? 責任の所在について追及をだな──」

「先生、御託はけっこうです」

「おじちゃん、動かないでっ‼」

「おじいちゃん、我慢、だよ」


 どう考えてもこの柔らかい毛を誇る耳とか尻尾が悪いはずだ。

 正しいのは俺のはずなのに、4分の3がモフモフなので正義が捻じ曲げられる。これもまた民主主義か。


 俺は悶々とした気分を抱きながらモフモフの試練に耐えた。

 最終的には4回ほど撮り直しをし、狐たちは満足してくれた。


 

 ────



 帆船たちが身をよせる港から徒歩数分の浜辺。

 俺は弱々しくなる焚火を見つめながら、蒸留酒をちびちび飲んでいた。


 10日間。俺たちはよく働いた。最後までやりきった。

 素晴らしい仕事になった。顔をあげる。夜空を彩る星々。集中労働期間の終わりを祝福してくれているみたいだ。


 すでに鷲獅子料理を盛大にふるまった宴は終わりを迎えた。


 俺は最後の労働として食器や調理道具を洗わないといけない。

 重たい鍋を担いで、俺はタラップを慎重にのぼりようやく船まで戻ってくる。道具を俺の個室に持っていけばミッション完了だ。


 俺が寝る前にもうちょっと飲もうと上甲板にあがった。

 

 後部甲板までのぼるとラトリスの姿があった。髪の毛は塗れており、ホカホカしている。剣も銃も上着も着ていない就寝用の薄着姿だ。

 風呂上りに夜風にあたっていたのかな。


「あっ、先生。御言葉に甘えて先にお風呂をいただきました」

「濡れ狐になってる。風引かないようにしろよ」

「ふふ、気をつけます」


 俺は手すりに寄りかかり、飲みかけの酒瓶をかたむけた。

 その時くらっと眩暈がした。10日間よく働いた疲れが出たのだろう。正直言うと、初日に負った筋肉痛がいまも抜けていない。おっさんは回復速度が遅い。こんな状態でよく頑張ったと自分で自分を褒めてやらねば。


 目を閉じて眉間をマッサージ。深く息を吐きだす。

 再び目を開ける。俺の隣にラトリスがいた。同じような姿勢で手すりによりかかって、尻尾のモフモフで俺の足をペチペチ叩いてきている。


 彼女は寝間着のポケットから綺麗な石を取りだした。蒼い輝きをもち、深い色を持つ。濁りはまったくない美しい石だ。それを夜空の掲げるようにした。


「間違いなく『最高の光石』です。親切な海賊さんが教えてくれました」


 そう言ってラトリスは石を俺に渡してきた。


 俺は受け取り、美しい輝きに目を細める。


 前世じゃブランド品だとか、高いだとか、そういうものにまったく興味はなかった。でも、この美しい物を見ていると、そうした物を好む気持ちがわかる気がした。間違いなく価値がある。そう確信できるもの。


 それを手に入れることの充足感は代えがたい。

 それが苦労して手に入れたものならなおさらだ。


「宝物っていいかもな。良さがわかりそうだ。こいつを手放すのが惜しく感じてきた」

「ですよね。ふふふ、それに伝説がついているのなら殊更ですよね。その『最高の光石』にはコウセキ島を訪れた海賊たちの間で語り継げるすごい物語があるんですし」


 俺は光石をラトリスに返す。


「これはニンフムに渡してきます。彼女なら適切に保管してくれますから」

「彼女なら安心だな」

「先生はまだここに?」

「俺はもう少し飲んでから寝るよ。おやすみ、ラトリス」

「はい、先生も。10日間、本当にお疲れ様でした」


 ラトリスは一礼して後部甲板を降りていった。

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