(13)革命前夜


 施設内の幻獣たちを解き放ち、この場をめちゃくちゃにすること。

 


 それは、アラシにとって最後の手段だった。



 生徒会キャビネットの隊員らとの戦闘の中、アラシはわざと銃撃を外したり、隊員らを引き付けてから攻撃をかわしたりと、トリッキーな動きをしていた。実のところそれは、幻獣たちを封じる檻を破壊させるために、わざとそうしていたのである。



 複数の幻獣が解き放たれれば、それらは当然、アラシにとっても脅威となる。だから、これは最後の賭けだった。

 もしアラシが生徒会キャビネット相手に優位を取れれば、幻獣たちを適当にいなしつつ血を奪って逃げれば良い。逆に、倒されたり捕まったりしたとしても、解放された幻獣による混乱に乗じて逃げられる。どちらに転んでも、アラシにとって有利に働く展開になる計算だったのだ。



 しかし、



「アイツ……嘘だろ……ッ!?」



事態はアラシの予想を上回る波乱へと突き進んでいた。




「ぐああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 響き渡る絶叫と雷鳴。その場にいた人間、さらには幻獣たちもが動きを止め、その閃光に目を奪われる。



「シュウマさんっ!!!」



 ミヅキが声を上げる。チカチカと明滅を繰り返す稲妻が次第に晴れていく中、その中心に巨大な幻獣と一人の青年のシルエットが浮かぶ。つい先ほど、大地を揺るがすような咆哮をあげていた『クレイドラクロア』は、青年を見下ろすかのように静かに鎮座していた。

 対するシュウマのシルエットは、ただポツリと佇むかのような格好で、動かない。しかも、あるべき影が一部分欠けていることに、ミヅキがいち早く気づく。



「嘘……う、腕が…………」



「…………」



 引き裂かれた制服の右半分、その先に伸びるはずの腕が。ただ、赤黒い液体がドロドロと絶え間なく垂れ流れているだけだった。



「まさか……『クレイドラクロア』がアイツの腕を喰ったのか!?」



「でも、右腕はゲートの事故で壊死してたし……」



「でも、いきなり片腕持ってかれたら、出血多量でショック血するかもしれないぞ……」



 ざわつく隊員たち。

 そんな中で、解き放たれた幻獣たちが再び動き出す。




「グオオォォォン…………」



 『ファングドライガー』という、虎の幻獣がシュウマににじり寄る。一度噛みついたものは、たとえ鉱石でも噛み砕くとされる大幻獣だ。更には、『ワイバーン』や『イーヴェルラプター』も近づいてきている。

 獲物を視界に捉えた幻獣たちは、一瞬でも隙を見せればシュウマに飛び付かんとするような、そんなギリギリの距離まで迫ってきていた。



 

「──────!!」




 しかし、幻獣たちの進行は一瞬にして止まる。



 否、一人の青年が発した号令に従うかのように、ピタリと動きを止めたのだ。



「なっ……」



 ミヅキは、自分の目を疑って何度もまばたきを繰り返した。

 幻獣たちが、一斉に動かなくなったのだ。物理的に止めたとか、魔法で食い止めたとかでもなく、ただピタリと、まるで動画が一時停止すれたかのように。



 ミヅキは、この光景を知っている。



 コーファライゾに暮らす人なら、誰でも知っているその人物。人々が、ひいては風紀委員ポリスソルジャーがピンチに陥った時に、救世主のように現れては事件を解決してくれる人物。その人の異能ギフト



「『クレイドラクロア』の……アケヒ様の力だ…………」



 今、目の前で繰り広げられた力はまさに、照姫てるひめアケヒが行使する異能ギフトと全く同一のものだったのだ。




「っ……幻獣の動きが止まりました! 各小隊は捕獲装置で幻獣たちを確保、ただちに予備の檻へ運んで保護してください!」



 しばらくの沈黙の後、副会長のミヤビが指示を飛ばす。それから更にワンテンポ遅れて、隊員たちがアセアセと四方八方に動きだした。

 唯一、異能ギフトの影響を受けなかった『クレイドラクロア』自身も、もう十分だと言わんばかりに落ち着いており、周囲に牙を向くような素振りは見せなかった。



「……お前も、そのまま大人しく寝てろ。 えさはもう……十分だろ?」



 息を切らしながら、シュウマは『クレイドラクロア』に語りかけた。彼の腕からは、まだ血がポタポタと滴っている。『クレイドラクロア』の方も、同じように口の端からシュウマの血を垂らしながら、ただ真っ直ぐに彼を見下ろす。しばらくすると、『クレイドラクロア』は首をゆっくりともたげ、檻の中にいた時と全く同じポーズで静止した。



「シュウマさんっ!」



 『クレイドラクロア』が動かなくなったのを確認してから、ミヅキが駆け寄る。シュウマは、立ち尽くしたままの姿勢から、ゆっくりと振り返って彼女の方を見た。



「おぉ……お疲れ」



「お疲れ、って……何考えてるんですかっ!? 貴方、危うく死ぬところだったんですよ!? というか、何で生きてるんですか!?」



「あー……はは、そうだなぁ。 結構……無茶したかも…………」



力の込もっていない声。顔こそミヅキの方に向いているが、シュウマの目は虚ろで、焦点が定まっていない。まさに、魂が抜き取られたかのような状態で、彼は辛うじて立っていた。

