第30話 コウセキ島ダンジョン最深部探索

 コウセキ島に来て10日目。

 明日、この船はヴェイパーレックスの渦潮へ出発しなければならない。長いようで短かった採掘キャンペーン。その終わりがそこまで迫っている。


 リバースカース号の貨物室に積まれる光石は順調に質の高いものに入れ替わっている。最初の光石ヤマアラシを数えて合計で8体、今日まで俺たちは動く宝の山を倒してきた。


 素晴らしい収穫を抱えて戻るたび、採掘場の男たちの視線が増えていった。


「あいつら当たり前のように光石ヤマアラシを……」

「本当に倒しているのか怪しいものだが」

「首のないヤマアラシを持って帰ってきたのを目撃しているやつが大勢いる。間違いない。あいつらは光石ヤマアラシを連日討伐してるんだ」

「相当に腕がたつってことだろうな。とんでもない奴らだ」


 俺たちの成果は海賊たちにとって驚くべきものだったようだ。


「昨晩の『光石ヤマアラシの水炊き』は美味しかったな」

「香草で獣臭さが消えててすっきり美味しくなってましたね。今晩はどうするんです?」

「今晩は焼き物方面で考えてる。それと3日前に塩漬けにしたヤマアラシ肉もちょっと取り出してみ香辛料とあわせてスープにしよう。隣船の海賊がハースニップを積んでたから、『低質の光石』と物々交換して手にいれたから、具材たっぷりスープにできるぞ」


 今晩の献立をどうしようか構想を膨らませながら、ダンジョンの深部を探索した。

 光石式ランタンの蒼い光で前方の闇を照らしだし、未踏の領域に踏みこむ。


 壁や地面に引っ掻いたような跡が見られるようになってきた。

 ほどなくして俺たちは光石ヤマアラシを発見した。

 

 俺は3者と顔を見合わせ、口元に指をたてる。こっそりと道を迂回する。光石ヤマアラシに気づかれずに離れることができた。


 普段、光石ヤマアラシを見つけたら、倒して抱えて引き返していた。

 それはヤマアラシこそが俺たちの獲物だったからだ。


 今日は違う。今日は最終日だ。

 今日はもうヤマアラシの段階ではないのだ。


 我が海賊パーティは協議の末、伝説を見てみることにした。

 もしかしたら今日一日が無為に終わるかもしれない。何の成果も得られずに手ぶらで帰ることになるかもしれない。


 それでもだ。それでも俺たちは見たいと思ったのだ。

 ワクワクしてしまったのだ。であるならば多少、稼ぎに影響が出ても見るほかない。冒険がなければ海賊をやっている意味がない。


「もう4日もこの深部を歩きまわってるのにいないよぉ……」

「お姉ちゃん、よしよし、頑張ってる頑張ってる」


 ぐすんと涙ぐむ姉をあやすのは妹の仕事である。

 セツは4日前から「絶対に鷲獅子を写真におさめるのですっ‼」と張り切っていたので、いまだに見つからない状況に人一倍テンションさがっていた。

 いつも明るい元気な子というイメージだが、意外と気分が落ちこむこともあるらしい。


 どうにか見つけてやりたいものだが、でも、ごめんな、無理かもしれない。

 なにせこのダンジョン、でけえんだ。想像よりでけえんだ。


 特に深部に来てから道の分岐がおおい。とても複雑な構造をしている。

 ダンジョン入り、4時間後、進展があった。「先生、これを」ラトリスは道の壁を光石式ランタンで照らした。


 そこには傷があった。

 鋭い爪で引っ掻かれたような跡だ。


「また光石ヤマアラシが爪とぎしたあとだよぉ……ぐすん、もうしばらくヤマアラシすら見なくなっちゃったし、このまま成果ゼロでフィニッシュなんだぁ……鷲獅子に会えないんだぁ……」


 すっかりネガティブな桃色子狐は、しなしなになった声でいった。

 ここまで何度も爪跡を見つけては、期待をして、そのたびに失望してきた。


 いつだって近くにいたのは光石ヤマアラシや光石イノシシだったのだ。

 萎える気持ちもわかる。俺だって落ちこむ。大人なので態度にださないだけだ。一応、これでも年長者なのでな。


 そのため俺はさほど期待せずにラトリスの見つけた傷跡を検分してみることにした。島がおかしくなる前から狩猟をしてきたので、動物の痕跡を追いかけることは得意なのだ。ラトリスが緊張した様子で見守るなか、俺はソレを見て、触り、臭いを嗅いで吟味し、そして頬を緩めた。


「驚いたな。こいつは当たりだ。傷が深い。それも爪の本数が少ない。光石ヤマアラシは5本。この爪痕は3本だ。位置も俺の顔より高い。イノシシじゃ届かない」


 言葉を並べると、セツの表情が明るくなっていく。


「それに爪とぎの用途じゃない。これは縄張りを示している跡だ」

「それってつまりっ! おじちゃんいるってことだよね⁉」


 セツのテンションがブチあがる。


「あぁこの近くにイノシシでもヤマアラシでも魔法生物が──」


 そう言いかけて、俺はハッとして背後へ振りかえった。


 それはまるで風のごとく駆けてきた。洞窟の淡い蒼光と薄暗闇にけたたましい足音が響く。周囲に溶けこむ淡い蒼色の毛羽。猛禽類の瞳は鋭い眼光を放ち、すでにこちらを捉えている。


 ラトリスは光石式ランタンを捨てて、サッと子狐たちのほうへ飛んだ。

 ならば俺は反対方向への回避だ。渋滞しちゃいけないのでな。


 俺たちは息のあった回避で、轢き殺されないように転がり、間一髪で攻撃をかわしきり、通り過ぎていく怪物の背を見送る。周りを見て、怪我人がいないと確認する。よかった。


「いまの鷲獅子でしたよね」

「俺にもそう見えた」

「うわぁーんっ‼ ついに見つけたのですっ‼ はやく追いかけないとっ‼」

「やったね、お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて」


 奇襲されたとは思えない温度感。危機より喜びが勝つ。


「まさか不意打ちとはな。それとも一般通過しただけかな?」

「どちらにしてもわたしたちは目標を見つけました」


 ラトリスは剣を鞘に納めて、光石式ランタンを拾いあげた。


「すみません、先生、避けざまに斬りつけてやろうと思ったのですが、おおきく飛びのきすぎて剣が届かなかったです。あの移動速度だともうかなり遠くまでいかれてしまったかもしれないです」

「仕方ない、今のは速かった。どうしようもなかった」


 俺は刀についた血糊を斬りはらい、ビシャと地面に赤い飛沫を描き、納刀する。

 ラトリスはキョトンとした顔をしていたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。


「流石です、先生‼ 今のタイミングで回避と迎撃もおこなっていたとは!」

「首を狙ったが傷は浅い。致命傷じゃないだろう」


 回避の際、鷲獅子の前足付け根と俺の足甲をぶつけた。

 そこから突進のエネルギーをもらって、鷲獅子の太首を後ろから追いかけるように斬った。でも、逃げられてしまった。


 ちょっとタイミングが合わなかった。俺もまだまだ未熟だ。


「おじちゃん、血痕が続いてるよっ‼」黄色い声で叫ぶセツ。


 洞窟の地面に記された道標は、さらに深部へと俺たちをいざなった。

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