島に取り残されて10年、外では俺が剣聖らしい

ファンタスティック小説家

第1話 呪われた島と取り残された剣士

 魔族から伝わった航海技術はいまや全盛を迎えた。

 孤立した世界は繋がりあい、新しい物が生まれ、古きものが失われる。

 世は大航海時代、繁栄と混乱の時代である。


「先月の殉職者は十一名でした」


 テンションの低い声がそう告げた。世界を支配せんと躍進するレバルデス世界貿易会社──そのとある支社の、とある会議室内には沈鬱さがおりていた。白い制服に身をつつんだ者たちは、机を囲み、手元の資料を見下ろし、亡くなった者たちの名簿をいつものように流し見ている。


「海賊どもの勢いは衰えを知りませんな」

「それもこれも全部呪いのせいだ。無法者どもが力を持ちすぎている」


 白い制服の者たちはやるせなく首を横にふる。


 この会議室では現在、レバルデス世界貿易会社治安維持部執行課──通称『海賊狩り』による管轄エリアの島々に関する脅威度評価がおこなわれている最中だった。


 世界貿易会社の最大の使命は、まさしく”世界を繋ぐ”ことにある。海に点在する島々、果ての大陸、輝きを失った岬まで──。そのためには航路を安全に保つことが必要不可欠だ。けれど、貿易会社の矛を向けるべき敵はあまりにも多すぎる。


 海賊狩りたちの障害となるものは様々である。怪物、呪い、荒波、そして海賊。多くの要因を集積し分析し、航路や島など脅威を評価するのは大事な仕事だ。それが現在おこなわれている定例会議の重要な意義である。


 とはいえ、海賊狩りたちにとっては、陸での、それもレバルデスの権威に保護された社屋での会議など、刺激もなければ、欠伸がでるほどヌルい仕事だ。ここには波もなければ、厳しい食事の制限もなく、火薬も剣もない。肉体が休暇と勘違いし、気が抜けてしまうのも無理はないことだ。


「気が抜けているようです。世界に秩序を敷くことができるのは我らのレバルデスだけです。我々が倒れれば、無法者たちから世界を守ることは叶いません。引き締めていただきたく思います」


 テンションの低い声が告げると、空気が変わった。まさしく鶴の一声。眠たげだった者も、退屈そうにしていた者もすっかり背筋が伸びていた。


 室内に満ちる静粛な空気。

 コツコツと机をたたくペン先の音。

 紙をペラッとめくる音さえおおきく感じる。


「こほん。悲しいことばかりではありません。2か月前より、評価済みの島は30も増えました。レバルデスは海をまたひとつ知見した。これは嬉しいニュースです」


 鶴の一声はそれまでの低かった声色を高くして続けた。沈黙を破る権利を有し、この会議の是非をつかさどる声の主。それは黄金の長髪を誇る麗しい少女である。偉そうな男たちがならぶ円卓の一角に座する彼女は、長耳をピクピクさせながらサファイアの瞳でじーっと資料に視線を落とす。まだ若い彼女だが、周囲がこの淑女を見る眼には敬服の色が宿っていた。


「危惧すべきは管轄内の島々、海域、怪物、海賊の脅威度が上昇傾向にあることです」

「あの島です、か」


 少女の隣、短い金髪と丸眼鏡。見上げるほどの大男は静かにつぶやいた。


「いかにも。アンブラ海の癌『ブラックカース島』は依然として、脅威度:巨大蛸を保っています。この海の呪いの源となっているのでしょう。対処は困難を極めます。ゆえに引き続き近海域には決して近づかず、航路は迂回するルートを使うようにお願いします」


 脅威度は海に存在するあらゆる怪物、現象、島、航路、海域などにつけられる指標だ。それは下から順に亀、鮫、鯨、海蛇、巨大蛸と上昇する。


 最高脅威度:巨大蛸というのは、船をまるごと海にひきずりこむとされる神話の怪物に等しい危険な事象にたいして使われる脅威度だった。つまり基本的には『対処不可能』を意味する。


