第18話 コウセキ島へ

 海に出て7日が経った。

 リバースカース号はアンブラ海の波に揺られ、次の返済日を乗りきるために目的地に向かっているところである。予定ではもうすぐ着く頃合いだ。


 穏やかな船上において、俺の生活は3つの要素で構成されている。

 釣り、酒、ギャンブルだ。カスみたいな響きだがこれが最高であることは本能により証明されている。疑いようがない。


 今日も朝から葡萄酒を片手に、舷側から釣竿を垂らし続けている。

 隣には双子の妹ナツが俺と同じように釣竿を垂らしている。

 今日の釣り当番は俺と彼女なのだ。


「成果はどうですかっ!」


 双子の姉セツが妹の背中に飛びついた。

 頬をスリスリ。当のナツは迷惑そうに眉をひそめる。


「何が釣れたか見せてー‼」

「機密情報、だよ。お姉ちゃんは盗み食いする可能性がある、から」

「そんなことしないのですっ⁉ ねえねえ、見せてよー‼」


 ナツは困ったように俺のほうを見てきた。


 俺は足の間に隠しておいたバケツをナツのほうへ滑らせた。

 ナツはこくりとうなずき、バケツのなかの魚たちを前科持ちの姉へと見せた。おおきい魚が1匹、ちいさいのが4匹。「ちなみに全部、おじいちゃんの釣果、だよ」とちょっと拗ねたように言った。


「すっごいのです‼ 流石はおじちゃん‼ 釣りがとっても上手なのです‼」

「まぁ島でもよく釣りはしてたからな。向いてるんだよ、こういうのに」


 答えてやり、俺は針の先に餌をくくりつける。これをもう一度、投げ入れる。そして獲物がかかるのをひたすらに待つ。それの繰り返し。これが楽しいのだ。


 ふと、餌をくくっていると、セツが気になった。

 彼女は抱き着いたままの姿勢で、見つめてきていた。俺は釣り針と練り餌をつまんだまま、桃色の眼差しをじーっと見返した。


 爛々と輝く瞳は訴えかけてきていた。「はやく料理して‼」と。

 あるいは「もうお腹ぺこぺこなのですっ‼」だろうか。

 とにかく釣りなんてもういいと言いたげである。


 思えば朝食から時間が経っていたか。

 俺は竿を片付け、バケツを片手に下甲板へ続く階段へ向かった。セツとナツがついてくる。急かすように、後戻りできないようにピッタリひっついて。


 貨物室に降りてきた。積荷の水樽を開いた。

 中身がまだ半分くらい残っている。


 木の皿をつかって水をすくい、魚たちを洗いながら、ブラックカース島から持ってきた使い慣れた調理器具で下処理をほどこす。鱗を落としたり、内蔵をとったり、三枚におろしたり。肝は叩きにして、塩とラムと和えておく。


 刺身をまな板に並べて、塩とオリーブオイルをかけた。すみっこに塩とラムの肝和えを盛りつけて完成だ。『名もなき魚のカルパッチョ』。どうぞ召し上がれ。


「おじちゃん、お料理がとっても上手なのですっ‼」

「ありがとおじいちゃん、船長にも見せてくる」


 獲物を得て大喜びの子狐たち。

 もうおっさんは用済みとばかりに去っていく。やれやれ。


 このような簡易的な処理しか施せないのが悔しい。

 俺はもっとできるのに。そういう料理人の魂が乾きを訴えてくるのだ。


 船上なので仕方ないことだけどね。火は使えないし、水も限られているし、何より調味料が少ない。けれど時折、不安になる。俺は助けた恩に報いることができているのか、それだけの価値を示せているのか、役にたてているのか。


 肝以外の魚の内臓をボウルにいれて、貨物室の通路の小窓から海へ放り捨てた。

 料理人として鮮魚のはらわたは余さずに美味しく食したいところではあるが、この環境では、処理のハードルが高い。恐ろしいのは有毒魚や寄生虫などだ。これに当たるとキツイ。


 俺が知っている魚はブラックカース島の周辺の魚だけだ。釣果のなかに俺の知らない子も混じっていると「君は知らない子だね……どうしたら美味しくなるんだい?」と、話しかけながら調理をしないといけない。さながら研究である。


 ちなみに先ほどカルパッチョのお供としてだした肝の和え物は、航海後におこなった慎重かつ勇敢なる調査のたまものである。個人的には美味かったので、喜んでくれるといいのだが。


「総員、上陸準備―‼」


 ラトリスの声が上甲板から降ってきた。

 貨物室で料理の後片付けをしたあと、葡萄酒の酒瓶を手に取って、階段を駆けあがった。


 上甲板まで登り、舷側から船の進行方向をみやれば、島がすぐそこまでせまってきていた。酒瓶の底を手すりに叩きつけて、コルクを浮かし、くわえて引っこ抜き、栓を海へ吐き捨てる。


 一口飲んで、酒精が細胞の隅々まで行きわたるのを感じる。

 さてと、俺も準備をしようか。


 数十分後、リバースカース号は『コウセキ島』の港に着いた。

 港には帆船が十数隻も並んでいた。船から屈強な男たちが、剣やら銃やら武装をし、意気揚々と島に上陸している。


 流石はいま一番アツイ稼ぎ場だ。

 同業者で溢れている。


 タラップがかけられ、俺とラトリス、セツとナツ、4名で上陸を果たした。


「みんな噂を嗅ぎつけてきているみたいですね」

「海賊は情報を嗅ぎつける能力も大事なわけだ」

「海の資源は早い者勝ちが鉄則ですから」


 美味しい資源の眠る場所に同業者よりもはやく参上すれば、それだけ稼げる、とな。


 それが無法地帯の法というわけか。真面目にリサーチし行動を起こしたやつが勝つだなんて、言葉以上に健全な世界だ。デキる海賊ってみんな勤勉なやつなのかもしれない。


 港の一角にある白い帆船に俺の視線はとまった。ほかの帆船たちとは一線を画す存在感を放つ大型船だ。その船はたくさんの大砲を携えており、白くはためく帆を張っていた。雰囲気が違う。


「あれはレバルデス世界貿易会社の船ですね」


 世界貿易会社。名前くらいは知っている。ブラックカース島に訪れていた商人たちの口から聞いたことがあるのだ。すごいおおきな貿易会社。というくらいの認識しかないけど。

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