 が、それももう限界のようだった。



「あ……悪ぃ。 もう、死ぬかも……」



「は? ちょ、シュウマさん!? ……シュウマさん!!」



 ミヅキの叫びと、シュウマがバタン! と地面に倒れる音が重なった。片腕を失くし、目を瞑ったままのシュウマは、その瞬間を境にフッと意識を手離した。



 慌てて近くの隊員を呼ぶミヅキ。四人がかりで抱えられたシュウマの身体は、そのまま生徒会キャビネット施設内の医務室へと運ばれた。



「…………」



 その一部始終を、アラシは黙って見つめていた。『トラエカギムシ』の異能ギフトで動きを封じられたままだった彼は、手錠をはめられ、風紀委員ポリスソルジャーであるミヅキに連行されるはずだった。

 しかし、幻獣解放のいざこざで、彼はその場に忘れ置かれてしまった。戦闘などの後始末に追われる隊員たちが行き来する中、動けない彼は、そこにポツンと一人佇たたずむ他なかったのだ。

 が、そんな惨めな格好など気にする間もなく、アラシは難しい顔で頭を回転させていた。



(どうなっている……まさか、あの一緒で『クレイドラクロア』の異能ギフト権限がヤツに移ったのか? しかし、あれは”授血じゅけつ”というよりむしろ、片腕を捧げた契約だ。

 それに、『クレイドラクロア』の力は、照姫アケヒにしか使いこなせなかったはず。 その桁外れの力を、今日ここに来たばかりの新入生が行使した?

 ……そんな馬鹿な話、有り得るのか?)



 考えれば考えるほど、アラシの中に疑問が湧き出てくる。

 全ては、つい先ほど彼の目の前で起きたこと。しかし、その全てがイレギュラーな現象ばかりだった。それは、『クレイドラクロア』の力を扱えるチャンスが他の者にもあるというプラスの証明でもあれば、『クレイドラクロア』の力を行使する脅威が一人増えたというマイナスの証明でもある。いずれにせよ、今ここで起きた出来事は、アラシの属する不登校組レジスタンスにとっても大きなことであるのは間違いない。




「……さぁ、お前もこっちに来い。 お前の処分については、生徒会キャビネットの議会で協議してから、追って伝える。 それまでは独房入りだ」



 と、アラシの前に現れた生徒会キャビネットの役員らしき男が、手錠ごと彼の腕を掴む。

 その刺激で現実側へと引き戻されたアラシは、キッ! と鋭く男を睨んだ。『トラエカギムシ』の異能ギフトによる身体の拘束は、いつの間にか解除されていた。



「……不登校組レジスタンスの復讐はこれで終わりじゃない。 俺よりも強い刺客が、またいずれコーファライゾに悲劇をもたらす」



「はいはい、負け犬の遠吠えはいいから。 大人しくこっちに来い」



 その時だった。移動する隊員たちの波に逆らうようにして、ヘッドセットを着けた一人の女性役員がこちらに向かってきた。かなり焦った様子で、彼女は息せき切ってアラシ達のもとに駆け寄る。



刀根とね小隊副長! 緊急です! 不登校組レジスタンスが……」



「ん? あぁ、不登校組レジスタンスのネズミならほら、もう捕まえてる。 だから大丈夫だよ」



「いえその、彼とは別の不登校組レジスタンスが……とにかく、風紀委員ポリスソルジャー珠縄たまなわさんから伝達です!」



 刀根、と呼ばれた隊員は、「また面倒事が増えるのか……」と小さくボヤきながら、横目でアラシを睨んだ。まぁ、ついさっきの事件以上の面倒事がそうそう起こるはずもないだろうが……などと心の内で付け足す。



「あの、つい先ほどまで、管理局の施設で不登校組レジスタンスとの戦闘が起きていたそうなのですが……あ、えっと、風紀委員ポリスソルジャー珠縄たまなわトウカさんと、アケヒ様が対処に当たっていて……」



「細かい報告はいい。 結論だけ話せ」



 眉をしかめながら刀根とねが言う。

 しかし、彼女が次の言葉を発した瞬間、その顔は激しく引きることになる。




不登校組レジスタンスの応援部隊の急襲により、その……アケヒ様が意識不明のまま誘拐されてしまったと……!」




✳✳✳



「───はい。 えぇ、新入生は無事、『クレイドラクロア』の授血を成功させました」



『そうか。 結局、君の予知どおりに事が運んだということだな』



「いえ、私は……。 全ては、です」



 暗闇の中で、二人の通話が淡々と進む。

 

 

 コーファライゾ学園国で起きている混乱など気にも留めないかのように、二人の声は冷静だった。



『さぁ、それでは第二フェーズを始めよう』



 彼女の端末の向こうで、抑揚のない男の声が響いている。

 


 それは、世界を統べる王のような……あるいは世界を支配する魔王のような……そんな、底知れぬ巨大な力を孕んだ声だった。



『───コーファライゾ学園国の”革命”前夜だ』




つづく



 





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