「呪われた島になんて、命令されたって近づきませんよ」

「あの海域に特別な資源があるわけでもないしな」

「というより危険すぎて誰も調査できていないだけだが……」


 男たちは互い顔を見合わせ「違いねえ」と呪われた島への認識を同じくする。


「おしゃべりがすぎるようです」


 少女は目をつむりながら、厳粛な声でそう言った。

 円卓の男たちはしんと静まりかえり、居住まいと正す。


「ですが、間違えていません。あの島には何もない。資源もなければ人間も住んでいない。あそこはただただ、危険で近づくべきではない……それだけの場所です」


 沈黙が場を支配する。

 これ以上、かの島に関して言及することはない。


「新しい連絡事項がいくつかあります。勢力を強めるウブラー海賊。それと暗黒の秘宝を所持し逃亡する少女について。それぞれ共有しておきましょう」

 

 少女はそういい、会議を次の議題へ進行させた。



 ──オウル・アイボリーの視点



「オウル先生! 見ててください、先日教えてもらった技を修得しました!」

「先生、こっちこっち! 見ててください、これが新技の火炎斬りですっ!」

「新鮮なお肉だ! オウル先生のつくるご飯はやっぱり最高‼」

「将来はオウル先生と結婚する!」

「オウル先生と結婚できるのは一番弟子だけなんだよ‼」

「独占は汚い‼ 先生共有財産党として許すことはできない……‼」


 騒がしい子どもたちの声。やいやいと言い合う。最初は3歩ほどの間合いで始まった熱き討論は、いつのまにか鼻先がくっつきそうになるほど顔を近づき、やがて取っ組み合いの戦いに発展する。可愛い喧嘩というやつだ。


 尻尾がゆらゆら。ふわふわの耳がピコピコ。あまりに愛らしいのでつい頬が緩むが、本人たちは信念をかけた闘争をしているに違いない。そろそろ止めないと一大事になりそうだ。俺は重たい腰をあげる。


 こらこら、そんなに暴れたら危ないぞ。

 そう言って、俺は手を伸ばそうとし──身体が鉛のように重たいことに気づいた。一歩とて動けない。俺は……そうだ、そうだった、俺はもう一歩も動けないんだ。


 暗い御手が俺を闇のなかにひきずりこむ。

 そして、俺の微振動をくりかえす瞳を認識する。

 導かれるようにゆっくりと瞼を開けた。乾いた肌には温かい雫がつたっていた。


 手で雫を拭い去り、横たえていた体を起こす。

 鉛のように重たい体を。


 周囲を見やる。床には空の酒瓶が埃をかぶって転がる。ベッドのすぐ横、サイドテーブルには汚れた瓶に液体がはいっている。これが酒だったら嬉しいのだが、残念ながらただの雨水だ。


 耳を澄ます。瞼を閉じる。

 もう子どもたちの賑やかな声は聞こえてこない。

 あるのは鳴き声だけ。鳥の鳴き声だ。海鳥たち今日も鳴いている。


「……まぁ、そりゃあ夢だよな」


 ありし日の記憶。懐かしき顔ぶれ。

 道場で弟子たちと過ごした幸せな日々。


 この呪われた島──ブラックカース島に残ることを選んだせいで失ったものたち。


 ベッドから起きて、傷だらけの壁のまえへ。

 短剣で傷をまたひとつ増やす。


 これら壁一面の傷は過ぎ去った時間を記録している。

 部屋の四方はすでに傷で埋め尽くされている。

 そろそろ天井への刻印を考えだす必要があるだろうか。


 毎日、朝起きたらひとつ傷を増やす。

 この面白くない習慣はすでに十年モノだ。


 傷をつければ、必ず窓の外を見やる。

 これも十年モノのルーティーン。俺の家からはもう誰もいなくなった街と港がよく見えるのだ。あぁ、今日も変わらず、誰もいない。


 この街から、というか島から島民がいなくなったのには理由がある。それこそが俺がこの危険なこと以外、なんの取り柄のない島に取り残された原因だ。

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